切符
男が胡座をかいて、座っている。
背を丸め、手元の何かに集中している。
周囲を見渡すと、白く凝り、数歩先も見通せないような濃い霧に囲われていた。
私は男に近づき、訊ねる。
「何をしているの?」
男は手元から目線を離さず、短く答えた。
「切っている」
そうして、男は黙し、再び”切る”作業に集中する。
背後から、男の手元を見ようと覗き込むと、今では懐かしく思えるような、しかし行き先も何も書かれていない、電車の切符があった。
小さく、長方形のそれを両手で摘み、真っ二つに千切り、指を離し足元に捨てる。そして、何処からかまた別の切符を取り出し、再び千切っては、捨てる。
「何故、切符を千切っているの?」
私は訊ねた。
男は作業を続けたまま、先程と同じように、短く答えた。
「人が死ぬからさ」
そう聞いたせいだろうか。男の丸まった背中や、整えられていないぼさぼさの毛、皺だらけで煤のような黒でくすんだシャツ。
その全てが、陰鬱な空気を醸し出しているように思えた。
「何故、人が死んだら切符を千切るの?」
三度、訊ねた。
「切符を切るから、人が死ぬんだ」
男は諦めとも取れるため息を大きく付き、作業の手を止めた。そして、気怠そうに、ゆっくりと右腕を持ち上げ、前を指さした。その動きに釣られるように前を見ると、前方の霧が丸く晴れ、ある風景を浮かび上がらせていた。
そこは、山中にある駅のホームだろうか。
ホームにはスーツ姿の中年の男性が立っている。
手に鞄も持たず、スポットライトの様に自身を照らす明かりを見上げているのだろうか。首を上に持ち上げ、だらりと口を空け、只ぼうと突っ立っていた。
背後には鬱蒼と生い茂る木々が見え、夜ということもあってか、闇を木々が一層と濃くし、”景色が良い”と言うよりは”不気味”な情景であった。
不意に、鮮烈な明かりが、けたたましい音と共に、左側から差し込んできた。
電車が来たのだ。
音を聞く限り、止まる様子は無く、線路か、もしくは車体が古いのか、きいきいがたがたと喧しい音を鳴らしながら、光をより鮮烈にしてゆく。
愈々電車の照らす明かりが闇夜を消し、男性の存在すら朧にする程に駅の中に入って来た瞬間。
男は上を向いたまま、だらりと丸く開けていた口の端を釣り上げ、にやりと不気味な笑みを浮かべた。そのまま、男は体を、まるで胸の辺りを引っ張られるかの様に前方へ、電車の前へ傾き、男と電車が今にも接触しようとしている。
寸での処で、切符の男が右腕を下ろし、切り取られた風景は、重苦しい霧に覆われた。
男は目線を手元に戻し、左手に握っていた切符を右手で摘み、千切った。
「遅くなったが、これがあの男の分」
そう言い、先程と同じように足元に千切った切符を捨て、また別の切符を取り出した。
そうして男は黙したまま、切符を千切り続けていった。




