涙の理由
目を開けて飛び込んできたのは、見覚えのある白い天井でした。
あれ、前にも同じこと思ったことがあるような気が………
さて、ここは天国でしょうか、地獄でしょうか?
いえ、どちらでもないですね。
ここは、学園の保健室のベットの上なのですから。
どうやら、私は死ぬことが出来なかったみたいです。
当然といえば当然なんですけど。
ここは地球ではなくクリアランスなのですから。
◇ ◇ ◇
約300年前、このクリアランスでは大きな戦争が起こりました。
その名も
「第一次魔法大戦」
この戦争は、今まで行われてきた戦争の歴史を変えた戦争でした。
何故なら、この戦争から魔法兵器が使われたからです。
魔法兵器とは、魔法の効果を増大して発射する装置です。
地球にあるもので例えるとするなら、機関銃みたいなものでしょうか。
その結果、戦死者が増加しました。
今までの戦争に比べて、大きく戦い方が変化したからです。
今までの戦争には、あまり魔法が登場しませんでした。
何故なら、魔法使いは誰も戦争に参加しようとしなかったからです。
戦い方は、剣を持った歩兵同士がぶつかりあってるだけという至ってシンプルなものでした。
剣というものは、脆いもので10回も切れば刃こぼれをおこしてしまいます。
なので、直ぐに手入れをしなければなりません。
故に戦争は、短期決戦を目標にされました。
しかし、魔法兵器が現れることでその常識は180度変わります。
何故なら、今までと違い、こまめに手入れをする必要がなくなったからです。
剣のかわりに魔法兵器が使われたからですね。
よって、戦争の長期化が進みました。
また、戦争の被害を受ける場所も拡大しました。
簡単にまとめると、この戦争で長篠の合戦のような変革が起きたと考えてください。
私達の国、聖クレリエント帝国ももちろん大きな被害をうけました。
聖都は焼かれ、皇太子はお亡くなりになり、何と言っても人口の約六分の一、5000万人もの人が負傷、もしくは死亡しました。
そんな戦争の末期、若い兵達は自分のこれからの人生に希望を見出すことができませんでした。
その結果、精神の病を患う者が急激に増大しました。
三人中一人の兵士が精神病にかかっていたのではないかと、最新の研究では言われています。
しかし、戦時中だった我が国にはその様な人達を保護する制度などあるわけもなく、また作る余裕もなかっため、そういう人達は日に日に増大、また衰弱していきました。
そんな人達が生きる為にすがりついた物、それは宗教でした。
その中でも最も人気だったのは、クレアも信仰している「ミケラン教」です。
この宗教は、魂の輪廻転生を説いていたため、絶大な人気を博していました。
神様がきっと私達を戦争のない世界へ平和な世界へ転生してくださる、だから今そのための試練を与えられいるんだと思ったからでしょう。
ミケラン教の中の一派、プロテン派はこう説きました。
「ミケラン様、ミケラン様、お許しください、お叶えください。
我々の魂にご慈悲を!!」
と唱えているだけで転生することができると。
プロテンを信仰する若い兵達は、一刻も早く転生をしたかったのでしょう。
次々と彼らは自分達の宿舎から「身投げ」をしていきました。
「ミケラン様、ミケラン様」と祈りを捧げながら。
そのことから、この事件は「プロテン派身投げ事件」と呼ばれています。
その事件による最終的な死亡者数は、なんと150万人にものぼったと言われています。
大事な戦力が減ることを恐れた王様は、聖クレリエント帝国の全ての建物に身投げ防止の魔法陣をつけることを強制しました。
その風習は今でも残っており、新しい建物を建てる際には必ず、魔法陣をつけることが強制されています。
◇ ◇ ◇
まぁ、つまり何が言いたいかというと、この国では「身投げ」をすることが出来ないということです。
私は無駄なことをしたということです。
さて、皆はこんな私のことをどう思うのでしょう?
失望、心配、諦め………?
死ぬ勇気なんて、もう尽きました。
なら、いっそ私は皆と関わらず生きていきましょう。
そうして、私はもう一回眠りにつきました。
私は、ガタガタと医務室の扉を開ける音で目を覚ましました。
どうやら、誰かが来たようです。
そして、その誰かは私に近づくと言いました。
「クレア、いいえ久美!!
貴女の事情は、全てリールから聞いたわ。
あんな酷いこと言って、本当にごめんなさい!!
私、貴女ともう一回関係を作り直したいの!!
もう一回、友達になりたいの!!」
私はとても嬉しかったのです。
こんな私とまだ友達になりたいと言ってくれるスフィアに。
でも、私はそれを了承するわけにはいきません。
もう、決めたから。
「ごめんなさい、スフィアさん。
私、これから一人で生きていくってもう決めてしまったの。
貴女のお願いにはお答え出来ないわ。」
私はなるべく平生を装って言ったつもりです。
私の言葉を聞いたスフィアは、泣きながら医務室を立ち去りました。
いつの間にかいたクリスは
「僕もスフィアと同じ気持ちだから、忘れないで。」
と言い残すとスフィアを追って医務室を立ち去りました。
入れ違いに今度は、リチャード皇子とリールが医務室に入ってきました。
リールは私と目を合わせた途端、土下座をして
「クレア、ごめん!!
俺、全然クレアの気持ちも久美の気持ちも考えてなかった!!
俺があんなことしなければ!!」
と私に謝ってきました。
多分、例の公開告白の件でしょう。
そんなリールに私は淡々と告げました。
「私は、リール様を責めるつもりはございません。
ただ、これからは距離をおきましょう。
私は一人で生きていくと決めました。
それでよろしいですね?」
リールは何かをグッと堪えると
「ごめん」
と一言だけ言って医務室を立ち去りました。
それまで、黙っていたリチャード皇子は私に言いました。
「クレアがどんな決断をしようと勝手だけど、その前にどれだけの人がクレアを思っているかもっと自覚した方がいいよ。」
そして、リチャード皇子は保健室をでました。
保健室には私一人になりました。
「自覚………?
思われる自覚?
そんなもの目に見えないじゃない。
どうやって信用しろと言うの。
私は、おかしい?
こんなことさえも信じられない私は、誰にも必要とされない?
もうわかんない。
もう考えたくない。
もういやだよ………」
「久美。」
誰もいなかったはずなのに………
私の目の前には、息を切らしたキリがいました。
キリは確かお屋敷に戻ったはずなのですが。
もしかして、走ってここまで来たとか?
いやいや、まさか!!
ていうか、なんか怒ってる気がするのは気のせいでしょうか?
「あのさ、久美。
あんたって本当にバカなの?」
真剣な表情をするので、何を言うのかと思ったのですが、出てきた言葉は私をからかうものでした。
「は!?
バカっていきなり何言うのよ!!」
「いや、だからさ。
久美がいなくなったからって、誰も喜ばないよ。
そんなこともわからないの、久美は。」
言葉が詰まりました。
本当にキリは私のことをよく見ているのです。
何で私が思っていたことがこんなにもわかるのでしょうか。
でも、そんなキリの言葉も私の心には響くことはないのです。
「そんなことないよ。そんなことない。
私がいなくなることで、ややこしい問題は解決するじゃない。
そして、みんな幸せになる。
何一つ私は、間違ったことを言ってない。」
私は、そう言い切りました。
自分の中の迷いを甘えを振り払うように。
「本当にバカだね、久美は。
こう言えば、わかりやすい?
俺、久美が、クレアがいなくなったら悲しいよ。
久美は、今クレアでもあるんだ。
一人で決めていい問題じゃないはずだ。
久美だけで決めていい問題じゃ。」
私は、その言葉に対して何も言い返せませんでした。
その言葉は、あまりにも正論だったからです。
そして、涙が次から次へと溢れて止まらないからです。
「この様子だと明日には、人格の統合が終わるはずだ。
今は、ゆっくりお眠り。」
そう言って、キリが私のおでこに触れました。
私は、そのまま眠りに落ちていきました。




