サキの記憶-4
「止めて! ねぇ、お願い」
「どうして」
男は言う。
「どうして、ってあんた馬鹿じゃないの」
「このまま墜落しちまったら、酷い目にあうよ」
「な、なにそれ。いいから止めて、お願い」
「嫌だね」
必死でサキはもがいたが、彼の両腕はサキを離すことなく車椅子を切り捨てた。
「いやあああああああああぁぁぁぁ」
身の毛もよだつ浮遊感に再び襲われ、声にならない声をどれくらい挙げ続けただろう。
轟音と共にサキは水辺に身体を打ち付けられた。遠のいていく意識に負けそうになりながら、身体はどんどん沈んでいった。水面の屈折する光が、遠のいていく。苦しくはないが、悲しい。
光が遠ざかるのが悲しかった。遠ざかる光を捉える視野に、自分の白い足が見えた。
(わたし、裸なのね)
裸で人生の終わりを知る事になるとは。数年前に他界した祖母の言葉を思い出した。
人間生まれるときと死ぬときは、一糸まとわぬ裸だよ。
(ほんとうなんだね、おばあちゃん)
途端に右肩に衝撃が戻った。
「おい」
身体が潜水艦のように、一気に水を掻き分け身体が浮上した。途端に身体の至る所に痛みが走る。
「あぶっ」
鼻と口から一気に空気が噴き出してサキは懸命に咽せた。
「死なれちゃ困るよ、あの乗り物と一緒に墜落して爆死するよりはよかったと思え。浮遊機能はあっても無事着地する保証はない」
感情のない声の主を見やると、夕日が沈み藍色掛かった空を背景に、彼の白い歯だけが浮いて見えた。
「や、離して」
右手に人の温もりを感じた瞬間、サキの身体に感触が戻った。冷たい水と、少しばかりの風が吹いている事も。
そして自分は全裸だ。
「いやいやいやぁ」
必死にサキはもがいた。自分は全裸なのだ。
(おばあちゃん、裸で死ぬのは私やっぱり嫌ぁ!)
とにかく必死に水をかき分けて全力を振り絞って逃げた。
得体の知れない男から、裸でいる自分から、この理解できない現状から。必死でサキは逃げた。
逃げながらどうにかしていると、何度も自分に言い聞かせた。