OGN-010
結論から言うと、ポーション作りは成功に終わった。澄んだ緑色の液体が缶コーヒーほどの大きさの器の中に満たされている。このあたりの技術なんかも覚えてみたいが、職人技なんだろうな……機械とか見ないし。
ともあれ、同じような物が10本ほど。まだ材料は残ってるけれど、ひとまずはこのぐらいでということのようだった。
「えっとね、これは怪我を治すおくすりじゃないんだよ」
「ラコナ、それじゃあわからないわよ。要は直接怪我を塞ぐようなものじゃなく、病気で崩れた体の具合を戻したり、疲労、だるさなんかを取るやつなのよ。筋肉痛への対処や、解毒なんかにいいわね。どちらかというとそうね……一気に回復より徐々に回復ってとこかしら」
つまりはポーションはポーションでもどんと大きく回復する奴ではないということか。なるほど、確かに婆ちゃんの腰の様子はそっちっぽい。体力が戻ったり怪我が治っても将来的な腰痛は消えないというようなもんだろう。これはこれでお金になりそうである。いざいという時じゃなく、毎日1本、みたいな。厳密には同じような気もするが、区別のためだろうな。
(急激な回復が体調に影響するときもあるもんな。後はこれをどう飲ませるかだけど……)
「タロー、ちょっと薪を割って……なんだい、もう出来てるじゃないか」
「婆ちゃん、ちょうどよかった」
偶然にか、タイミングをうかがっていたのかはわからないけれど顔を出した婆ちゃん。俺がポーションを手に取るよりも早く、ラコナちゃんは小走りに駆け寄ると、婆ちゃんを見上げるようにして服をつまんだ。
「お婆ちゃん、味見してもらってもいい? お兄ちゃんやお姉ちゃんじゃないおとなのいけんが聞きたいな」
そうくるか……計算だとしたら幼くても女の子、ということなんだろうけどどっちだろうな? ともあれ、実際に売るとなれば意見は聞いておきたいのも確か。苦みや甘み、後味なんかは人によって感じ方が違うもんな。
慣れた手つきで光に透かした後、婆ちゃんは妙に堂に入った仕草でポーションを口に含み飲んでいく。なんというか、酒場でお酒でも飲んでいるかのような仕草だった。やっぱり若い頃に色々とすごかったんだろうか?
そんなことを思っていると、俺の目にもポーションの効果が見て取れた。ほんのりと、肩や腰などが光ったような気がしたのだ。ポーションも魔法薬、そういう作用なんだと思う。残念なことに、俺自身は飲んでも特に健康体のままだったので変化はない。
「これは……なかなかいいね。苦みはほんの少しで、それが逆に効きそうって思わせる。それに……ラコナ、タローのを使ったって言うのは外で言いふらすんじゃないよ」
「お婆ちゃんわかるの!?」
前に見かけたときには気にしていた腰を逆に見せつけるようにして動いて見せる婆ちゃんの台詞に、ラコナちゃんだけでなく俺もファリスも驚いてしまう。飲んだだけで内容物を知ったのだ。そういえばサキュバスもそういうのに詳しいんだったっけ? あれ、じゃあなんで婆ちゃんは自分で治さないんだ?
「魔物の素材を使うとそれぞれ独特の波長みたいなのが混ざるのさ。これは魔物でなくても同じ。同じような薬草でも地方によって微妙に違うからね。そんなに長い付き合いではないけれど、タローの魔力波長ぐらいは覚えてるよ。さすがオーガ、だねえ。思ったより効き目が早いよ……懐かしい感じだねえ」
それはどういう……と聞こうとしたところでカラになった瓶を渡されてはそれを受け取るしかない。顔を上げると、既に婆ちゃんの表情は宿の主人、やり手の老婆、そんなものになっていた。先ほどのただのお婆ちゃんのような顔は……まあ、つっこむのは野暮だろう。
「継続的に作って売るつもりなら宿のほうに場所を作るよ。こっちで無人販売するよりはいいだろう?」
「ああ、助かる。値段に困るけれど……」
「どこまで効くかもわからないものね。依頼を探すついでに街でざっくり確認してきたらどうかしら?」
その言葉に頷き、ひとまず残りは婆ちゃんに預けるとまた3人で街に繰り出すことにした。俺一人だと大通りには週に1度でも行けばいい方だったのに……人生、何がきっかけで変わるかわからないものである。
何度目かのざわめきに内心少しばかり疲れながらも、元気なラコナちゃん、冷静なファリスという2人に挟まれつつ店を冷かしに行く。露店も多く、クロスロードが城塞都市として十分機能していることを感じさせる。
(そういえば、領主は普人だったな……)
戦力として、と考えるとそこそこらしいが、そのやり方、政治力というのかな?はかなりのものらしい。そうでなければこんな大きな城塞都市には出来ないだろう。
行きかう人々も様々だ。記憶の限りで言えば、人種のるつぼってやつかな。顔の色も違えば髪の毛の色も、肌の色も違う人が多い。そもそもの種族として違うのだから当然だが。その中に俺のようなオーガは見かけないのが寂しくもあり、少しばかり安心でもあり……。
「ラコナは、お兄ちゃんでよかったな」
「うん? ありがとう」
本当に、女の子はいくつでもさといなと思う。それに、そんなことを言われたら甘やかしたくなるのが男の性というものだ。甘味は高いんだよなあ……砂糖が採れる魔物が奥の方にいたような気がするが……今度行ってみよう。
「一通り見てみたけれど、すぐに怪我を治すような物がほとんどね」
ため息交じりのファリスの言うように、売られているポーションのほとんどは青く、つまりはすぐに怪我を治すタイプの物ばかりであった。理由はなんとなくわかる。怪我は治るかどうか、目に見えるし効能も程度はよくわかる。それに対してラコナちゃんの作った物の方は、はっきりしないことが多いのだ。
それに、ポーションが必要な時は大体大怪我をした時だから、即効性があるほうが好まれるのだ。
「いっそのこと腰痛治しとして売った方が早いのかもしれないな」
最終的に、そんな結論になってしまったのも無理はないかなと思ってしまうぐらいだ。例えばだが、毒を無力化するにしても綺麗になくなればいいが、改善しました、では自然に治ったのかどうかと区別がつかないんだ。ラコナちゃんの物を疑う訳ではないけれど、怪我を治す方と違ってそのぐらい目に見えない、ということになる。
「ラコナはどっちでもだいじょうぶだよー。あのぐらいなら1日でたくさんつくれるもん」
「よーし、ちょっとまとめて作って、売れそうな先を探すか」
爺さん婆さんに少し売れて小遣いになればいいな、そう思っていたのだが……販売を開始してから一週間。予約が入るような状態になってしまうのだった。