OGN-021
俺は若干の後悔の中にいた。損をしたとか、襲われたとか、そういったことではないのだが……自尊心の問題、というと大げさすぎるだろうか?
「どうしてこんな格好を……」
「領主の館だもの、そんなもんじゃない?」
うっかり破いてしまわないようにと、そっと服の裾をつかんでいるとそんな声がかけられる。声の主へと振り返り……目を見開いた。そこにいたのはファリスとラコナちゃん。ただし、2人の服装はいわゆるメイドさんな格好だった。スカート丈の長めな古風なタイプである。それに対して俺は、なぜか執事風の衣服であった。
こうなった一番の理由は例の駆除剤である。駆除先を探したところ、いくつかの候補が見つかり……それらが辞退するような相手がやってきた。驚くべきことに、領主様直々だ。確かにその名前、覚えておくみたいなことは言われたが、まさかこうくるとは……。
雑貨屋に話を持って行って数日後、その連絡が来た時にはからかわれてると思ったのも無理はないと思う。でも、相手はマジだったのである。やる場所が多くなるからちゃんと費用も計上しろと来たもんだ。いっそのことこれをきっかけにして前世の記憶を駆使して経理の常識あたりを砕いてやろうか? いや、なんだか嫌な予感がするから今の常識に合わせておこう。
ともあれ、どうやって話が伝わったのかはいまいちわからないが、仕事は仕事だ。必要な材料をとにかく大量に集め、赤鬼堂や宿で売っている奴は数日入荷しないことを看板で宣言しておく。一応備蓄としては置いてあるが婆ちゃんに任せよう。なんだかお世話になりっぱなしだな。今度何かお礼でもっとまた会話がそれた。
気が付けば領主の館へとたどり着き、事前に話は通っていたのかすんなりと中に通された。まあ、獣人姉妹はともかく、俺は他にいないもんな。顔パスとは厳密には違うかもしれないが似たような物のようだ。
さっそくいかにも執事な爺さんに説明を受け、来客時に困らないようにと着替えるように言われて今に至る。姉妹は普通の体格に収まるだろうから用意があるのはわかる。だが……。
(そうして俺サイズがある?)
そう、俺は人外。普通の人間ではありえないサイズの衣服だ。さすがに仕事が決まってから用意したとは思えない。となると、いつかこうなるとわかっていて準備していた? それにしては窮屈なところはない。サイズを測定された覚えはないから……うーん、わからん。
「お兄ちゃん、お仕事しよ!」
「あ、ああ。そうだな」
理由は報告の時にでも聞いてみよう。少しばかり、怖い気もするが悪い結果にはならないと思う。出来るだけ卑屈には見えず、脅かし過ぎないように堂々と背筋を伸ばして歩く。出会う普人たちはぎょっとするが、3人の仕草に感じる物があったのかすぐに落ち着いてくれた。ファリスの言う通り、仕事に徹するというのが上手くいったようだ。
まずは食堂……と調理場をつなぐ付近だ。左右には倉庫代わりの部屋がいくつも連なっている。記憶にある噴霧する薬剤とは違い、どんな場所でも大体使えるのが良いなと我ながら思う。付き添いのメイドさんに頷きつつ、3人で棚の隙間やら木箱の裏へと団子を転がしていく。最初は警戒して動いていなかったそうした小さな気配も、じっとしていると誘われるように動き……よし、これは食べたな。
「二人とも、素手だと病気になるかもしれない。こういうのでつまむんだ」
「タロー、そんな知識をどこから? まあ、いいわ」
「はーい!」
狙い通り、ふらふらと出て来たネズミたちをどんどんと袋に入れていく。この効果が切れる頃には始末が済んでいるだろう。ちらりと見ると、メイドさんも驚きつつも喜んだ様子だ。苦手ではあるが、退治されていくさまが爽快、といったところか。
「すごい……ですね」
「頼まれた以上は仕事はするさ。じゃあ、他の場所も案内してくれ」
見た目はやや幼いが、こうして他の部屋も案内できるあたりはこの屋敷も長いのかもしれない。それから数部屋を続けて対処し……結構な量のネズミが掴まった。メイドさんの表情が少し引きつっているのは、これだけの量がそばにいたという恐怖のようなものだろう。実際、ファリスとラコナちゃんもかなり微妙な様子だ。
「次の場所は少し広いです」
「そうか。じゃあひとまず今の分は処分しよう。入りきらないといけないからな」
袋の中でもごもごと動く奴らをそれ用に用意した水瓶の中に袋の口をしっかり縛って突っ込む。中蓋のような木板を乗せ、重しを使えば……少々残酷だが確実だ。心の中で謝りつつ、しっかりと気配が消えるのを確かめてから改めてその部屋へと向かった。
「こちらは普段は使わない倉庫なのですが、やはり人の出入りが無いと……」
「住み着いてそう、と。なるほどな」
確かに小さな気配をたくさん感じる。物をどかせばフンだとかも転がっていそうだ。どこから攻めようかと見回した時、ふと、動きを止めた。何か……何かが変だな。
「ねえ、タロー」
「ファリスもか? なんだろうなあ……」
試しに一度外に出て、近くの扉を開く。既に駆除の済んだ部屋だ。部屋と言っても今も使っている食糧庫の1つで……んん?
何度も両方を行き来し、それに気が付いた。入った時からの違和感の正体、それは……壁だ。壁が近いのだ。柱の位置を見る限りは、ちょうど俺の腕の長さぐらいこの倉庫の方が壁が近い。
「あ、お兄ちゃん! 角!」
「ん?」
ラコナちゃんが指さすのは俺の頭の上。魔力の源、オーガがオーガたる強さを保証するとも言われる角だ。そのままラコナちゃんの方を向くと彼女の表情は疑問に染まる。
「あれ? 消えちゃった」
「タロー、あっち向いて」
「一体なんだ……ふむ?」
ファリスに言われるままにとある方向を向くと、確かに何かムズムズする。壊さないように気を付けながらものをどかしながら進むと奴らが部屋の隅に逃げていくのがわかる。退治すべきところだが今は保留だ。そしてそのまま進んだ先には……大きな、彫像。布がかぶせられているが何かの像だ。そして俺は足を止める。
「ここはしばらく使われていないんだよな?」
「は、はい」
仕事熱心なのか、ついてきてくれているメイドさんが言う通りならここは使われていないはず。であれば……何故、埃に足跡があるのか。しかも、新しい。影になっているからな、うっかり見逃したか?
「これは奴らが隠れてるかもしれない場所を確認するための行動だ。問題ない……たぶん」
一応そう口にして、メイドさんに宣言してから俺は体に力を込めた。向かう先は……彫像。足跡はそこから出てきたような向きなのだ。そのまま大きな彫像を横に押すと……動いた。そしてそこにあったのは、ぽっかりと空いた穴だった。ちょうど扉ぐらいの物だがどう考えたって怪しい。というかこの組み合わせだと……。
「まっくらだねえ」
「通路、ね」
そう、見つかったのは隠し通路だ。一度戻り、彫像をよく見ると床から一メートルほどの高さの部分が開くのがわかる。ちょうど人がくぐれそうな大きさだ。メイドさんのほうを振り返れば、首を横に振られる。
屋敷の人間が知らない隠し通路……なんだか、少々やばい気がした。