釣り針
私の口の中には、小さな釣り針が1つ、備わっていた。
蝋燭の火を吹き消す様に、口を小さく”ふ”の字にし、僅かに突き出す。
途端に口の中の釣り針が、私が定めた目標めがけて飛んでゆくのだ。
自分よりも小さなモノに引っかかれば、それを手元に引き寄せることができる。
逆に、自分よりも明らかに大きなモノ、例えば、マンションだとかそういう物に引っかかれば、自身がそれにめがけて飛んでゆく。
そして、その物には激突せず、自身の塩梅で、引っ掛けた物を基点に自由に浮遊ができるのだ。
では、人に引っ掛けてみるとどうなるか。
自身を基準にした人の大小により、引っ掛けた人が飛んでくるか、あるいは自身が飛んでゆくかは、モノと変わり無い。
しかし、知人であろうが赤の他人であろうが老若男女関わらず、この釣り針に引っかかった人間は皆、私に好意的な態度を示す。
異性であれば、その好意的アプローチは一層激しさを増してゆく。
迚も便利だ。
人も、モノも引き寄せる。
上手く使えば空も飛び放題だ。
だが、使ってゆくと難点に気付いた。
釣り針を飛ばすのはいいが、口の中への上手い仕舞い方、即ち、自分の口内を傷つけない針の仕舞い方が、時々分からなくなる。
お陰で何度も口をもごつかせ、口内を傷だらけにした。
それに、理想の異性を引っ掛け、相手がキスを求めてきた時。
必ず私か、相手の口内を傷つける。
それを恐れて、結局その理想の人は去ってしまう。
「君は素敵なのに」
それが決まり文句である。
結局、これが便利なのか不便なのか。
私は頭を抱えながら、釣り糸を口の端からぶら下げていた。




