OGN-001
強い魔法もすごい技も必要ない!
この体、このパワーとやりたい事ばかりの好奇心が切り札だ!
という感じのスローライフ(?)系オーガです。
こんな田舎、こっちから出て行ってやる! そう叫んだのはもういつのことだっただろうか?
気が付けば中身と外見も同じおっさんになってきたように思う。
だというのに、俺はミスをした新卒社員のように緊張に襲われていた。何度味わっても慣れない……その原因が目の前の老婆だと言われて納得する人はどれぐらいいるだろうか? 婆ちゃんが銀貨を数える間、落ち着かない気分をどうにかするべく角を撫でる。力の象徴らしいオーガの角もこんな時には形無しだ。普通の人が見上げるような巨漢の俺に対し、半分ほどにしか感じない小さな婆ちゃんの方がこの時ばかりは強いのだ。
俺の名前は大賀太郎。タローって呼んでくれ。え、オーガだろ? なんで漢字なのかって? そりゃあ……転生したからだ。色々あって、もうおっさんだけどな。
「タロー、今月もギリギリだったね」
「あ、ああ……悪いな、婆ちゃん。いつもさ……」
絞り出した声に婆ちゃんはいいんだよと意味深に笑いながら、テーブルに積みあがった銀貨を数え、仕舞い始める。どうやら言葉通り、今月分には足りたようだ。ほっと胸をなでおろしたところにパチンと大きな音。婆ちゃんが銀貨を数枚、テーブルに乗せて滑らせてきた。
「今日ぐらい美味いもん食って来月に備えな。タローなら自分で作ったほうが早いかい?」
「そうかもしれない。来月こそは余分に渡せるように頑張るよ」
自分なりのやる気を見せたつもりだったけど、婆ちゃんが鋭いまなざしを向けてきたところで言葉につまる。まただ……婆ちゃんはよくこの瞳で俺を叱る。こうしていると、強さとは肉体の強さだけではないとよくわかる気がする。こっちはオーガで、それこそ大人と子供ぐらいの体格差はあるのに、いつもこの視線には強さを感じ、反省もするし、励まされる。
「タロー、わたしゃアンタの夢が気に入ったんだ。オーガだけど人間と一緒に楽しく暮らしたい、色んな事をして人の役に立ちたいっていうね。目の前の家賃にこだわるぐらいなら一年まとめて貸したって良いんだよ? なあに、稼ぎが無くても養うぐらいの蓄えはあるよ。もっともいざという時には体で返してもらうけどね。歳は少し食ったようだがまだまだイケるさ」
「うひぃ!」
ちょっと情けないけれど、そんな脅し文句に角に手をやり震えて見せる。そこまでがお約束。俺も婆ちゃんに見つめられて失言……細かい金の問題じゃないことを思い出したし、婆ちゃんもそれはわかってる。
「ふぇっふぇっふぇ。そうならないようにちゃんと顔をあげて前を向きな。いいかい? いい男ってのは夢をあきらめず、膝をついても立ち上がる、そんな奴さ。タロー、気張んな」
「……ああ!」
今度の返事は正解だったらしい。笑いながら自室に戻っていく婆ちゃんを見送り、俺は買い出しをすべく建物……婆ちゃんの運営するさびれた宿を出る。俺が本気で暴れたらすぐに倒壊しそうなほどの古い宿だが、意外と綺麗にされており客もいないわけじゃあない。
ただ……城壁都市の中でもはずれにあり、井戸や道からも少し離れた立地の都合か人気はない。もっとも、一番の理由は婆ちゃんの客選びだと思う。基本的に亜人種しか泊めないのだ。
(今日も今日とて色んな人がいるな)
城壁都市、クロスロード。周辺地域でもトップクラスの規模を誇ると言われ、その評判に相応しく住人も多い。一番数の多いのは普通の人間、普人。そのほかは亜人種とくくってしまうと大体同じで、獣の特徴を持つ獣人や魔族なんかもいる。大人になっても小人な種族もいたかな。
背格好も職業も様々。髪の毛や肌の色も……が、半分ほどは俺を見ると驚いた顔をしてそそくさと道を開けてくれる。……少々、悲しい。が、それも仕方ないなと今は感じる。
俺は……暴れん坊で有名なオーガなのだ。荒れ地や険しい山地に集落をつくって住み、狩猟と呼ぶのもどうかと思うような生活で生きる野生児的な種族。お金という概念もなければ他者から奪うしかないというとんでもない種族、それがオーガだ。しかもオーガの中でも一番手が付けられないと噂されるレッドオーガなのだ。ちゃんと婆ちゃん手作りの服で見た目を整えていると言っても、はいそうですかと受け入れられるわけもなかった。
(こうして買い物は出来なくはないのが救いかな)
手に銀貨をつまみ、買うつもりがあるんだと示しながら目当ての店に向かう。こんな俺でもちゃんと売ってくれる珍しい店だ。もしかしたら相場より高いかもしれないが、そのぐらいは許容できる話だ。何も買えない、のとでは全く違うのだから。それに、今から狩りに行くのでは時間が足りない。
「よう、タロー。今日もいかついな」
「好きでこんな体じゃあない。鳥は入ってるか。香草もあると嬉しい」
俺からすると小さく感じるカウンターに銀貨を置くと、満足そうにうなずいて店の主人は俺の依頼通りに処理された鳥と、布袋に入っている香草を出してくる。ここは雑貨屋でもありつつ、そうだな……個人経営のスーパーみたいなもんだ。若干相場より高いだろうが、大体なんでもある。
「はいよ。またダンジョンに行くんだろう? 儲け話がある」
「そう言って楽だった試しが……まあ、いいさ。いつも助かってる」
本心からの言葉を告げ、話を聞く。なんでも偉い人が観光ついでにダンジョンに潜って戻ってこないのだとか。救出出来たら謝礼が出るんじゃないか?だそうだ。内心、それは普通の奴らにとっての儲け話だろう?と思ったが口にはしない。情報をどう生かすかは本人次第ってやつだ。
比較的安全で管理されているとはいえ、ダンジョンはダンジョン。やはり犠牲者が出るのだ。つい先日もたくさんの人が潜っていったのを見ている。中には獣人らしき2人組もいたかな。
「来月は稼げるといいな……」
帰り道、つぶやきは町の喧騒に消える。ふと、自分の手を見る。オーガらしい大きな手。記憶にある自分の手とは似ても似つかない、まるで着ぐるみのような体だ。そう、こんな俺だから仕事というものがなかなか順調にいかない。例え、転生前の知識があったとしてもだ。
俺の転生前の名前は大賀太郎ってさっきも言ったな。色々あって何でも屋をやっていたのだが……この世界に転生したらしい。らしいというのは記憶がよみがえったのはオーガ的成人の儀式を終えた直後だったからだ。元日本人の感覚としてはオーガの自然味あふれる、もとい……野生児過ぎる生き方はちょっと大変だった。結果、修行の旅に出ると言って飛び出してきたのだ。内心は、一秒でも早くこんな生活とはおさらばしたい!という気持ちだったのだが。
オーガの体と何でも屋の経験を活かして稼ぎまくる!という意気込みはよかったものの、依頼が貰えないのでは意味がない。もらえた仕事はなんだか汚れ仕事、他には魔物達を殺戮して来い、野盗に突っ込め等々。日々を食いつなぎながら放浪し、おっさんとなったころにたどり着いたのがこの街だった。
最初は薄汚れた姿からか、町に碌に入れず困っていたところを助けてくれたのは婆ちゃんだ。なぜか外にいた婆ちゃんは俺を見るなり、おいでと誘い、門番も婆ちゃんが良いなら……と許可。よくわからないが言葉に甘え、あれよあれよという間に居候に。出してくれた食事に感動しながら転生者という事実は隠し、集落を出てきた理由、夢を語っていた。
そして、婆ちゃんというよくわからない後援者を得て、改めて赤鬼堂と名乗り、何でも屋をやっている……それがこの俺、オーガのタローであった。