OGN-027
「次はどこへ?」
「壁裏へ頼む。投石用に固めておくんだ」
クロスロードは城塞都市である。ぐるりと囲む城壁は計画によって年輪のように広がっていく。もちろん、利便性のために解体される部分も多いが、区画整理のためにそのまま壁が残されていることも多い。そして、それ以外にも理由がある。その1つが、こうして有事の際に投石用に使うためだ。
今日ばかりはオーガの力をフル活用するべく、中心付近から元城壁だった石材を運んでいく。ファリスたちには別の場所でやれることをやってもらっている状況である。まあ、料理をファリスがやるとかなければ大体何でもこなすんじゃないだろうか? たまに、こけるけどな。
「これで大体は揃ったか……」
俺の腰ぐらいまで積みあがった石たち。どれだけ効果があるかはわからないけれど、矢を用意するよりは簡単である。投石用の何かを使うにしても、投げつけるにしてもこちらは防衛側だ。高さがあるというのはそれだけで強さである。
振り返り、街を見回すが今のところは騒動は少ない。それも当然で、まだ実際にこっちにやってくるかどうかはわからない上に、城門を閉めるというのも判断が難しいからだ。出来るだけはいつもの動きをしつつ、警戒する。それが領主の判断。
(出来れば、クロスロードは今のままがいいんだよな)
クロスロードは言うなれば、亜人も暮らすための本拠地だ。他の土地でも俺を受け入れてくれる城塞都市はあるかもしれないが、それに賭けるほど可能性は高くないと思う。
「タローさん、これを持ちあげてもらっても?」
「ああ、任せてくれ」
立ち止まり考え事をしていた俺に依頼されたのは普通なら大人数名で運ぶであろう門のためのかんぬき。普段は使わないからな、こうして他所に置いてあるわけだ。それを一人で持ち上げて見せればそれだけで少しばかり歓声が上がる。
「さすがですね」
「このぐらいはな。それよりも、おかしくないだろうか? クロスロードにも戦力があることは誰でもわかる。そこに不用意に攻めてくるだろうか?」
魔族たちが襲われたということから準備を始めているが、軍勢がやってくるかは半々だと見ている。クロスロードは周辺地域でも有数の発展具合の都市だ。となれば防衛能力も高いと考えるはずだ。だというのに、その都市と関係していそうな開拓村にちょっかいを出すというのが不気味だ。
なんだったか、籠城相手に勝つには何倍も戦力がいるし、消耗するという。それだけの戦力を一体どこから集めたのか? それとも……。
「それに、開拓村が心配だな」
「こちらの方面には少ない・・・祈りましょう」
話しかけて来た兵士の1人が独り言に答えてくれた。確かに今いる門の側の土地には開拓村が少ない。まだ未開拓の土地が多く、森も広いが逆に魔物や獣が多すぎるので危険なのだ。そう考えると、今回襲われたとされる開拓村はよくやっているほうだ。
(偶然か? それとも……)
人目につきにくいようにわざと村の少ない方から来ているのか、それともこっち側からしか来れないのか。はたまた……うーむ、どれもあり得そうで難しいな。こういう時はオーガらしく暴れて終わりなら簡単なのだが現実はそうもいかない。
その後もこまごまとしたものを手伝い、今日の内は襲撃は無いかと思い始めた時だ。
「お兄ちゃん!」
「ラコナちゃん、ファリスまで。そっちはいいのか?」
腰に飛び込んできた小さい少女を抱きかかえつつ、同じように小走りで近づいてきたファリスを見る。少し疲れているかな? やるべきことが多い証拠だろうか。
「なんとかね。どうも領主は普通の襲撃はないんじゃないかとみてるみたいね」
「そう……か。そうだろうな」
やはり、俺が思いつくことは他の人も思いつくのだ。逆に自分の考えが正しいのではないかと思える。開拓村に謎の騎士連中が来たのは間違いない。であれば……例えばそう、どこかに伏兵で隠しておき、集まってから襲撃……だとちょっと問題か。後は、人間でなくてもいいわけだ。
ふと、頭がぴりりとした。正確には、角がだが。きょろきょろとあたりを見回すと、一方を向いたときにだけそれを感じる。これは……。
「ダンジョンで魔物に出会った時と同じ……?」
「それだわ。タロー、人は後から来るのよ」
言葉だけだとわけのわからないファリスの言葉に目を見開きながらも頷いていた。そう、さっき考えたように人間だけで攻める必要は無いのだ。その目的さえ満たされるのであれば、なんだっていい!
「ファリス」
「ええ、行きましょう」
駆け出そうとしてラコナちゃんのことを考える。この戦いは場合によってはあまり見せたくない物になる。けれども、どこかに預けておくというのも本人も嫌がるだろう。
「お兄ちゃん、ラコナもね……家出してきたの。一緒だよ」
「そう、か。わかった」
獣人姉妹がクロスロードまで出て来た理由は細かく聞いていない。2人の実力や見え隠れするあれそれを考えると大体予想はつくのだが、かといって帰れなんて言うつもりもない。ここにいるのは、赤鬼堂で一緒に働く仲間だけだ。
もふもふっとした耳ごと頭を撫で、背負うようにしてラコナちゃんを担ぎファリスも一緒に城壁近くへと向かう。段々と、角が感じる気配は近づいてくる。それは城壁に到着した時点ではっきりした。森の、街道の向こう側に結構な数の気配が近づいてくる。
「森の獣たちだな……だが、どうもおかしい。あんなに必死に走ってくるものだろうか? それに……」
見える限り、色んな種類の獣が喧嘩もせずにこちらにやってくる。どう見ても普通じゃあない。襲うためではなく、ただただ、こちらに走って来てるように見える。
「まさか、混乱を付与したの!?」
「わかるのか?」
思わず聞いてみれば、話に聞いただけだけどという前置きではあるが同士討ちをしたり、森に帰らせるために使われる魔法だと教えてくれた。その効果は術者によってまちまちだという。それに、使い方次第の魔法で、悪用のしやすさからまだ教えてもらったことはないとのこと。まあ、そうだろうな。
(そうでなければ投石を受けても逃げない獣なんていやしない)
視線の先では、さっそくとばかりに壁の上から放たれた石がいくつも集団に直撃している。だというのに逃げる様子が無いのだ。全く乱れない集団はどこか恐ろしくもある。
「きっとこの後にまだ敵はいるぞ! 油断するな!」
俺が叫ぶ前に、防衛のリーダー格らしい兵士からの叫びが戦場に響き渡る。さて、どう転ぶやら。