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鮫
「気分はどうだい」男は訊ねた。
最高です、と私は言った。
月明かりの下。
海に浮かぶ私と、小さな船上に立つ男。
月や星のような、余りにも心許ない明かりの下では、男の表情は、分からない。
ふと、何かが私の右横を掠めて行った。
体が、軽くなった。
「気分はどうだい」再び男は訊ねた。
私も再び、最高です、と言った。
足元を、また何かが掠めて行った。
一層、体が軽くなった。
何と、心地よいのだろう。
私は多分、笑っていたのだろう。
私と男を乗せた船の周りを、潮とは別の、波を作る何かが。
ぐるぐる
ぐるぐる
周る、周る。
早く、来ないものか。
私は焦れた。
「気分はどう…」男は三度、訊ねようとした。
私の視界を、牙をつけた、大きな暗闇が覆った。




