サキの記憶−1
〔 サキの記憶 〕
コウコウと奇妙な音を立てる竜巻を夢のように思い出した。
気がつくとサキは全裸でベッドに横たわっていた。シーツも何もない硬い石のようなベッドだ。天井も壁もない真っ白な空間に、ふと周りを見渡せば、サキの制服が横に置かれていた。
誰の気配もしない。
誰もいない。
異様な空間に、一人ぽつんと浮いているかのような錯覚に囚われた。
心の中に怠さがあった。どこかに感情を置き去りにしてきたような、小気味悪い虚空感だ。
−−−−。
どれくらい物音を聞いていなかったのだろう。そう思うほど、聞いた事のない電子音さえ懐かしく思えた。純白の空間に長方形の穴が開き、そこから赤毛の女性が静かに歩いてきた。
映画に出て来るような女優のように長身で綺麗な足をしている。実際に音はしなかったのだろうが、ハイヒールのコツコツという音さえ脳裏に聞こえて来るようだった。
サキはその美しい足が、自分に向かって真っすぐ進んでくるのをただ横目で見ていた。
「気分はいかが」
彼女はそう言うと、当たり前のようにサキに近づいて、サキの身体を起こした。途端、金縛りが解けたように身体から怠さが抜ける。
「あの、わたし」
「これから検査を行うわ」
赤毛の女性がゆっくり静かに言う。彼女の赤味を帯びた瞳がゆらりと揺らいだ気がして、サキは思わず魅入ってしまった。魅入った瞬間、えも言われぬ不思議な感情が湧く。
(この人の言う事を聞かなくちゃ)
付いてらっしゃいと言われるままサキは、ベッドから降りて素直に彼女の後を追った。何故自分が言わた通りに見知らぬ女性の後をついていくのか。脳裏の片隅で疑問に思う自分にも、何か得体の知れないもう一人の自分が蓋をしようとする。とにかく彼女の後を追わないといけない、生物の根本的な原動力がサキの身体を動かした。長い長い空間を歩き、また小さな空気の扉の前に立った。
音もなく扉が開くと、無造作に置かれたベッドがカーテンのような薄い半透明の幕に四方を囲まれてあるだけだ。どこか学校の保健室を思わす光景が、ふっとサキの心に蘇って懐かしさを運んだ。
「さあ、横になって」
彼女の言葉には従わなければいけないという使命感がサキの中で湧き上がった。言われるままにベッドに横たわる。カーテンらしきものが引かれ、女性は「大丈夫よ」とサキの目の前に手をかざした。
次第に意識が遠のいてくのが分かる。
今までに経験した事のないような脱力感。
女性がサキの頬を数回叩いた。
(痛いって)
動くのをやめた身体。痺れる意識と反して危機感が異様にこみ上げてきた。
そんな中、サキは引かれたカーテンを開けて誰か男が入ってきたのを消え行く意識の中で見た。彼は女性と会話をし、サキに小型カメラのようなものを向けている。
(これって……ヤバイ撮影? わたしやばい連中に連れ去られちゃったの……)
不安で張り詰める思考とは裏腹に、柔らかい波動で消え行く意識。
(やっぱわたしって、かわいい……し……)
思考に妥協した瞬間、サキの意識は全くなくなった。