OGN-029
怪しい相手の尋問はあっさりと終わった。門の周囲を片付ける暇もあったかどうか怪しいほどだ。門のそばにある兵舎へと連れていかれ、領主立ち合いの元の尋問である。
最初はそれらしく沈黙を保っていた相手だったが、すぐに状況が変わることになる。その原因の1つは俺にあった。無言ではあるが、うっすらと笑みを浮かべて相手に見える位置で待機して見せたのだ。その手の中には棒状の鉄。それを適当に折り曲げて暇をつぶしていた。そう、飴細工のように。
視線に気が付き、にやりと笑って見せれば一発だ。
「どうせ生きられないならってことかしら?」
「どうだろうな。腕のいい奴なら痛みでは屈しないとかいうけど……まあ、嘘はないんじゃないか?」
いったん赤鬼堂に戻り、ポーション類も補給した状態の俺たち。婆ちゃんが食べられる時に食べておくもんだと言われ、軽食代わりに団子をもぐもぐである。念のためにと大量に作っておいてよかった。戻る時には物資として持って行こうかな……うん。
「あれ、お兄ちゃん。角が大きくなった?」
「ん? おお、生え変わりがこんな時に……」
道理でいつも以上にむずむずするはずである。ラコナちゃんに頭を向け、角に触ってもらう。実のところ、角の中には神経みたいなものが通っているようで、触られると体温を感じたりする。今も、いつもよりは軽いがラコナちゃんに握られていることを感じているのだ。
すぽっと言いそうな音を立て、彼女の手の中に角が抜ける。例えるならそう、カラーコーンみたいな感じだ。なんだかすっきりした気分になって顔を上げる。オーガの角は力の源。家族や信頼した相手にしか触らせない……そのことはラコナちゃんも、ファリスも知っているのか優しい笑みを浮かべている。
「無理をしなければそれでも効力があると思うからまた使ってみてくれ」
「はーい! あ、お客さんみたい」
「あら? 領主様のそばにいた人じゃない?」
2人の言うように、開けっ放しの玄関に人の気配。振り向けば見覚えのある兵士が1人立っている。襲撃に関する仕事の依頼かな?
まずはお茶を一杯と誘い、話を聞くとまさに予想した通りだった。どうも相手は領主であるラジエルがこういう時に前線に来ることを予想していたらしい。そして、避難民を見捨てることができない甘いところがあることも。
ラコナちゃんが気が付き、俺が割って入らなければ怪我の1つや2つ、負っていたかもしれない。当然のように、刃物には毒が仕込まれていた。混乱の隙に空へと煙玉を放てばそれを合図に追加が来るとのことだった。
「って、ここまで聞かされたら協力しないわけにはいかないな……」
「その分報酬には上乗せをせよと言われております」
前言撤回。ちゃんと領主らしいところは領主らしいようだ。俺のオーガとしての力、そして獣人姉妹のそれぞれの力も使いたいに違いない。そんなことを想いながらも領主の館へと向かう。あまり時間をかけてもよくはないだろう。
到着した俺たちを迎えたのは、完全武装の兵士達とその中央にいるラジエルだ。こちらを見て頷いてくる。普人に味方するオーガは希少な存在と言っても、こうまで信用されてはこちらも相応に応えるしかない。
「しびれを切らして攻めてくるのを迎え討とうと考えている。頼めるか」
「勿論。ただ、こういう手はどうですかね」
ラジエルの勝利は俺たちの平和な暮らしへの正解でもある。であれば、色々と協力するのに問題は無い。そう、色々とだ。
俺は正面から戦う方法以外の選択肢を提案してみた。その中身は、敢えて煙玉を使い相手を誘い込むこと。兵士は物陰に分散し、見える位置にはまるで相手の作戦が成功したかのように慌てているように見える人数だけを残す。
駄目なら駄目で普通に戦えばいい、そう決断してくれたラジエルの指示により作戦が開始され……わざと開け放ったままの門へと速足で近づいてくる集団が見えてくるはずだ。ちなみに俺は門の上に伏せている。木板で隠れているからわからないんじゃなかろうか?
やってきた兵士の集団はこっそり隙間から見る限りでも数百名以上。後続も見えるから確かに門の開いた都市を攻めるなら十分すぎる人数だ。だが、こちらはそれはわかっている。
混乱を利用してとばかりにその集団は最初の城壁から中に潜入する。クロスロード側の兵士達の、迫る相手に今ようやく気が付きましたとばかりの演技に、敵側の兵士は嫌な笑みを浮かべて迫り……吹き飛ぶことになる。
「ぎゃあああ!?」
「かかれいっ!」
隠れていた味方からの魔法攻撃がそのまま直撃したのだ。町が近いということで火は無しだが、当たれば十分怪我をする。そして門は半ば閉じられ、出入りが難しいが無理なほどではないという状況になる。これは閉じ込めてしまうと反撃も激しくなるだろうという予想からだ。
壁の内側はこれで十分対応可能だ。しっかり罠も仕掛けてあるしな。で、俺はというと姉妹と共に外側の担当だ。体を起こし、声を出せば敵味方双方の視線が俺に集中する。それはそうだろう、現代で言えば町中に猛獣が現れるような物だ。慌ててこちらに弓を向ける兵士もいるが、遅い。
「そーれっ!」
「風よ、戒めの網を!」
兵士とラコナちゃんが一斉に何かを投げ、それが空中で風の魔法に乗って広がっていく。霧状になったそれは多くの敵兵へと降りかかり……皆一様に表情がゆがむ。猛毒、ではないが害獣退治に使うような異臭や刺激のする薬品である。普段であれば薄めて効果を弱めて追い出すだけに使うのだが、今回はほぼ原液である。相当辛いに違いない。
「ふんっ!」
そんな混乱の最中へ、俺は飛び込む。元々のオーガの丈夫さに加え、事前に対策してある俺は薬品の影響をほとんど受けない。なんだか気になるかな?という程度だ。
想像してみてほしい。苦しむ味方がそばにいて、どうしようかと迷うところに身の丈が自分の倍はありそうな巨漢が空から落ちてくる。そしてその手には、命を奪うだろう武器がある。結果、混乱が広がった。味方側の兵士も、俺がいない方向を中心に矢や魔法で援護をしてくれる。俺は当たるを幸いに暴れるだけだ。
「アースクラッシャー!」
叫びは魔法か何かのようであるが、実態はただ地面をぶん殴っただけだ。けれども、オーガの魔力も込めて強化した一撃はいつだったか開拓村で披露したように地面をえぐり、衝撃を広げる。それに慌てたところにさらにどんだ。
「はははははは! 攻めて来たんだ、覚悟はいいなああ!?」
わざと悪役っぽく叫びつつ、ポーズまで決めて再び襲い掛かる。少し……いや、かなりかわいそうになるが攻めてきたのは間違いなく向こうなので遠慮はしない。
逃げる奴は追わない。どうせどこに逃げるかで犯人を確かめるのだ。そんな味方の動ける余裕を作るためにもわざと暴れて見せる必要がある。
記憶にある映画のシーンのように大げさなポーズをとれば、こっそりとファリスが放った魔法が俺を包む。何も知らずに見れば、どす黒いオーラが沸き立つように見えたはずだ。そんな中で次の獲物を探すようにわざとらしく笑って見せる。
「良い肥料になりそうだ」
それだけをつぶやき、既に混乱しきっている敵へと突入する。そうして時間にして1時間もしないうちに、都市防衛線は俺たちの勝利となった。
逃げ出した兵士達が駆け込んだ方向は予想通りと言えば予想通りの、北。例のダンジョンから逃げかえるのを確認したのだ。後は政治的なお話である。平和が戻ってくることを祈りつつ、日常へと戻るのだ。