OGN-017
城塞都市の朝は早い。例え前の日に騒いでいたとしても多くの場合はいつも通りの日常を過ごすために起きてくるのだ。俺も例外ではなく、いつも通りに宿の敷地そばにある井戸からご近所さんに挨拶をしつつ水汲みだ。
水ぐらいなら魔法で生み出すことも出来るらしいのだが、それそれだ。魔法で生み出す水は川や井戸のそれとはなんだか違うのだ。前世の知識的な物で言えば、不純物の混じっていないただの水だからかもしれない。
「「いつもありがとー!」」
「いいんだよ。力は余ってるからな」
歯を見せて笑って見せると、水汲みに来ていた普人の子供達も笑いながら桶を抱えて去っていく。ポンプの無いこの世界、水汲みは重労働だ。さすがの俺も発明品の仕組みまでは覚えていない。大体こんな感じだろうなという知識ぐらいはあるので馴染みの職人に話を振るぐらいはしているが……実用化まではどれぐらいかかるやら。
そのまま何人かの人に同じように水を汲んでやり、自分の分……人の入りそうな樽を運んでいく。これが出来るのもオーガならではである。赤鬼堂が見えてきたと思えば、誰かがいる……ファリスも一緒か。
「あ、タロー。お客さんよ」
「なるほどこの体躯……間違いなくタロー殿か?」
「そうだが……少し待ってくれ」
こういう時、自分のテンポを貫くのも大事だったりする。もちろん、相手に合わせる必要も時にはあるが……今は違うと思う。いつもの場所に樽を置き、適度に身だしなみを整え、改めて外に出る。相手の表情が俺を見て、感心したような物に変わったから今回は正解のようだ。
「ファリス、ラコナちゃんを呼んできてくれ。お茶の準備を」
「わかったわ」
そのまま来客を赤鬼堂の応接間(と言っても椅子と机があるだけで大きな部屋の一角だが)に招きいれる。前世の癖が抜けないのか、お話の時にはそういう場所でお茶でも飲みながらなんてのが染みついているんだよな。
「迎えをするオーガが珍しいか?」
「正直に言えば、その通りだ。話には聞いていたが……仕事を受けてくれるだろうか」
最近ラコナちゃんが作り始めた薬草ベースのお茶の味に少しばかり表情が変わるのを見る限りはそこそこ腕のたつ使者?のようだ。まあ、身なりもただの依頼者にしては上等すぎる。というか……前に見た気がするぞ、この人。
「内容によるな……領主から直に、なのかそれとも関係がないのかとか」
わざとらしく眉が上がるのが見える。演技か……認めてくれたということなのか。まあ、どちらでもいい。話を聞くことにしよう。姉妹にもそばにいてもらう。3人で、赤鬼堂だからな。
「ファリス、変なところないか?」
「大丈夫じゃないかしら? ねえ、ラコナ」
「うんうん。かっこいいよお兄ちゃん!」
翌日には、俺たち3人は都市の外にいた。周囲には選ばれたであろう普人の集団が10名ほど。多いと見るか少ないと見るかは難しいところだ。仕事の内容は街道の警備、探索……それだけと言えばそれだけ。問題は2つ、1つは不審者の目撃情報がある、そしてこの話が領主肝いりの話だということだ。
「おいおい、大事な仕事なのにガキが二人か。大丈夫なのか、鬼の小僧」
「小僧呼ばわりは久しぶりだが……まあ、邪魔はしないさ」
言葉だけなら馬鹿にされていると感じるところだが、今回のメンバーは領主の私兵でも恐らく差別意識の少ない人たちなのだろう。俺や姉妹を見る目に嫌な物がない。ただ単に、ちゃんと戦力になるのかということが大事なのだ。
ファリスが魔法と弓を使え、ラコナちゃんは調合が出来るということを伝えると、納得したのか引き下がっていく。後で聞いた話だと、ラコナちゃんのポーションを買った1人らしい。なるほどな……。
あまり人数が多いと色々と目立つ。このぐらいなら領主のパフォーマンスとしてあり得るかなという人数だ。俺という異物めいた巨漢がいるのは目立つかもしれないが、クロスロードで俺のことを知らない人はあまりいないだろうから大丈夫だと思いたい。
そのまま街道を進み、川に近づく。この川はやや大きく、大雨の時には増水してしまうので城塞都市自体は真横にはあるわけではないのだ。都市の建物から見える程度には近いので人々もよく魚を捕りに来る。今も何人かが罠を回収しているよう……!?
「ファリスっ!」
「後ろは任せてっ!」
ものすごく単純な話で、背の高さ、目の良さというものは重要だ。だからこそ、俺は誰よりも早くそれに気が付いた。続けてファリス、そしてラコナちゃんもだ。ラコナちゃんは俺の背中に乗っている。
「こっちににげてえーーー!」
走りながらのラコナちゃんの叫びに、川にいた普人か亜人かはわからないが数名が気が付き……当然のように後ろを振り向いて慌てて逃げてくる。そこに迫る影は……異形だ。そうとしか言いようがない。俺もこの世界では見たことがない。なんとなく前世の知識から敢えて呼ぶのなら……4本の手を持ったゴーレム、だろうか。
「ラコナちゃん、しっかり掴まってて」
「うん。お兄ちゃん頑張って」
今のラコナちゃんは簡単に言うと背負子に自分を結んでいる状態だ。吹き飛ばされないようにと、さらに固定をしたのを確認して俺は手にしていた得物を握り直す。刃物だと手入れが問題だと思い、いわゆるメイスのような鈍器である。と言ってもオーガの巨体で持つのだ。先の方はバランスボールもいい勝負が出来そうなほどだ。圧倒的なはずの破壊力がその手に産まれる。
「不審者にはお帰り願おうか!」
「ひゃあっ!」
メイスを振り抜くと、思った以上に手ごたえよく相手にめり込んだ。コンクリートの壁も簡単に砕けそうな威力だろうそれはゴーレムをも砕いていく。そのあまりの音に背中で悲鳴を上げるラコナちゃんが可愛いなって余裕だな、俺。
見える範囲では謎の相手は5匹……5体か? ともあれ、今減ったから残り4。こんな都市に近い場所で出会いたくはない相手……暫定一位だな。今の手ごたえ、ダンジョンの何層も下にいる奴に近い。となれば一般人では相手が出来ないだろう。出来るとしたら……。
「一人で先行するな!と言いたいところだが大丈夫そうだな」
「足を奪う。トドメは任せる」
普人たちの持つ武器は普通に刃物の類だ。正面からコイツ相手に切り付けるには微妙そう、そう判断して戦い方を変えることにする。こんな奴らがいるのは偶然なのか何なのか。確かめるためにも倒さないとな……。