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OGN-002


 この世界でオーガは嫌われ者だ。正確には、避けられているという感じだろうか。外で出会えば逃げ出され、街中で見かければ左右に避けられる。時には衛兵が監視にやってくることだってある。悲しいところだが、そうなるだけの背景があることは俺もよく知っている。知っているのだが……。


「ううっ、オーガの癖にっ!」


 きりりとした瞳に渇かぬ涙を浮かべつつ、手を止めない姿はこの街では珍しくない獣人の特徴を示している。ふさふさの毛並み、突き出た耳、感情のままに揺れる尻尾、等だ。助け出すまでピンチな状況だったので、見た目はかなり危険な状態だ。ダメージなんたらと呼ぶにも限度があるだろうという衣服の痛み。それに気が付かないのか、両手に握った特製の団子を少々はしたないようにも見える勢いで食べている。


 文句を言いながらも食べてくれるのは作った側としては嬉しい。赤鬼印のタロー団子……赤鬼が団子をってのも童話を考えると笑える話だが、ただの団子じゃ目立たないからな。角代わりに刺しているクッキーもどきもいいアクセントになっているはずである。


「なんでこんなに美味しいのよ、やるじゃないオーガなのにっ!」


 もう一度言おう。オーガはこの世界では色々あって嫌われ者だ。だから罵倒されたりするのには慣れている。慣れているのだが……罵倒と賞賛が一緒なのは今日が初めてだった。なんだか女学生に叱られてるみたいで変な気分になる。


 相手を下手に脅かさないようにと距離を取った状態で、荷物をごそごそとしだすと獣人の娘は体を震わせ、俺が何をするのかと怯えた瞳で見つめてくる。そんなところに、彼女ら獣人の中でのオーガの評判を思い、心でため息をつく俺だった。


「水、飲むだろ」


「えっと……」


「お兄ちゃん、ありがとね」


 俺を睨んでいた獣人の娘、そして俺以外にもう1人の声。それは先ほどの獣人の娘よりもだいぶ幼い、こちらも獣人の娘だった。大きい方が狐、幼い方は……珍しい、狸だろうか。耳も丸っこく、まだ成長半ばというところだがこの時期ならではの魅力があるように思う。それに、最初から俺をおっさん呼ばわりではなく、お兄ちゃんなんて呼んでくれるのだ。


 それが生き抜く秘訣? かもしれないけどそれだって構わない。それがおっさん精神であるというものだ。


「ちょっとラコナ!」


「だいじょうぶだよー。ほら、使い込まれてる水筒だよ。きっとお兄ちゃんがいつも使ってるんだよ」


 確かにその通りなのだが、あっさりと信用されると逆に戸惑う。相手が俺という種族を怖がるように、俺もまた他者の好意や承認を疑わなければ痛い目にあう……そんな生活だったのだから。


 俺が止める間もなく、幼い獣人……ラコナは姉らしい相手と一緒に水筒から水を飲み始める。ふと、姉の姿があまり良くない状況だと気が付いて今度は荷物から毛布を取り出して投げてやった。


「獣臭い……」


「昨日持ち運ぶのに使ったままだからな。すまんがそのままの格好よりはいいだろう。落ち着いたら言ってくれ。入り口まで案内する」


 俺の指摘にようやく姉は自身が服と呼ぶには心許ない状態の布きれしか身にまとっていないことに気が付いたのか、切り裂くような悲鳴を上げた。まったく、よっぽど焦っていたうえに空腹だったのだろう。


 彼女の悲鳴のせいか、それともこちらの気配を感じ取ったのか。顔を出したのは子供ほどの大きさの人型。ダンジョン内にだけいるというゴブリンだ。その瞳には理性のような物は感じられず、奇声をあげて襲い掛かってくる。


「よっと」


 と言っても俺にとってゴブリンなんかは目を閉じていても相手にならないような相手だ。この階層にいるのはやや珍しいが、きっと他の奴らに食われるためにいるんだろうなと思う。そうやってダンジョン内でもバランスを取っている様子だからだ。


 本気で殴れば色々と巻き散らかしてしまうので、手加減した一撃で仕留め、少し離れたところに投げておく。そのうちダンジョンが食ってくれるだろう。不思議なことだけどな。


「ごめんなさい、助けてくれたのに」


「いいさ、気持ちはわかる。それにしてもどうしてここに? ここは暗がりカズラがたまに発生することで地元では有名なんだが……知らなかったか?」


 一通り叫び、さらにはゴブリンという弱い相手だが敵が寄ってきたことで自分の行動に気が付いたのか、姉は大人しく声をかけてきた。そのしおらしい姿にはむしろこちらが戸惑うぐらいだ。実際、これまでに身に覚えはないが襲われる!等と叫ばれたことも少なくないからな。


「うぐっ、それはその……」


「あはは……実は、迷子になってたの」


 指摘に言いよどむ姉に対し、妹のラコナはあっさりと理由を告げて来た。なるほど、迷子に……となるとここまで生き残れるだけ運が良いのか、倒すだけの腕があるのか……まあ、どちらでもいいか。助けた時に弓らしきものもそばにあったからきっとそういう戦い方なのだろう。


 狐獣人である姉が掴まっていたのは暗がりカズラという大きな植物の魔物だ。新月の晩に急激に成長し、名前の通りに暗がりで獲物が通るのを待つ。その長いツタを器用に使い、大きな入れ物のようになっている中へと放り込む。上下がさかさまになったりして混乱する相手を無力化して消化するタイプの……食虫植物のでかいような奴だな。


(すぐに食べるタイプじゃなくてよかったな……うん)


 追加で体を拭くようにと水を渡すと、後ろを向いて髪の毛などを洗い始めた。暗がりカズラがまずは余分な皮などを溶かしてから食べるタイプだったせいか、服はぼろぼろだし、肌もだいぶ敏感な状態だろう。すぐそばでツタに捕まっていたラコナは姉の後に……というところだったようだが。


「地上まででよかったら送る。代金は……さっきの色々見たのでいいぞ」


「っ! オーガは他種族でも気にしないって言うのは本当なのね……」


 半ば冗談で言ったつもりだったが、姉には通じなかったようだ。どうやら少々お堅いところがあるらしい。あるいは妹を守らなければという気持ちがそうさせるのか。悪い子ではなさそうだ。むしろ……美人であるしこんな状況でなければお話を楽しみたいところだ。


「タローと呼んでくれ」


「私はファリス。この子は……って言ってたわね、ラコナ。私が狐でこの子は狸よ。見ての通り獣人」


 何かを食べ、多少は衣服も整ったことで気持ちが落ち着いてきたのか姉、ファリスも表情に元気が戻って来たように思う。


「お兄ちゃんは冒険者なの?」


「ちょっと違うな。何でも屋さ……今回は別に用事があって潜ってたんだが、そっちははずれだった。だから2人を今から案内できるのさ」


 一定の距離を取っているファリスと違い、ラコナはまるで家族にでも接するかのように距離が近い。こっちが戸惑うぐらいだ。ともあれ、ずっとこうしてるわけにもいかないので2人を地上へと連れ帰るべく出発を宣言する。





 何本目かの松明に炎を灯し、地上へと歩き始める。ここはダンジョン……命の危険がある場所だ。もっとも、このクロスロード内部にあるダンジョンは表層の危険度は低い。こうして下に潜ってこない限りは十分準備していればただの普人でも対処が可能なほどだ。


 逆に言えば、この階層ぐらいになると敵となる相手も結構いるということだ。背負ったままの金属棒を手に、いつでも対応できるように構える。さっそく血の気の多い奴がやってきたようだ。


「ふんっ!」


「クロアナグマが一撃で……すごい」


「お兄ちゃんつよーい!」


 賞賛の声を浴びながら、金属棒を相手……仕留めたクロアナグマから抜く。大きな音を立て地面に倒れ込む巨体は俺と比べると小柄だが、獣人からするとかなりの物だろう。これで美味ければ持って帰るんだが……。


「肉はまずいし、毛皮もろくに使えないとなると邪魔なだけだな。怪我は無いか」


「え、ええ。こっちに来る前に貴方が仕留めたし」


 少し怯えた感じなのは、やはりオーガの力を目の前で見たからだろうか。この視線には慣れている。わかっていても少々悲しい物がある。むやみに力を振るうつもりもないが、縮こまるつもりもない。俺は俺らしく、生きる……そう決めたのだから。それに、おっさんが堂々と若い子を助けられるってのはシチュ的には美味しいよな! うん、そう思おう。


「もう、お姉ちゃん! お兄ちゃんが助けてくれてるんだからもっとちゃんとお礼を言わないと!」


「ははっ、ラコナちゃん。無理もないさ、オーガは乱暴者の代名詞だからな。だいぶおっさんだし」


 どこか警戒心を持って俺と接してくる姉と違い、妹であるラコナはやはり、随分と懐いた感じだ。まるで妹がいたらこんな感じかな?なんて思う。転生前も含めても女性経験は豊富とは言えないのでどう接したものか不安になるぐらいの懐き具合だ。というのも……彼女は今、俺の頭の上付近にいる。


「しっかり掴まってるんだぞ」


「うんっ。大きいなあ、高いなあ。お姉ちゃん、すごいよ」


 はしゃいで言われても、ファリスも苦笑を返すしかない。彼女にしてみれば俺が妹を人質に取っているかのような状態だ。入り口まで行くのに疲れた足では厳しいだろうと背負うことを提案したところで、ラコナが選んだのは肩の上に乗ること。肩車ってやつだ。


「ファリスも、歩くのが辛いなら抱えるぞ。この場所から戻るぐらいなら余裕だ」


「だ、大丈夫よ。それに、まだちょっと……」


 もう少しうまくごまかせばいいものの、隠すことを良しとしない性格なのか、正直に俺が怖いからと示してくる姿に逆に好感が持てる気がした。それでも避ける感じはしないのは、俺が無手では危ないと思い、腰に下げていたショートソードを差し出したからだろうと思う。


「わかった。迷ったとはいえ、この場所で生き残ってたんだ実力はあるんだろう? 危なかったら言ってくれ」


 頷きにこちらも無言の頷きで返し、歩みを再開。勝手知ったる自分の庭のような場所だ。魔物の出そうな場所、出てくる相手も慣れた物だ。一部は本当は持って帰るところだが今日は2人を地上に送り届ける方が先だ。どうしてもという相手以外は威嚇で追い払うことにする。なぜかって? 倒すと持って帰りたくなるからさ。


 その後は順調に戻り、地上に出てから少しばかり騒動があったがそれも解決。俺は婆ちゃんの待つ宿へと2人と一緒に戻ることが出来たって……婆ちゃんにどう言おうか。


(拾いました? いやいや、犬猫じゃあるまいし……それになあ)


 ちらりと見る獣人姉妹はたぶん、美人の類だ。今は汚れているけれど、ちゃんと身ぎれいにしていけば姉は元より、妹も十分可愛いと思う。種族が違うから実際の評価はわからないけれど、元日本人としての感覚から言って可愛い、間違いない。


 しかも、服はあってないような状態で毛布にくるまるような姿。そんな相手をいきなり連れて帰ってきたのだ。あの婆ちゃんがなんて言うか……。


「決まってるじゃないか。ダンジョンで襲った挙句剥いて連れ帰るとは、良い御身分だねえ。タロー」


「ば、婆ちゃん! 違うんだよ。この2人はさあ」


 言い訳を考えている間に、本人に見つかってしまう。別に後ろめたいわけでもないし、駄目なことをしてるわけじゃないのだけど何故か婆ちゃんには逆らえないんだよな。お世話になったからってのもあるんだけど……不思議だ、うん。


「冗談だよ。アンタがそんな玉かい。大方ダンジョンで助けたんだろう?」


「うん、そうだよー。お姉ちゃんがばくってなったところを助けてもらったの」


「暗がりカズラがあんな場所に群生してるとは思いもしませんでした……」


 姉妹も婆ちゃんの何かを感じ取ったのか、頭を下げた後簡単にだが自己紹介などを始めた。その間、俺は井戸から水を汲んであれやこれやと洗っている。やはり太陽の元だと汚れが目立つな。


(女三人集まればっていうけど婆ちゃんも含むのかねえ?)


 何か意気投合したのか語り合っている3人。と思えば婆ちゃんがこちらを見た。なんとなく、嫌な感じもするしそうでも無い気もする。


 呼ばれてるのは確実なのでそちらに向かうと、久しぶりに見るいい笑顔の婆ちゃんがいた。


「いいかい、タロー。2人を赤鬼堂で雇いな」


「雇うって、自分の分を稼ぐのでもぎりぎりだぜ?」


 実際、赤字ではないがぎりぎりなのだ。とても2人を雇う余裕は……いや、待てよ? そうか、そういうことか。


「わかったようだね」


「ああ。でも2人は良いのか? 何か目的があってダンジョンに来たんだろう?」


「構わないわよ。外で暮らせるようになることが目的の1つでもあるし」


「そうなんだよー」


 2人が良いのであれば断る理由もない。オーガは嫌われ者だ。仕事を探すにも、貰いに行くにもなかなか上手く行かない。そこに獣人の出番である。1人より3人、マイナス1つにプラスが2つならプラス……まあ、そんな感じってことだな。


「わかった。よろしくな、2人とも」


 色々な偶然が重なって、新生赤鬼堂の始まりだ。



 

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