OGN-013
「来たれ、炎の網!」
ファリスの声が高らかに響き渡り、視界が赤く染まる。俺が余裕で通れるほどの空間に、逃げ場のない炎が襲い掛かり……奴らを燃やし尽くす。前世の知識からすると酸素がどうとか浮かぶけれどどうもその辺の法則も少し違うらしい。
「おーおー、派手だなあ。これなら大丈夫だろ」
「このぐらいなら問題なく使えるけど……いいの?」
魔法を使うには狭い場所で燃やしてしまっていいのか、という疑問だ。当然と言えば当然だが、今回はちゃんと許可は貰ってるし、何よりここは見た限り土と石造りだ。燃えるような物はない。これでダンジョンだと、向こうに誰がいるかわからないからといった問題もあり、通路なんかでこういった範囲魔法は使いにくいのだ。
(にしても何年かかったんだ? いや、もしかしたら……)
さっそくの領主ラジエルへの報告は、俺が思った以上にすんなりと終わった。交渉のできる、頭の悪くないオーガ、という相手と話がしたかったそうで名前とかを出したらすぐに通してもらえた。もちろん、護衛の兵士もたっぷりという状況だったけれどそれは仕方がない。むしろ会えたのでも幸運だ。
この街で暮らしたいから、と本音を告げて報告すると……思った以上に食いついてきた。即金で依頼金と、犯人の捕縛か退治を依頼されてしまったぐらいだ。私兵を使うかと思っていた俺にとっては予想外なことだ。直々に動かなくても手ごまがあると思わせる……そう理由を聞いてすっきりした。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。少し大きいよ。誰かがそだててるのかな?」
「ほほう。確かに、これだけ太ってるなら食べ物には困ってなさそうだな」
倉庫から潜れる、領主も知らなかった地下空間。そこはトンネルであり、綺麗に掘られた場所に要所要所は石張りだ。明らかに人の手を感じる場所に、魔物染みた奴らが潜んでいた。大き目のネズミのように見える気配と姿に、それを予想していた俺は団子をぶん投げた。黒いアイツとは違う中身の団子へと見事に駆け寄るやつら。やはりうまそうに感じるらしい……酔っぱらったようにゆらゆらしはじめる。
下手に動物ぐらいのを殺す成分だと家畜やペットに影響が出るからな、こうしてとらえやすくするのが一番だ。ピンチの時に集まる習性でもあるのか、俺が何かする前にネズミもどきは一か所に集まっていった。
そこを一網打尽である。後に残るのは焼け焦げた土の壁と、ネズミもどきの残骸。もう嫌な臭いもしないほどだ。
「崩れない程度に派手にいこう。手を出すとこうなるぞってな」
「へー、そうなんだ。ラコナにはよくわからないなー」
「ラコナは今のままが良いのよ。さ、いきましょ」
ちなみに倉庫近くにはいざという時に備えて兵士達が待ち構えているはずだった。出番があるかは知らないが、俺たちにまかせっきりというのも問題があるんだろう。
トンネルはかなり長く続いていた。このままだとはっきりとはわからないが、城壁に近づくんじゃないだろうか? そうなると……。
近くなった気配に、2人の前に手を出すことで止める。曲がった先に、何かあるのを感じた。盾代わりに持ち込んだ分厚い木板を抱えながら半身を出すと、見事に音を立てて何かが食い込んできた。矢……かな?
「逃げていたと思ったが……残ってるとはな」
「よくもやってくれたな。亜人風情が」
地下空間とは思えない小部屋に、男が1人。ローブ姿の普人だ。地下でやや暗いせいもあるかもしれないが、随分と不健康そうである。目は爛々と輝き、嫌な感じだ。
ラコナちゃんを後ろにかばいつつ、ファリスと並び立つ。オーガと獣人となると大人と子供のような体格差だが頼もしく感じるのは信頼の証だろうか?
「ただ倉庫からの着服のためにこんな場所、作るわけないだろう? 何が理由だ」
一応は聞いておく必要がある。仕事だしな……俺自身も気になっている。この都市は良い都市だ。差別も少ないし、わかってくれる人も増えて来た。出来れば他の都市に住むようなことはしたくない。そのためには多少の荒事も喜んでやろう。
手足や、角に意識を集中させてオーガらしくどう猛さを意識した表情を目指して見る。吐息に、魔力が混じって煙みたい、とこの前ラコナちゃんは言っていた。怖くないのかと聞いたときには、お兄ちゃんだもんって返って来たんだよな。でも、そうなるのはファリスやラコナちゃんぐらいだ。普通の相手が見てしまえば……。
「くそっ……化け物が」
もう木板は必要ない。放たれた矢は俺の腕の一振りで木くずとなる。ファリスや、後ろのラコナちゃんを狙おうとしたところで、無駄だ。
「こうなれば!」
なおも1歩前に出た時、相手の合図とともに空気穴と思っていた場所から何かがはい出て来た。妙にでかいスライムだ。核の大きさが穴とほぼ同じというとんでもない大きさだ。俺が見上げるほどに膨らんできた相手に対し……。
「氷!」
「ええ!」
短いやり取りの後、部屋には真冬以上の冷気が訪れる。短い時間、狭い場所であればファリスの魔法もかなりの威力を発揮する。そう、スライム1匹を凍らせるぐらいは大きかろうと可能だ。
「え?」
「お休みだな!」
その状況が理解できないのか、思わずという感じで振り返りそうになった相手に近づき。ぶち破ってしまわない程度に腹に拳を叩き込んだ。それでも体が飛んでいってしまった……生きてると良いのだが。
「あったよ、ひだりのほー!」
「あれね」
観察していたラコナちゃんの見つけたスライムの核は、凍ったことで色を周囲と少し変えていた。そこにファリスの放った矢が直撃し、砕け散る。後は溶けていくだけだ。それが凍っていた物が溶けたからなのか、核を失ったからなのかはわからないがどちらでもいい。
「こいつを縛ってっと。ん、奥にまだあるな」
犯人を縛り上げ、大き目の袋で包んだところでさらに奥の通路を見つけた、覗き込むと、もう1つの小部屋があり、いくつかの木箱が積み上がりさらに上への道がある。どうやらここから外に出られようだ。
「見て、悪い奴もいるもんね」
「きらきらだー」
木箱の中身は、ため込んでいたであろう金品だった。となると本当にコイツ1人の犯行なのか、それともという疑問が出てくるか俺たちは名探偵でも警察官でもない。
ただの着服か、反乱でも考えていたのかはわからないが、独断で動くのは良くなさそうだ。領主ともよく相談せねば。
まだ目を覚まさない犯人を引っ張って元の場所から出ることにした。小部屋の先がどこに出るかはわからんが、誰か共犯者がいても面倒だしな。
(あ、一応塞いでおこうかなっと)
向こうからも入ってこられないように、適当に塞いでおくことにした。
久しぶりに感じる地上。中身が人だとわからないように運んでいくと、依頼を受けたときと同じようにあっさりと通された。事情を説明し、犯人を引き渡すと思った以上にラジエルは喜び、晩餐に招待された。さすが城塞都市の領主、食事も豪華である。俺は頑張って前世の記憶を思い出してそれらしいやり方で食事をとる。ファリスたちが何も言わずともちゃんと食事をしているのが少し気になったがそのぐらいだ。
「やはり君は普通ではないのだな。オーガは手づかみでしか食べないと聞かされている」
「かなり練習しましたよ。そうでないと、料理は楽しめない」
世間的にはオーガらしくないだろう台詞に、ラジエル以外の面々も感心したような声が上がるのがわかる。まあ、確かに俺みたいなオーガは希少種だろうな。
それからの話によると、奴は都市の建設当初からいる使用人の1人らしかった。どうやら10年単位で着服してたらしい根性があるというかなんというか……で、結構都市の財政からかすめ取っていた被害額は相当なもの。かなり感謝されていることが相手のお酒のペースからもよくわかる。
「赤鬼堂のタロー、覚えたぞ」
「ご依頼の際にはどうぞよろしく」
座ったままの一礼に、ラジエルは何がツボにはまったのか笑い出すのだった。