OGN-022
隠し通路には何もなかった。そう、何もだ。誰が歩いていたかとかは別にして、何か置いてあるとか、そういったことはない。問題は何のためにここがあるか、だ。というのも……。
「おかしいわね」
俺以外で最初に気が付いたのはファリス。メイドさんには悪いがしばらくは付き合ってもらおう。ただ見つけました、ではなく多少は調査しておかないといけないからな。この前の倉庫で見つけた地下もそうだが、その場所の主が知らない場所があるというのは厄介この上無い。
ラコナちゃんからはどーゆーこと?なんて視線がやってくる。彼女に微笑みつつ、そのまま通路の天井を軽く叩く。少しばかり、上に手を伸ばして。
「俺が歩ける、ってことさ」
「お兄ちゃんおっきいもんね」
聞く人によっては少々誤解を招くかもしれない発言に頷きつつ、ファリスに灯りを飛ばしてもらう。俺が知る限り、この城塞都市は普人と亜人が作り上げた物だ。だからこそ、クロスロードは他の都市と違い、亜人には比較的寛容だ。都市によっては色々な理由を付けて亜人が住むのを禁止してる場所もあるらしいからな。
ともあれ、この都市は普人と亜人が作り上げたというのは間違いなさそうである。そして、両者の平均的な背丈や体格は大体同じぐらいだと思う。だからこそ、過去にはそれを利用した戦争などもあったらしいのだから。
「余裕を持ったにしては広すぎる」
そう、都市を作った亜人の中には、見た目の迫力もこみなら常人の2倍はあろうかというオーガはいなかったはずなのだ。なのに、余裕で通れるだけの空間がある。
(いざという時の脱出通路で、諸々の物資も運び出せるようになっているに違いない……と思いたい)
記憶にある娯楽作品から言っても、その予想は外れるだろうなという妙な確信はあった。
「この調子だと屋敷のあちこちにつながってそうだな。一度戻るか……」
「部屋のアレだけ退治しておきましょ」
最終的に、たくさん退治できた。仕事は仕事、だからな。ちなみに隠し通路そのものがあるのは問題ないと思っている。こういった身分の高い人が住む場所ならそういったものの1つや2つ、あるもんだ。特に城塞都市となれば守りが硬い分、いざとなれば逃げる場所が少ないということにもなる。地下通路なんかはあってもいいんじゃないだろうか?
途中、アクシデントはあったがネズミ退治自体は受けた分の仕事は出来たと思う。死骸は後でまとめて燃やすらしい。さすがに食べる文化は無いようだった。俺? 俺はまあ、食べれなくもないが……前世の記憶が邪魔をして、好きにはなれないかもな。
最終的な報告は領主へと直々にしてほしいということだったので失礼にならないように気を付けながら大きな扉の前へ……といっても俺だと頭をぶつけそうだが。この時点であの通路の異常性がさらにわかろうというものだ。
「結論から言おう。私は知らない通路だな」
「そうですか……」
恐らくは信頼しているであろう護衛の兵だけを残し、人払いされた部屋での会話。俺とファリス、ラコナちゃんと普人が1人もいない相手と向き合うとは、他の領主とかが聞いたら正気を疑うかもしれないな。特に俺という存在は、いざとなれば……。
「私を害する利点がないからには、何も問題はない。君が話せるオーガだというのは知っている」
「褒められちゃったね、お兄ちゃん」
クロスロードの領主、ラジエルが亜人を差別しない普人だというのがわかったからだろうか? ラコナちゃんも緊張が解けて普通に過ごしている。あるいは……出された食事とおやつに心を奪われてるのかもしれないが。
ファリスはその代わりにか、少々緊張気味だ。大丈夫、そう視線に力を込めてそちらを向く。
「……都市の利益になるのならば、私は構わない、そう思っているよ」
「ええ、わかりました」
俺が置いてけぼりのファリスとラジエルの会話は気になるが人間、誰しもそういう話があるもんだ。全て知ってる、なんてのは幻想にすぎない。
「通路は潰しますか?」
「大丈夫な伝手に探らせよう。頭がつっかえました、では君も恥ずかしいだろう」
冗談めいて言われるが、実際にありそうなので困る。それにしても、ちゃんとわかっているのだなと感心した。自分の立場が、盤石でないかもしれないという自覚がある……であれば対策をとることも出来るだろう。
(問題はあの通路を通った人がいるということなんだよな)
足跡があったということは誰かがあの通路を利用して何かをしていたということになる。暗殺……は今は無いだろう。であればとっくに実行されていてもおかしくない。情報収集の線が一番太そうだ。
「……自分たちが必要ならまたご依頼ください」
「うむ。また呼ぶとしよう……楽しみだ」
何がどう楽しみなのか。聞くのが怖い気がしてその場では口に出さずに3人で部屋を出、屋敷を後にした。
赤鬼堂への帰還の最中、ぼんやりとしながらも1つの考えが頭をめぐっていた。その気持ちのまま湯あみをし、さっぱりさせたころには夜。自然と、部屋の灯りの中で黙々と作業をしている俺と姉妹。ラコナちゃんは新しい調合を試しているのか、楽しそうだ。ファリスはそんな彼女のお手伝いである。
「タロー、あれはなんだったの?」
「どうだろうな、正直……わからない。ただ、単純に裏切り者みたいなのがいたとしてもそうそうこの都市は落ちない。こんなことを言うと問題になりそうだが、普人以上に亜人が必死になるだろう」
ファリスの顔が少しゆがむのがわかる。俺も恐らく、いい顔はしていないだろう。現実とはいえ、気持ちのいい話ではない。他の都市と比べてクロスロードは亜人が住みやすい。逆に言えば他の都市に引っ越すようなことがあれば、それは生活が厳しくなることとイコールに等しいのだ。であれば、有事の際には協力は惜しまないだろう。
「……強く、なるか」
「? タローは十分強いんじゃないの? 私だってその、弱いつもりはないわ」
最近は出会った頃のドジ具合は鳴りを潜めているが、実際問題ファリスは強い。弓は得意で、魔法も一通り使える。大軍相手や強敵となるとわからないが、単純な冒険であれば十分だろう。……道に迷ったり、空腹でなければ。
ちらりと見るラコナちゃんも本人は戦闘能力は低いが、その知識や薬は十分役に立つ。
ただそれでも、圧倒的ではないかもしれない。そこが問題だ。
「もう少し、余裕を持とうと思う。身の回りを整える」
「どうするの? って決まってるわよね」
そう、このクロスロードで稼ぐ、強くなるとなれば非常にわかりやすく、一番簡単な方法がある。
─ダンジョンに潜って稼ぐ、これが一番だ。
潜れば潜っただけチャンスがあり、そして命の危機もある。これがクロスロードが賑わう理由でもあり、溢れすぎない理由でもあるのだ。プラスになるやつもいれば、マイナス……戻ってこない奴もいるのだ。
「あたらしいお薬の薬草みつかるといいねっ」
元気なラコナちゃんの一言に頷き、夜は静かに過ぎていった。