第二話 再会
「……」
3人での旅を始めて早々、僕達は大いなる危機に直面していた。
「あーもう、腹減ったー!」
「黙って歩け。叫ぶと余計腹減るぞ」
そう嗜めるスタークも、顔色は悪く、骸骨のようにげっそりしていた。
「そうは言ってもさ、じーさんのとこから旅立って丸二日、何も食べてないんだよ!? 死ぬって本当」
そう、危機とは、食料が無いことである。パウゼ君も言っていたが、この二日間で口に入れたものは殆ど水のみ。それでも何とか食料を見つけようと旅を続けていても、周りは木ばかりでとても食べられるものはありそうにない。
「もう駄目だ、おいパウゼ、あの術使え」
あの術?
僕は訳もわからず首をひねるが、パウゼ君にはしっかり伝わったようで、
疲れるだとか色々愚痴りながら杖を構えた。
「どのくらいかかる?」
「数分。ちょっと世間話でもしててよ」
パウゼ君を見つめても何やってるかわからなかったので、スタークに訊いてみた。
「パウゼ君、何やってるの?」
「近くに村があるかどうか調べてる。あいつは辺り一帯を見渡すことが出来るからな。それを使って調べてもらってる」
「お、あの人いい!もうちょっとで全裸…… 」
「何見てんだテメーは!」
「真面目にやって!」
スタークがパウゼ君を蹴り飛ばした。いつもならここで喧嘩を止めるのだが、今回ばかりはスタークに加勢した。変態は撲滅しなければ。
「終わったよーい」
「ご苦労」
数分後、パウゼ君は後頭部にたんこぶを作りながら捜索の終わりを告げた。どうやら真面目にやったようだ。
「大体ここから数里歩いた地点に村があるね。かなり大きそうだから、期待して良さそう」
村……とても懐かしい響きに思えた。たかだか二日程度でこれとは情けないが、それでも思わずにはいられない。
僕らの間で喜びが広がる。数里なんて、何も食べられなかった二日間を考えればそう長い距離だとは思えない。
「そういえばさ、アルトはお金持ってるのにどうして村で買ってこなかったの?」
「貧乏根性が働いちゃって……。村から出れば食べられそうな魔物とかいると思ったんだけど」
「魔物が皆食べられるわけじゃないからな。大体は毒を持ってたり腐ってたりして到底食料にはならないものばかりだ」
「甘く見てた……」
改めて自分の知識の無さを思い知らされた。皆がみな、ブラッドベアーのようなものではないという事くらい、少し考えればわかるはずなのに。
「もっと勉強しなきゃ」
「勉強より前に腹ごしらえだ。取り敢えず村までいければ何とかなるだろ。さ、走るぞ」
「えっ、走るの?」
「当たり前だよ。一刻も早く食事をしなきゃ、俺達は全滅だ」
「でも、あんまり走ると余計にお腹空くんじゃ……って、待って!」
止める間もなく、二人は行ってしまった。少しくらい話を聞いてください。
村に着いた。パウゼ君の言う通りかなり大きく、ぱっと見ただけでも、スターク達の村より遥かに大きいことがわかる。
「はあっ、はあっ、やっと、着いた……」
「おいおい、あのくらいの距離走ったくらいでへばるなよ。仮にも勇者サマだろうが」
「そ、そんな事、言ったって、」
そもそも数里なんてあのくらいの距離というレベルではないし、二人とも速すぎるし、全く息も切れてないし……。
「ん、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。はぁ……」
理不尽だ、とは当人たちにはとても言えず、たた溜息をつく他ないのだった。
『ようこそ! ここは冒険者による冒険者のための冒険者の村、モレンドです!』
と書かれた看板を通り、僕達は村に入った。
そこには僕が住んでいた街と同等、いやそれ以上の数の建物があった。とても村だとは思えない。
「でっかい村だねー。うちの村の倍はあるかな?」
辺りを見回しながら、パウゼ君が呟く。
「どう見たって5倍はあるだろ。……ったく、この広さじゃあ宿屋すらろくに探せそうにねぇ」
悪態をつくスタークだったが、彼のそんな心配はどうやら杞憂に終わったようで、すぐに宿屋は見つかった。
「案外楽に見つかったね」
「って言うか、宿屋すっごく多くない? ここらへん宿屋ばっかりなんだけど」
「あー、今わかった。ここの村、異常に民家が少ねぇ。だからだ」
「あぁ、なるほど。ここって冒険者の村って書いてあったもんね」
確かにこの村には民家というものがとても少なかった。少なくとも、今僕達が通ってきた道には見当たらない。
「ただ、そうすると妙だよね」
パウゼ君が声を潜めて話し出した。
「何が?」
つられて僕も声を小さくしてしまう。
「ここは冒険者の村。つまりは大体の人は通過点の村に過ぎない。だってのにこんなに大きいってことは、足止めを食らってる冒険者が多いってことだろ?」
「あ、ここは冒険者たちが作ってる村でもあるのか。ってことは、足止めを食らってたり、諦めたりしてる人が多いからこの村はこんなに大きいってことか」
「加えて、この地面を見てみろ」
宿屋の予約を終えたらしいスタークがいつの間にか会話に混ざっていた。地面を軽く足て叩いている。
「全くといっていいほど整備されていない。元々大きい村であったのは確かだが、さっきの取ってつけたような看板といい、作られたのはごく最近だろうな。宿屋の店員の対応も素人そのものだった。ありゃ元冒険者だろうな」
「つまり、少し前にこの村に留まらなくてはならない理由が出来てしまった、ってとこかな」
「少し手分けして情報を集めようよ。ついでに腹ごしらえも済ませて、またここに集まればいい」
僕もスタークもパウゼ君の意見に異存はなかった。
「じゃあきっかり2時間後、ここに集合しよう」
僕達は一旦散開した。なるべく多く情報を集めなければ。
「広いなぁ、迷子にならないようにしないと」
いやに大きな建物が並んでいるせいで、広いだけではなく道がえらく難解になっている。先程はあまり意識していなかったが、人通りも多くとても誰かに話を聞ける状況ではなかった。どうしようかと困り果てたその時、遠くに見たことのある人影を見つけた。あれは確か……。
人混みをかき分け、目当ての人物の元へと足を進める。
「あ、あの、すみません、」
先ほどの疲れが完全に抜け切れてないこともあり、辿り着いた頃には、情けなく息を切らしてしまっていた。そんな僕の声に気づかなかったのか、その人物は踵を返して歩きだした。僕は逃すまいともう一度声をかける。
「あの、勇者の方ですよね!」
「!」
勇者、という言葉を聞いて、その人は振り返った。
なにやら怪訝な表情で僕に目線を合わせる。
「確かにそうだが、君は一体……?」
「あ、えーと」
僕が答えに迷っていると、その人はかぶりを振った。黒く長い髪が勢いに従ってなびく。綺麗な髪だ。入念に洗っているのだろう。
「あぁ、いやすまない。どうも表情が硬くなってしまってね。周りからよく言われるんだ。女らしくないと」
「そんなこと無いです。とても美しいと思います」
僕の言葉は決して世辞ではない。実際彼女は、淡い蒼色の瞳で、整った顔立ち。口元はキッと引き締まり、可愛いという言葉よりも美しいという言葉が似合う、そんな女性だった。
「ふふっ、ありがとう。……ところで、私に用があったのではないか?」
彼女に話を振られて、見惚れて呆けていた思考を通常に戻す。
「あぁ、そうでした。あの、この村の先には一体何があるんですか?」
「先?」
彼女は一瞬考え込んだ。そして苦々しげな顔をすると、
「山だ」
と告げた。
「山?」
「そう、山だ。とは言っても別に高いわけじゃない。最近ある怪物がそこに住み着いてな。ここを通る冒険者たちの足止めとなっている」
僕は頭の中で先程のスターク達との会話を再生した。最近出現した怪物。なるほどそれが原因というわけか。
「かく言う私もその一人だ。奴の目の前まで行ったはいいが、勝つことが出来なかった。私含め多くの仲間がいまだ療養中になっている」
僕は相槌を打ちながら、彼女が身に纏う頑丈そうな鎧を見つめた。所々に金剛石が埋め込まれた鋼鉄製の鎧で、かなりの防御力を発揮しそうな防具だった。先のブラッドベアーの攻撃すら弾くだろう。
僕の視線に気づいたのか、彼女は困ったように首をすくめる。彼女の挙動は、逐一気品を帯びていた。出自はどこかの貴族だったりするのかもしれない。
「前の防具は奴に壊されてしまってね。お気に入りだったんだが、仕方なくこれで代用した。防御力はいいんだが、如何せん重くてな。女性用の防具は少ないからしょうがないんだが」
「そんなに強いんですか?」
「奴の強さはそうでもない。ただな……」
彼女は何かを言い掛けて、すぐに口をつぐんだ。肩が小刻みに震えているのが僕にでもわかる。
「言いにくいなら言わなくて大丈夫ですよ」
「あぁ、すまないな、そうして欲しい」
彼女は柔和に微笑んだ。まるで周りに花が咲いているんじゃないかと一瞬錯覚するほど、美しい笑顔だ。思わず赤面してしまいそうになる。
彼女はその笑顔を瞬時に引っ込め、誤魔化すように咳払いをした。また厳しそうな顔に戻ってしまい、内心少し残念だと思ってしまわざるを得ない。
「……私はまた行かなくてはならない」
「怖いならやめたほうがいいのでは」
「怖くなどない!」
彼女の突然の叫びに、僕は気圧された。彼女自身も今自分が叫んだことに驚いたようだ。
「す、すまない。少々取り乱してしまったようだ」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。不用意な発言をした自分が恥ずかしくなり、こちらも頭を下げる。
「いえ、こちらこそすみません。不注意でした」
「気にしなくていい。……そうだ、先ほど思い出したんだが、君も勇者だろう? 見たところ装備しているのは弓のようだが、王から授かった剣はどうした?」
勇者。
その言葉を聞いて、僕は彼女から顔を背けたくなった。覚えていたのか。出来れば彼女には思い出してもらいたくなかった。目の前の女性の気品溢れる態度や、猛々しいその勇気に、激しい劣等感を覚えていたからだ。初めて見た時、あの彼女が王に対して質問をしたあの時からずっと。
僕はこの人とは違う。
決して埋まらない壁がある。
そう思ってしまってからは、同じ勇者だと名乗るのが気が引けた。先ほど話しかけたのは、向こうが僕のことなど覚えていないと思い込んでいたからだ。
だが、彼女は覚えていた。
「む、どうした?」
心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。やめて、僕はそんな……。
「い、いえ、なんでもないです。仲間と待ち合わせているので、そろそろ失礼しますね」
話の逸らし方は明らかに雑で、話を終わりにしたい思いがありありと溢れ出ていた。そしてそれは、当然彼女にも伝わっていただろう。しかし、彼女は何も言わなかった。
「わかった。先程も言ったが、私はすぐにこの街を出る。……また、会えたら会おう」
残念そうな顔をする彼女。しかし、すぐに決意の篭った顔に変わる。ーー覚悟を決めたのだ。
「はい。……名前を訊いてもよろしいですか?」
「勿論だ。私の名はフェリシア。君は?」
「アルトといいます。では、またいずれ必ず」
「ああ。次会う時には、その堅苦しい敬語を使わないようにしてくれ。私はそんな大層な人物ではないからな。私は只の……凡夫に過ぎない」
僕は彼女に背を向け、宿屋に向かって歩きだした。また彼女、フェリシアに会える日が来るだろうか。もしその時が来るなら、次はしっかり彼女に向き合おう。そう決めた。
宿屋には、まだ誰も来ていなかった。大方、情報集めより食べることに夢中になっているに違いない。
僕はといえば、この村の先の山で取れるらしい果物を買って食べていたので別段空腹感は無い。何でも、皮を踏むととても滑りやすいので気をつけろだとか何とか。試そうかと思ったが、みっともないのでやめた。この村は人が多いんだった。
少し経って、二人が来た。二人とも満足そうにお腹を撫でている。さぞかしいい買い物をしてきたのだろう。
「二人とも、なんかわかった?」
「いや全然何も」
しれっと答えられるのは、強いから何も怖くないという自信の現れか、はたまたただ何も考えてないだけなのか。多分後者だろうな、と思わずにはいられない。
僕は溜息をつきつつ、二人に事情を説明した。この先の「奴」の強さがどれほどかはわからないが、フェリシアの強さはある程度わかる。僕では手や足が出るどころか、対峙することすらおこがましい強さだ。その彼女が震えるほど恐怖する相手……。とはいえ、この二人がそうそう簡単に劣るとは思えないのだけれど。
そう楽観的に考えていたことを、僕はすぐに後悔する羽目となった。