OGN-015
料理と言えば、肉、魚、とイメージは膨らむ。店を出すだとか、プロ級!なんてことはなかったが人に出しても恥ずかしくない程度には料理は出来た。とはいえ、元の世界と比べれば足りない物ばかりだ。
(生はなかなか難しいだろうから……焼くか、煮るか……さて)
刺身で食べる文化は内陸にはなかなかないだろうと思う。海辺に行けば多少はチャンスがあるだろうか?
いずれにしても材料が多く必要だ。品目は皆で共通体験をするということから考えると少ない方が逆にいいだろう。確か魔族は結構食べる種族らしいから、しっかりと確保しなくてはいけない。狩りをしてきたとして、保存する場所が問題だった。今のところ、何でもはいるような魔法の倉庫や袋は手に入れたことがない。どうもあるのは間違いないのだが……。
「それで場所を借りたいんだね」
「うん。頼めるかい、婆ちゃん」
ダンジョンへと狩りに出かける前に、婆ちゃんに話を通すことにした。婆ちゃんの宿屋が規模のわりに客が途絶えず、やっていけるのはこれの存在もあるのだ。広さはちょっとしたホールほど。その中は……エアコンが効いているように冷えている。冷え具合は正直、ずっといると風邪をひくんじゃないかってぐらい。
「何の場所だろうって思っていたけれど、こんな強力な魔法をお婆様は使えるの?」
「大したもんじゃないさ。継続時間は長いけどね、冒険には全く使えないよ。砂漠で使おうにもすぐに熱気が押し流していくし、相手が凍るほどでもない。今じゃこうして保存に使うぐらいしか冷えないからね」
そんな風に言う婆ちゃんだけど、俺が見る限りあくまで弱った今だからこそ、だと思っている。そう、若い頃の婆ちゃんだとそれこそ建物1つ氷漬けでもいけたんじゃないだろうか?と。サキュバスは一時の恋に、燃え上がる愛に力を注ぐという。とっかえひっかえしているイメージだが、どちらかというと……そんなサキュバスの愛情に相手が付いていけなくて喧嘩別れする、という方が多いらしい。
ともあれ、本当に元サキュバスなら……だけども、昔取ったなんとやら、だと思うのだ。もちろん、ただ単に強い魔法使いだったのが引退したってこともあるのだけど……あんまりつっこむととんでもないものがでてきそうで困る。今は、こうして狩りの獲物を補完できる場所があるだけで十分だ。
「ああ、行くならカウドンをちょちょっと狩っといで。時季だろう?」
「そうするよ」
「ちょっと、カウドンって」
何かに気が付いたらしいファリスの腕を取りつつ、背中に飛び乗るラコナちゃんと一緒にクロスロードの城壁内部にあるダンジョンへ。ポーション用の薬草も採取できるからちょうどいいよな。
もう何度目かの挨拶を門番と交わし、目的の魔物たちがいる階層へとどんどんと進む。途中出会う相手は出会ったのが相手の不幸、とばかりに吹き飛ばす。正直、採取するのでなければ大抵の相手は一撃で終わりである。
そして、階層は中層少し手前といったところ。ダンジョンは地下だというのに、なぜか広い天井も高い場所に出る。俺の知識から言えば、空間がゆがんでいるって感じだろうか? 場所によっては空があったり、太陽みたいなのが輝いてる場所もあるらしい。さすがに一面海になってるっていうのは嘘だと思うが……嘘、だよなあ? うん。
「さてっと、ラコナちゃん。こういう模様のがいたら教えてくれ」
「うんっ! がんばるよー!」
「やっぱり味とかが違うのかしら?」
今回探すのは、縦じま模様の個体だ。何度か倒し、持ち帰って確かめた結果、縦じまの奴が一番うまいのだ。と言っても、見た目を考えると俺自身は混乱しっぱなしなのだが……なにせ、カウドンは大きな牛にしか見えないのである。
「お兄ちゃん、いたよ!」
「ようし! いい具合にでかいな!」
たかがでかい牛と思ってはいけない。その体、強大につき……生半可な相手では魔物とて吹き飛ばされて終わりだ。今も、こちらを見つけるなり魔法でも使ってるんじゃないかって勢いで突進してきている。
「ふんっ!」
が、オーガの前には子供同然。正面から受け止めると、足元がじわりと地面に少しだけ沈むがそれだけだ。突進が不発に終わったことに動揺していることが接した部分から伝わってくるが……終わりだ!
『ブモォオオ!?』
見よう見まねの技で、上半身を抱えて背面に叩きつけるように持ち上げる。そのまま相手の体重を活かしてぶつけてやれば一撃である。一頭いれば十分料理には足りるだろう。
「だからって持って帰れるのはタローぐらいよ」
「そうかあ?」
内臓はたぶん食べたい人が少ないだろうから残念ながら廃棄していく。色々揃ったら調理してもいいのだが今回はわかりやすい部分を食べることにしよう。そうなると意外とかつげるぐらいにはなった。
俺の場合、片側がふさがるぐらいで済むのだけども、確かにこの大きさは人間だと4人ぐらいいてもつらいかな?
帰り道は他にも使えそうな木の実やらなんやらを採取していく。当たり前と言えば当たり前だが、肉の匂いに誘われて行きより敵は多かった。俺の手は片方ふさがっているが、その代わりにといってはなんだがファリスが頑張ってくれたのである。
「そのぐらいはしないとね。3人で赤鬼堂でしょ?」
「ラコナ、応援はするよ!」
一人では決して味わえない何か温かい感じを胸に抱きながら、地上へと戻る。随分と門番たちが驚いていたが、詳しく説明するつもりもない。
「ばあちゃーん、肉、肉だぞ」
「聞こえてるよ。うん、いい大きさじゃないか。洗うなら裏を使いな」
皺の多い婆ちゃんの顔が笑顔になる程度には合格ラインを超えたようだ。俺がまずい相手を狩ってくるとは思っていない顔だ。実際、多分間違いなく美味いのだが。
「お兄ちゃん、お料理するの?」
「ああ。ファリスも少しは練習しないとな。取ってきた木の実の中から白いのを出しておいてくれ」
世の中には不思議がいっぱいで、俺も知らない物が数多い。そんな中でも、ダンジョンにある物は本当に不思議だ。
(確か塩味の奴なんだよな……)
ラコナちゃんが籠に分けていく白い実は、果汁が流通するには量が足りないが、自分で料理に使うには十分だろうと思わせる……塩味なのだ。乾燥させると結晶が出来て来たから間違いない。ダンジョンの地面から塩分を吸い上げてると考えるのは簡単だが、正解はわからない。恐らく海辺に行ったり岩塩を探せば見つかるのだが、流通のコストがかかるのが難点である。
ダンジョンで仕留めたカウドンを切り分け、しっかりと本番まで保管すべく布を巻いておく。そこから一部、と言っても一キロぐらいはある塊を、今回はファリスの特訓に使うのだが……だが……。
「……うーん」
「あはははは」
結果、目の前には肉の形をしたナニカが出来上がっていた。手順的には間違ってないはずなのだが、これまたどうしたものか。不器用とは違うんだろうなあと思う。何かがあると思うんだが、今はわからない。
「お姉ちゃんは器用なんだが不器用なんだかわからないよねー」
「そういうラコナは……器用よね」
そう、ラコナちゃんは姉と比べてちゃんとできている。ごくごく普通に、焼けている。よく言えば素材の味を活かしている。言い換えると、特別上手いという訳ではない。
「そうよ、給仕は任せなさい! よく見てたからわかるわ! 後、短剣を用意してあげると良いと思うの」
「短剣? お祝いにあげるのか?」
「聞いたことがあるのよ。魔族が成人になるには、親でも親族でもない誰かから刃を授かるのだって。血を絶やさない、魔族だけで閉じない気持ちをって。それに、命を奪える刃を預けあう間柄を得るという話もあるらしいの」
スラスラと告げてくるファリスはとても先ほどまで料理でポンコツだったとは思えない。でも短剣か……さすがに俺も鍛冶は出来ない。手伝うぐらいは体を使って出来るかもしれない、がな。
「よーし、じゃあ良いのを探しに行こうぜ」
誕生日パーティーまで、後三日。他にもいくつかの素材を集めることにし、あっという間に時間は過ぎていった。