オモイデスパイラル
「アルビノ島?」
「そう、ハールーン国が唯一占領できなかった呪われた島」
呪われた島
私はその言葉に少し聞き覚えがありました
「暗黒大陸、みたいな?」
そう、暗黒大陸
これはクリアランスの一番南側に位置する大陸で、魔法使いが決して入ることはできない大陸です
何故、入れないのかを説明するには少し時間がかかるので詳しいところは省略しますが、聖クレリエント帝国が占領しようとして疫病を蔓延させた結果、そこに住む聖女の怒りを買ったことによるものなのです
それは悲惨な帝国主義戦争の末路
私はそんな悲惨な結末を二度と起こさないように繰り返し繰り返し教えられてきました
「それとはちょっと違うかな」
「え、そうなの?」
「あぁ、あの島が呪われている原因はたった一つ。一人の少年の願いだ」
そう言うと、キリは静かに語り始めました
◇ ◇ ◇
それは少し昔にあったとある少年少女の悲しいお話
少年は父と母と一緒に畑で作物を育てながら、穏やかに暮らしていた
少女はそんな少年を小さい頃から知っていた
家が近い上に親同士の仲がよかったからである
そんなある日、少年の父と母は作物を売るために街に出かけていった
少年のためにクリスマスプレゼントを買うためだった
そんな彼らを少年は少女と一緒に待っていた
しかし、彼らが少年のもとに戻ってくることはなかった
家から街までの道には化け物がよくでる場所がある
そこはいつも騎士団の人が警護し、ほとんど安全に近い場所のはずだった
しかし、その日はクリスマスイブ
騎士団の人も自分の娘のためにクリスマスプレゼントを買いに行ってしまったのだ
そんな不幸が重なり、少年の父と母は化け物に襲われてしまった
少年はそんなことは少しも知らずに楽しげに彼らを待っていた
雪がしんしんと降っていた
その日はホワイトクリスマスだった
親を失った少年は、まるで抜け殻のようになっていた
動くことも、ましてや話すこともしない
ただただぼんやりと何かを見つめ、夜になったら寝るだけの生活
少女はそんな少年を甲斐甲斐しくお世話した
「おはよう!今日は元気?」
「………」
「こんにちは!お昼一緒に食べよ!」
「………」
「おやすみ!いい夢を見れますように」
「………」
一ヶ月たっても
「おはよう!今日も元気にいこう!」
「………」
「こんにちは!お昼持ってきたよ〜」
「………」
「おやすみ!ぐっすり寝れますように」
「………」
一年たっても
「おはよう!私は元気だよ!」
「………」
「お昼だよ!一緒に食べよ!」
「………」
「おやすみ!明日は一緒に話そうね」
「………」
しかし、少女は気づいていた
このままでは、いつか少年が死んでしまうということに
少女はある決意をする
少年を救う決意を
少年はあの瞬間から自分の中の何かが止まっていることに気がついた
動くことも話すことも食べることも考えることも、何もかもが面倒くさかった
生きることや死ぬことでさえ
少年はいつも同じ夢をみた
それはあの幸せな日々の夢
もう戻ることのない日常の夢だった
少年はずっと夢の中にいたいと思った
しかし、それはできなかった
早寝早起きは母とした大切な大切な約束だったから
それはある日の晩のこと
少年はいつもと同じように眠りに落ちようとしていた
幸せな夢の中に戻ろうとしていた
しだいに意識がまどろみ、落ちようとしたその時だった
突然、意識が真っ黒い何かに侵食され、少年の夢を黒で染め上げた
それはあまりにも刹那な出来事で、少年にはなす術もなかった
-さよなら キイ-
最後に聞こえたのは、あの少女の声だった
少年が次に目を覚ましたのは、とある門の前だった
「ここは何処だ?」
少年は驚いて、思わず声を出してしまった
そして、周りを見ようとして気づく
そんなことはどうでもいい
どうでもいいのだ
何処にいようと関係ない
少年はしだいに思考を止め、深いまどろみに落ちようとした
深く深く
もう二度と目覚めぬように
が、それはある一匹のカラスによって塞がれてしまう
カラスはまどろんでいた少年を躊躇なくつついた
それはそれは強く
少年はけだるげに顔を上げ、カラスの姿を確認すると、再びまどろみ始めた
しかし、そんな少年をカラスは許さなかった
カラスは少年をもっと強くつついた
強く強く強く……
「あぁ、もう!わかったよ!起きるよ!起きるから!」
少年は自分を殺そうとしてるんじゃないかと思うほど、強くつつくカラスに負けて、まどろむことをやめた
しかし、それでもカラスはつつくことをやめなかった
「もう!なんだよ!何がして欲しいんだよ!」
そう言うと、カラスはやっと少年をつつくことをやめ、門の前にすいーっと飛んでいくと、そこで旋回し始めた
「門を開けろって言うことか?やだ!めんど……」
すると、カラスはもう一回少年のところに戻ってつつこうと……
「わかった、わかったから!開けるよ!開ければいいんだろ!カラス!」
そうして、少年はカラスのいる門の前に立った
カラスは当然のように少年の肩にとまった
少年はそんなカラスを一瞥すると、その白い毛を優しく撫でた
少年は軽く門に触れる
すると、門はひとりでに開いた
まるで、少年を待ちかねていたように
「なんだよ、これ……」
少年の前に広がっていたのは大きな螺旋階段だった
少年は螺旋階段の前で座っていた
カラスはそんな少年を呆れたように見つめている
少年が入った途端に門は忽然と消えてしまった
門の中を見たら、すぐ外に出ようと思っていた少年は逃げ道を失ってしまった
階段を登る気にもなれず、少年は階段にもたれて再びまどろみ始めた
カラスは少年をじっと見つめ、一つため息をつくと、また同じように少年をつつき始めた
しかし、少年も覚める気は無いようで微動だにしなかった
少年はそのまま夢の中に潜っていった
◇ ◇ ◇
気がつくと、そこはいつもの夢の中ではなかった
母も父もおらず、あの懐かしい我が家でもない
これは何だと思った時、背中に弱い衝撃がくるのに気づいた
驚いて、後ろを振り返るとそこには幼い少女がいた
これはいつの記憶だったろうか
見覚えのあるその光景に、少年は首を傾げる
「バカ、キイ!!なんで私のためなんかに……あんな危ない……こと……」
少年は記憶のとうりに少女を抱きしめた
思った以上に細い少女に少し驚きながら、少年は優しく背中をさすった
「サラが危ない時に何もしないなんてありえない!俺はお前のためなら何でもする!」
少年がその言葉を言った瞬間、腕の中の少女の様子が一変した
ケタケタケタと笑い始めると少女は腕の中から飛び出し、少年を指差した
「本当に?私のためなら何だってしてくれるの?」
「………」
「また、だんまり?まぁ、いいや。キイにひとつお願い!早く螺旋階段を登りきって、私に会いにきて?私はずっと待ってるから」
「サラ……」
少女は少年を見て、悲しそうに笑った
そして、世界は光につつまれていった
◇ ◇ ◇
「サラ……」
少年は自分の目から涙が溢れていることに気づいた
カラスはそっと少年の涙を舐め続けた
涙はいつまでもいつまでも止まることがなかった
少年は涙をさっと拭うと、立ち上がり階段を登り始めた
そんな少年の後をカラスは静かについていった
登っても登っても頂上につかない螺旋階段
少年は早くも飽きそうになっていた
しかし、どんなにどんなに登っても少年の体が疲れることはなかった
そのことに少し疑問を覚えながらも、少年は一歩一歩着実に階段を登っていった
カラスは少年の少し先を飛んでいた
少年が少し休もうかなと思った時、カラスが突然謎の窓の前で旋回し始めた
カラスを無視して先に進もうとする少年をカラスはじっと見つめ
「わかった、わかった!何だよ、カラス!その窓がどうしたんだよ」
よく窓を見てみると、それは少し可笑しかった
窓の外が渦巻いてるのだ、グルグルと
少年は不思議な窓に引き寄せられるように近づいていった
そして、触れるか触れないかの距離のところで突然窓が開いた
そして、少年は渦の中にのまれていった
◇ ◇ ◇
「ねぇ、お母さん!今日は誕生日!僕の誕生日だよ!」
「そうね、キイ。いーっぱいお祝いしましょうね」
「うん!!」
気がつくと、少年は古い古い記憶の中にいた
少年はただただジッと幼い少年の笑顔を見つめていた
「今日はお母さんお手製のご馳走だぞ、キイ!」
「ご馳走!ご馳走!楽しみ!」
幼い少年と父は仲良く手を繋いで家の中に入っていく
そんな二人から目を背けることなんてできなかった
少年は幼い少年の後について、家に入っていった
その途端、場面は一瞬で変わり外はいつの間にか暗くなっていた
「キイ、お父さんからの大切な大切な約束だ」
「なーに、お父さん?」
「自分のやりたいことをやれ!男同士の約束だ!」
「うん!!」
幼い少年は笑顔で大きくうなづいた
それを見た父もニッコリと笑っていた
少年の頬には涙が流れていた
そして、再び渦にのまれていった
◇ ◇ ◇
階段に戻ってきた少年の頬にはまだ涙がつたっていた
カラスはそんな少年をせかすように、優しく耳を噛んでいた
少年は涙を拭うと、前を向いてまた階段を登り始めた
さっきより、足が重くなった気がした
少年は階段を登りながら、さっきの記憶について思い出していた
あれは、10歳の頃の誕生日の記憶
いつも誕生日の日に限って親に予定が入って、少女と二人で過ごしていたのだ
しかし、その年は違った
親に予定は入っておらず、家族全員で少年の誕生日を祝うことができたのだ
その日、少年は非常に浮かれていた
母も父も気合を入れて、ご馳走を作ったり、大きな鹿を狩ってきたり……
それはそれは楽しい日になった
そんな楽しい時間も終わり、さぁ寝ようと少年が自分の部屋に戻ろうとした時だった
父が二人で話をしようと言ったのは
最近何をしているのか、何を覚えたのか、から始まった話は次第に真剣みを増していった
そして、父は言ったのだ
「自分のやりたいことをやれ!」
少年はこの父の言葉をすっかり忘れていた
父はことあるごとにこんな感じのことを言っていた
自分のやりたいことをしろ、自分の好きなことを大切にしろ
少年は思う
自分のやりたいこととは何か、と
自分の中は自分が思っている以上に空っぽだった
何もなかった
少年は階段を登り続けた
今、少年ができることはこれしかなかった
ふと、隣を見るとそこにカラスはいなかった
下を見てみると、また謎の窓の前でカラスが旋回していた
少年はそこまで戻り、窓の前で止まった
そして、少年は渦の中にのまれていった
◇ ◇ ◇
そこは家の近くの森の中だった
楽しそうに幼い少年と母が山菜を採っている
「ねぇ、お母さん!このキノコって食べれるのー?」
「それはダメよ。食べたら、一週間笑いが止まらなくなるからね」
「はーい」
一通り山菜を採り終わった後二人は井戸に向かい、仲良く山菜を洗っていた
幼い少年は定期的に周りを見渡して、誰かを探していた
「お母さん、今日もお父さんいないの?」
「そうね。お父さんは私たちのために一生懸命働いてるのよ」
「そうなんだ……」
「キイ、よく聞きなさい。どんなに遠く離れてても、互いに想い続けていれば距離なんて関係ないのよ」
「うーん、難しくてわかんない!」
幼い少年はそう言うと、洗っていた山菜を放り出し森へ駆け出した
「キイー、早く帰ってくるのよー」
「はーい」
幼い少年はそういって母に大きく手を振っていた
◇ ◇ ◇
少し呆然としている少年にカラスはそっと体を押しつけた
少年はそんなカラスをそっと抱きかかえると子供のように泣いた
それは親を亡くしてから、初めて流す涙だった
少年は再び階段を登り始める
一歩一歩を噛み締めながら
母はいつも少年を育てながら、作物を育て、時々山菜を採りながら過ごしていた
とても穏やかで、だけど怒るととても怖い人だった
母はとても父を愛していた
父は街に出稼ぎをするためいつも家を空けていたのにも関わらず、母はいつも父の話ばかりしていた
初めて会った時はこんな感じだったのよとか、こういうと恥ずかしがるのよとか
いつも幸せそうに父のことを話す母が少年は一番好きだった
「どんなに遠く離れてても、互いに想い続けていれば距離なんて関係ないのよ」
そんな母がこんな言葉を残していたなんて
少年はとても驚いた
いつ帰ってくるかわからない、生きて戻ってくるかわからない父を待っていた母の言葉には何だか重みがあった
それは天国との距離でも……?
少年は息を切らしていた
最初はあんなに軽かった足も今ではとても重く感じていた
俯いていた顔を前にあげると、そこにはまた不思議な窓があった
カラスはそっと少年の肩に乗った
そして、今度はカラスも連れて渦の中に入っていった
◇ ◇ ◇
「キイ!キイ!おーきーてー!」
「どうしたの、サラ?僕まだ寝たいー」
「ダメなの!私と遊ぶの!」
幼い少年は嫌々ベットの上からおりると、ゆっくりと服を着ていた
その間も少女は幼い少年を急かしていた
「今日は何で遊ぶの?」
「今日はねー、おままごと!おままごとするの!」
「えー、僕おままごと嫌いー」
「何?私と遊びたくないの?」
「あー、遊びたい、遊びたいよ、サラ!」
少女は幼い少年の手を取り、森の中へ駆け出していった
カラスがその頭上を通りぬけていった
「ねぇ、キイ、これなんだと思う?この小さな祠」
「サラ、何いってるの?そこには何もないよ?」
「嘘よ!確かにここに……あれ?何もない」
少女は昔から変わったことを言っていた
少年はそういうところを含めて、少女が大好きだった
「ねぇ、キイ?この先何があってもずーっと仲良くしてくれる?」
「もちろんだよ!だって僕はサラの大大大大親友だからね!」
そうしてまた少年の視界は渦に飲み込まれていった
◇ ◇ ◇
少年は幼い頃は抱いてなかったある気持ちを抱えていることに気づいた
少女はいつだってそばにいてくれた
悲しいっていう気持ちも、嬉しいって言う気持ちも、どこにも発散できない怒りも、言葉にできない気持ちも、少女はいつも包み込んでくれた
カラスはいつの間にかいなくなっていた
少年は少女のことを想いながら、階段を登っていった
それは足も重いし、息がきれるし、すぐに足を止めたいほど辛いものだった
「早く螺旋階段を登りきって、私に会いにきて?私はずっと待ってるから」
その言葉がある限り、少年は歩みを止めることはできなかった
頂上はすぐそこに迫っていた
少年の目の前には大きな大きな門があった
それは少年をこの螺旋階段へと誘ったあの門だった
そして、少年はその門にそっと触れた
眩い光にのまれ、少年は思わず目を閉じた
もう一度目を開けた時には、そこは螺旋階段ではなく見覚えのある部屋だった
少年はベットから飛び起き、隣でいるであろう少女に声をかけようしたが、そこに少女はいなかった
少年は不思議に思いながら、キッチンや少女の部屋、山菜がよく採れる場所、少女がいそうな場所を探したがどこにもいなかった
「サラは何処にいますか?」
「サラ?聞いたことのない名前ね。何?ガールフレンド?」
少年は愕然とした
まるで、少女の存在がこの世から消えてしまったかのような感覚
少年は急いで自分の部屋に戻った
そこに少女はいなかった
少年は号哭した
少女にどうしても伝えなければいけなかったのに
これを伝えるために戻ってきたのに
まるで慰めるかのようにカラスが頭の上を通り過ぎていった気がした
それにつられるように視線をあげると、そこには一枚の白い羽が舞っていた
少年はその羽を掴み取ると、ギュッと抱きしめた
◇ ◇ ◇
「そんなことが……」
「そう、それからというもの少年は少女の唯一との唯一の思い出であるあの島を大切に守っているらしい」
私たちが話している間に船は緩やかに減速し、やがて止まりました
少年が少女のために必死に守った島
私は、その島に一歩踏み出しました