右手職人
「まぁ!なんと素晴らしい右手なんでしょう!」
群衆の前方から、白いドレスを着た女性が称賛の声を上げた。
「確かに素晴らしい…」「これは、なんと良く出来ているのだろう!」
女性に続け、あちらこちらで群衆の目の前に展示された”右手”を称える声が湧き上がる。
それは美術品の展示会の様に、赤いロープと鈍色のポールで群衆との境目を丸く仕切られ、腰の高さまであるガラスケースの中に入っていた。
飾られた”右手”は、肘から指の先まであり、その中は空洞だった。
色は乳白色で、陶器の様な、なめらかで繊細そうな素材で出来ており、指や手首の関節の継ぎ目は無かった。
傍らにはその”右手”の持ち主か、あるいは作者といった風の男性が、背広を着て誇らしげに群衆を見渡し立っている。
『えー皆様!この”右手”は、制作に大変な苦労を要しまして…』
周囲の歓声を割って、背広の男性は高らかに声を張り上げた。
群衆は、その苦労話を聞く前から、「それもそうだ」「これ程のものだからなぁ」等と、制作時の苦労への同情や理解の呟きが漏れていた。
周囲の呟きを引受け、背広の男は話を続けた。
『そうですとも、そうですとも!この”右手”をより美しく、正確に作り上げる為に、まず幾つものサンプルが必要でした…』
そう言いながら背広の男は白い手袋を着け、ガラスケースと男の間に置かれた木箱から、幾つかの”生身の右腕”を取り出した。
それらは、展示されている”右手”に比べ、酷くぞんざいな扱いをされている様で、腐っているもの、骨が突き出ているもの、断面がずたずたのものと、目を覆いたくなる様な無残な物ばかりだった。
一通り”サンプル”を見せ終えた男は、これらを適当に木箱に放り込みながら、話を続けた。
『これらを集めるのが如何に大変だったか!賢明な紳士淑女の皆様でしたらご想像がつきましょう…何せ、まず綺麗に切れないのです…!』
それを聞き、周囲は皆なる程そうだと納得したかの様に頷いてみたり、思い思いにため息をついたりしている。
『それに、切ってみたは良いが、素材の形が良くないのです!これこそ、私がこの”右手”を皆様にお披露目するのまでに時間がかかってしまった最大の理由1つでもあるのです!』
その言葉の終と共に、人々からは「あんたは今世紀最高の右手職人だ!」「”職人”として、相応しい拘りだ!」という、男への賛辞と拍手が止めどなく溢れ出た。
『あぁ…ありがとうございます、ありがとうございます!』
男は目に涙を滲ませながら、群衆に頭を下げた。
それを見、拍手と歓声はより一層、勢いを増していった。
それを遠くに見ながら、私は思う。
あの、背広の男が最後に木箱に放り投げた、あの、ぼろぼろの右手。
返してくれないかなぁ。
ガラスケースの中の”右手”を眺め、私はため息を付いた。




