【00】プロローグ〜ある日僕達は、突然の死を迎えた。
──王女レイナは、自らの相棒にして聖剣レインツェルに語りかける様に祈る。
「聖剣レインツェル。私がここまで来れたのは、アナタのおかげよ。最後の戦いも、共に勝利へと歩みましょう」
そう自らの相棒に語りかけ終わると、ここまで苦楽を共にした頼もしい仲間達へと振り返る。
「皆、これが憤怒の邪神レヴィアタンと魔王レグヴォーグとの最後の決戦よ。この決戦に勝利し、世界に平和をもたらしましょう」
レイナの掛けた言葉に仲間達は皆、力強く頷く。
それを見たレイナは聖剣レインツェルを掲げ、力強く宣言する。
「エルターナガイアに平和を!」
「「「エルターナガイアに平和を!!」」」
レイナの宣言に続き、仲間達も力強く宣言を行うと…魔王レグヴォーグの居城オンドラグ城へと歩み始めた。
◇
東京都にある大きな病院の─個室の病室のベッド上で、『姫勇者レイナの冒険記』という…よくある異世界転生ネタのファンタジー小説を閉じると、先程読んでいた小説をベッドサイドのテーブルへと置いて、僕はハァ…と軽くため息を洩らした。
「いいなぁ、玲奈さんは…」
先程の僕の呟きに出てきた玲奈さんとは…『姫勇者レイナの冒険記』の作者である九条玲奈さんの事を指している。
僕が何故、その様に呟くのかと言うと…彼女は、かつて僕と同じ病気で苦しんだ事のある元患者であったからなんだ。
◇
青年の抱える病気─『未成年突然死病』は、現在も有効な治療薬や治療法が見つからない難病で…20歳の誕生日を迎える前に、脳か心臓のどちらかが機能を完全に停止してしまう病気であり、それまでに様々な発作症状が現れる。
青年の場合は、将来的に脳が機能停止する事は確実で…発作症状として頭痛や吐き気、目眩、呼吸困難等が起こっている。
だが玲奈は、海で溺れて死にかけた日を境に…『未成年突然死病』の一切の発作症状がパタリと起こらなくなった。
それだけでなく、彼女の現在の年齢は30代前半…それを鑑みれば、彼女は奇跡的に『未成年突然死病』を克服している。
しかし…『未成年突然死病』で現段階での唯一の生存例は彼女のみであり、それ以降に彼女の様に事故や事件で死にかけたからといって彼女の様に『未成年突然死病』を克服出来たのかと言えば…上記に“唯一の生存例”とある様に、『生死の境をさ迷う=未成年突然死病の克服』とはならず…世の中上手くいかないものである。
◇
僕は、マイノートパソコンが乗ったベッドテーブルを引き寄せるとマイク付きのインカムを頭に装着し、カメラが設置されたノートパソコンの画面へと目を向けた。
『あっ、遠夜。丁度良かった。そろそろ授業が始まるところだったぜ』
「知らせてくれてありがとう、賢太。
そろそろだと思って、読書に丁度キリをつけたところだったんだ」
画面に映し出された映像には…僕─遠夜の親友の一人であり、小学校から現在の高校まで同級生でもある賢太の顔が映っていた。
最近の僕は、発作症状が起こると二、三日は病院に入院する事が多い為、パソコンのインターネット通信を利用して高校の授業をリアルタイムで受けている状況なんだ。
──もっとも、それは僕の父さんである藤浪将人がIT関連の…特にインターネット通信関連の事業に携わる企業の幹部なので、学校側に最新式で最高レベルのシステムセキュリティが組み込まれたノートパソコンを寄付という名目で設置してくれていて、僕のマイノートパソコン─こっちも同じ位のセキュリティを搭載している─とインターネット通信を接続させて病室に居ながらリアルタイムで授業が受けられる様になっている。
当初、父さんは仮想現実を活用して授業を受けないかと薦めてきた。
けど、僕は寝たきりな訳じゃない。自分の身体を動かせるのなら自分の身体を動かしてノートを取ったり、教科書を読んだり…普通の同級生と同じ様にやりたいと我が儘を言って、父さんには諦めてもらった。
実際、この方法を選んで良かったと僕は思っている。
だって、実際に自分の手でノートを書いたり、教科書を持ったりすると自分も授業に参加している気分を味わえた。
最近のIT関連─特にオンライン関係─は凄く発展していて、VRMMO関連のゲームの種類もかなり豊富で、実は…僕も、VRMMORPGを賢太達、仲の良い親友達と一緒にプレイしている位だからね。
◇
午前中の授業が終わり…昼休みの時間に入ると、賢太や士郎の男友達と明日香、琴音、陽菜の女友達と(僕のマイパソコンと通信中のパソコンの前に)集まって、明後日から始まる夏休みの予定を話し合う事になった。
『折角の夏休み、遠夜にとっても良い思い出になる様な夏休みにしたいと俺は思っているんだが…』
賢太のその一言を合図に、皆一斉に話し出した。
『賛成!遠夜の思い出作りは大事よね!』
『そうね。私も、仲の良い友達と一緒に夏休みの思い出作りは楽しいと思う』
『ワタシも反対しません。凄く楽しそうですし』
『ボクも反対は無いかな?遠夜、夏休みに友達と一緒に何かやりたい事ってない?』
士郎に何かしたい事はないかと聞かれて、僕はしばらく考え込む。
──実を言うと…家族全員で行く様なレジャー施設の大半は、父さんと母さんがまとまった休みを一緒に取って連れていってくれているので…あまり行きたいとは思わない。
逆に、小学校四年生頃に病気を発症して以降…修学旅行や夏期キャンプ、スキー教室等といった複数の同級生達と共に過ごす学校行事は、皆に迷惑をかけると思って諦めてきた経緯があって…友達と共に泊まり掛けで出掛けたりする事に結構憧れていたりする。
それに…当時の発作症状を抑える薬はたった一日しか持たない上に、重い副作用があって…とてもじゃないが実用性は無かった。
今現在では、あまり副作用も無く、三日間位なら発作症状を完全に抑えてくれる薬が実用されているから…三日程度の旅行位は可能だ。
「うーん…。僕、夏のキャンプをやってみたいかな?今まで『病気だから』って諦めてきたから…友達と楽しく過ごすキャンプとかに憧れていたし…」
僕の意見を聞いた賢太は、士郎や明日香達に他に意見が無いかを尋ねている。
士郎達は、まずは僕の希望を叶える事を優先してくれて…夏休みの最初は、僕の家に集まって(※発作が起きた場合は病院で)皆で夏休みの宿題を完全に終わらせ、それからキャンプ、海水浴、レジャー施設等に行こう…という意見で纏まった。
僕は、皆と一緒にキャンプ等に出掛けられる事と沢山の思い出が作れる事に胸を踊らせながら、午後からの授業の準備をしていた。
◇
──僕は、この時知らなかった。
後に、僕と賢太達に数奇な運命が待ち受けているなんて……
◇
──その日の授業は終わり…放課後は、賢太達とVRMMORPGの『ハイランド・クロニクル』でパーティークエストに挑戦したり、回復薬系素材の採取を行ったりしていた。
現実と違い、僕は攻撃手としてフィールドを縦横無尽に動き回っている。
現実では病気の為にあまり自由に動き回れない分、こっち(VR)ではその鬱憤を晴らす様に変則的な動きでモンスターを攻撃してパーティーの物理攻撃役をこなしている。
──ちなみに、このMMORPG『ハイランド・クロニクル』でのパーティー制限人数は最大六人。レイドを組む場合は二十四人、レギオンは九十六人という風に決まっている。
実を言うと、僕以外はレイドに一度も挑戦した事が無い。
僕達は、基本的に親しい友人達だけで行動する事が多い為、決まったメンバー以外とパーティーを組む事があまり無い。
その代わり、パーティーメンバー間の連携はお互いの戦い方や癖、性格等をしっかりと把握しているから、お互いに声を掛け合わなくてもカバーやフォローを充分に行える位に親密だ。
──そのパーティーメンバーは、盾役の賢太。
物理攻撃手の僕と琴音。
魔法攻撃手の士郎。
支援及び遠距離物理攻撃手の明日香。
回復役の陽菜。
この六人で、イベントやクエストに挑戦しながらのんびりとしたプレイを行っている。
プレイ自体は何処のギルドにも所属せず、無所属のままで仲良しの仲間と和気藹々といった感じで…僕も、皆も、それを不満に思った事は一度も無い。
だって、そのプレイスタイルでも僕達は充分に楽しいと思うからね。
──そうして…本日の『ハイランド・クロニクル』の採取成果は、中級HP回復薬を十五本分と下級MP回復薬五本分、下級蘇生薬三本分、下級攻撃力上昇薬と下級防御力上昇薬を各々一本分というものだった。
◇
夏休みに入る前日の終業式は、なんとか同級生達と一緒に学校で迎えられ…いよいよ明日から夏休みに入る。その為なのか…同級生の大半は、早速明日からの夏休みに何して遊ぶかとかの話題になっていた。
無論、僕達は昨日の段階で夏休みの計画は計画済みなので…どの宿題から終わらせようかという話になっていたけどね。
そうして終業式が終わり、僕は家に帰った後…夕食時に両親に明日から数日間は自宅で勉強会をする事、友達と一緒に二泊三日でキャンプに行く旨を伝えた。
父さんも、母さんも、僕の病気の事を気にせず付き合ってくれる親しい友達がいる事を喜んでくれていたので…自宅での勉強会も友達とのキャンプも、一切反対をせず、寧ろ大歓迎してくれた。
翌日の夏休み初日から一週間程は、完全に僕の家でのお泊まり勉強会になってしまった。
でも僕としては、賢太達と楽しく話をしながら食事やお菓子を食べたり、男同士で仲良くお風呂に入ったり、布団を並べて仲良く寝たりと…今までにない経験ができて凄く楽しかった。
──そして、運命の分岐点の日…二泊三日のキャンプへと出掛ける日を迎えた。
◇
僕達は、士郎の兄である秋月遥斗さんの運転するワゴン車に乗って目的地のキャンプ場を目指して高速を移動していた。
「……すみません、遥斗さん。今日から三日間、保護者兼運転手として付き合わせてしまって…」
僕の言葉に、遥斗さんは優しい笑顔で声を掛けてくる。
「そんな風に気にしなくていいよ、遠夜君。
君はまだ子供なんだし、士郎の仲良しの友達なんだ。それに…子供のちょっとした我が儘を聞いたり、付き合ってあげたりするのは大人として当然だよ?」
そんな遥斗さんの優しさと大人としての器の広さが、士郎の自然に他人を思いやれる優しい心根の持ち主に育てたんだろうな…と、僕は思わず考えずにはいられなかった。
「キャンプ場に着いたら何をする?」
「一日目の夕食は、やっぱカレーだろ!」
「串焼きのバーベキューも外せないんじゃない?」
「その前に、テントの組み立てをしないと駄目だよ?」
「あ、テント組み立ても楽しそう!」
後部座席の皆が、ワイワイガヤガヤと楽しそうにキャンプ場に着いてからの予定を話し合っている。
──今、僕達が向かっているキャンプ場は今時珍しいレトロなキャンプ場で…寝泊まりするロッジや備え付けられた簡易キッチン等の現代機器の類いは一切無い。
色々と苦労する分、充分な達成感を味わえる事に加え、協調性や連帯感を養えるとして、現在の野外授業の一環に取り入れられていて…僕は病気の為に一度諦めた事がある。
だから、今回は初体験なのも相まって…僕自身、キャンプ場に向かう道中なのに凄くワクワクしている。
そんな僕達の様子をバックミラー越しに見て、遥斗さんは思わず微笑ましそうに笑顔で運転している。
──そんなキャンプ場へ向かう道中の…車内の微笑ましくも楽しいやり取りは…一台の居眠り運転をしていた大型トラックが、僕達の乗るワゴン車の前方数mで急ブレーキと急ハンドルで横転した事で終わりを迎えた……
遥斗さんが慌てて急ブレーキを踏むが、最早間に合わず…僕達を乗せたワゴン車は、横転した大型トラックへと衝突しようとしていた。
「なっ!?くっ!間に合わない!!」
「う…そ…?」
「っ!そんな!?」
「嫌ぁぁあああ!!!」
「ヤダ…ヤダよ……!!」
(そんな!神様酷いよ!!
僕は多少死期が早まっても、きちんと死を受け入れられるけど……何も、僕の死ぬ運命に大切な友達である賢太達を巻き込まなくてもいいじゃないか!!!)
大型トラックへと衝突する寸前、賢太達の叫びや悲鳴が上がる車内で…僕は心の中で初めて、死ぬ運命を与えた神様を恨んだ。
──大型トラックへと衝突した為に発生した激しい衝撃と、身体中を襲った激しい痛みを感じながら……僕達はその日、楽しい思い出作りになる筈だった二泊三日のキャンプが一転し、唐突にこの世界での死を迎えた。