それぞれの午後−2
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まばゆい光が瞬時、青い晴天を光で覆った。
それも一瞬の事で、この地域ではよくある自然現象のひとかけらである。青く澄み切った空を見上げて、青年はその大柄な身体から吹き出る汗を拭った。
作物の種の収穫が終わり、市場に上げる種の検量をしていたところだった。
一年中緑豊かな大地も休作期に入る。畑を大地に還すために休養させるのだ。そうすると雑草は虫達と畑を耕し、養分をまた土に返してくれる。それがこの大地で脈々と古から伝えられてきた習わしだ。
緑はまだ深い。収穫の終わった畑の土色の表面が、燦々と陽の光を心地よさそうに浴びていた。雑草が覆い尽くすまでその数ヶ月。村の青年、バングはそれを種の売買と旅に当てようと考えていた。
集落の外れに位置する農作業小屋を増築した建物が彼の家で、ひとつふたつと大きな袋を家の入り口に積み上げてバングは一息ついた。
「あんた、今年も中央都市に行くのかい」
初老の婦人が窓越しに顔を出した。
バングの家は村の外れといっても、農地に向かう通りがあるせいか村人の大半がここを通る。老婦人もまたその一人で、独り者のバングをよく気に入っていた。
「ええそうですよ」
「あんたんとこの種は一等級だけど、あんたはちっとも売れないねぇ」
荷造りしていたバングの様子を見つけ、挨拶代わりに顔を見せたのだ。
「ちょうどいいところに来て貰いました。これをどうぞ」
少しばかりですが、とバングは老婦人に袋を渡す。獲れたての種が入った袋だった。老婦人はそれをありがたそうに頂くと、にっこり笑う。
「あんたももう少し器量がいいとよかったのにねぇ、中身はこの種に劣らないいい素材なのにさ。気だてが良くて、心が穏やかで、何よりよく稼ぐ。失敗したのはそのデカイ身体だけだね」
指を折々、高らかにそう笑うと、バングの家の前にある畑に群がった花摘みの若い女たちがこちらを向いてクスクスと笑っている。
もちろん、そんなやり取りも仲の良さの表れだということくらい、バングは承知だ。
手足の長い、細い線の男性を挙って女性陣は美男と呼んでいた。バングも背丈に合った手足の長さを備えていたが、農作業により鍛え上げられた全身の引き締まった筋肉やごつい指は女性陣には色気も皆無の値なのだろう。見向く人はいれども、惚れるまでの人はいないという具合いで此の方モテた事がない。
一際、体力仕事とは無縁な細い男ほど、金持ちだというそんな風説がどこかの街から流れてきたのだろう。村の女性達は自分たちの生活に不満などないのだが、そういう見知らぬ世界の話を話題に持ってきて楽しんでいる。
「気にすることはないぞ」
農具を肩にかけたまま、家に入ってきた老人がいた。老人は戸棚から酒を出しながらバングを宥めた。
「男は見かけじゃない、心だ」
酒瓶から栓を抜く音が響く。その様子を肩をすくめて婦人は見ていたが、やがて呆れたようにバングにウインクを投げて去っていった。
家の前の花畑で女達の戯れる声が聞こえる。
穏やかな午後の光がバングの部屋に入り込んできた。
「おじいさん、俺……」
バングは重々しく口を開いた。老人はそんなバングを全く気にする様子もなく、酒瓶を傾げて覗いている。
「悪いが、中央都市に行ったら酒を買ってきてくれ、ドルバーっちゅうのがええな、あれは味が違うんだ」
「……ああ、はい」
これからの事を老人に相談したかったのだが、やはり話が進まない。