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それぞれの午後 1

〔 それぞれの午後 〕


 青空の西側に雨の気配を乗せた重々しい雲が見え隠れする。

 秋にしては蒸し暑い午後だった。

 カフェを出た川崎かわさきサキは、怪訝な表情をした顔を惜しみなく街に向けた。

 温い風が頬を摩る。拉げてシワがよった制服の裾を気にしながら、目の前の大通りを見た。

 いつもと変わらない風景。忙しく自動車が行き交い、歩行者が汗を拭いながらせっせと歩いている。

 サキは不機嫌だった。

 新しいネイルカラーの話題で盛り上がっていたのはつい先週の事なのに、何かの洗脳でも受けたかのように、友人達の会話がガラリと進学の話題に切り替わっていたのだ。

 どこの大学に行きたいとか、行かなければいけないとか。

 サキにとってその突然の話題変更は一際うんざりするものだった。

 自分の考えが甘いのは分かっていた。のん気すぎるのも分かっていた。今から勉強なり気合なりを入れていかないと、この先クラスメイトに肩を並べて無事卒業できるかもあやふやなのだ。

 数年後の将来、勝ち組だとかいう大きな顔をしたい者達は、すでに勉学に気概な姿勢だった。

 サキは彼らと比べると、その気概も意欲も姿勢も全て、随分遅れをとっていたのだったが。

 それでも、どうにもその雰囲気がサキは好きでなかった。

 遠い数年後の事を、いずれやってくる運命を、どうも明日の事のように騒ぎ立てるこの緊迫感が嫌だった。

 だからといって、誰かがどうにかしてくれるなどとは到底サキは思っていない。留年したいとも思っていない。この例え様のないもやもやは、世間に対する反発のようなものなのかもしれないと、サキ自身もこの嫌悪感にむやみな納得を添えていた。

 自分で判っているからこそ、尚更に腹が立つのだ。

 正しい時期に正しい選択をしている友人たち、正しい選択を促す大人たち、そしてそれに従えないサキ自身。

 苛立たしげに、一息ついて歩道を歩く。

 誰かと肩がぶつかった。ムッと腸が苛立つ感覚に目を瞑りながら、汗ばんだ顔に張り付いた髪を指で摘んで寄せた。

 苛立ちながらどこかいつも虚空な気持ちが自分の中の奥底にある。

 そういう得体の知れない不愉快をかみつぶすかのようにひたすらに歩きながら、何度か汗で張り付いた前髪を直す。その度に温い風が髪を揺すった。

 まるでこの街の空気そのもののような、澱んで粘っこい風だった。

 公園の側まで来て、サキは足を止めて自分のバックを外からまさぐった。携帯の振動があったからだ。

 ランドルを背負った帰宅途中の子供たちが、奇声を上げて走り抜ける公園が目に入った。その公園のどこかに日陰になりそうなベンチはないかとサキは目線を這わせる。

 痛い程の紫外線に、蝉時雨。暦は立秋に入ったというのに、依然として真夏の色が濃い風景。木々の木漏れ日が濃く深く、乾いた地面に形を揺らめかしていた。

 そこでサキは異様なものを見た。

 風が小さく渦巻いている。まるで小さな竜巻のように、それはコウコウと小さな音を立てて、街路樹の陰にあった。

「何これ?」

 躊躇いなく近づくサキの耳に子供たちの無邪気な笑い声が残った。

 途端、風の呻る音が鼓膜の奥で高鳴り、サキは一瞬にしてその竜巻にカプリと飲み込まれたのだ。

 

 コウコウコウ


 不思議な音が木霊するように、サキの薄れゆく意識にただ響いていた。




 

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