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第一話 仲間

王宮に着いた。

護衛の兵士に身分証を出して、中に入る。

(こういったささやかなことでも、自分が勇者として選ばれたことを実感するな)

などと考えつつ、なるべく走らないように急いで謁見の間に向かう。

城は広いが、幸い謁見の間は近かったため、何とか時間に間に合った。

「……ていうか、明らかに1000人以上いる気がするんだけど、姉さん」

時間がぎりぎりだっただけあって、既に王宮の中には人が多数集まっており、文字通りごった返している。

ざっと見ただけでも、頑強な人や、豪華絢爛な衣装の人、全身を分厚い防具で覆っている人など、粒ぞろいであることが見て取れた。

僕といえば、貧相な身なりに近所で買った安物の防具。

わかっていたとは言え、自分の姿はどう考えても浮いているようにしか見えず、後悔が身を包んだ。

そして、王宮の中は実に騒がしい。

他の勇者たちは、信頼する仲間を従え現時点から作戦を立てているからだ。

友達がいない僕は、当然一人となっている。僅かな期待を込めて幼い頃の親友を探してみても、面影が残っている人は見受けられなかった。

(やっぱり来るんじゃなかったかな)

などと、思わず弱音を吐きかける。

そんな時、玉座の近くの扉が開き、王が姿を現した。

ざわついていた辺りが瞬時に静かになる。

「諸君、今日はよく集まってくれた。わかっているとは思うが、最近魔王の動きが活発化してきている。ここらでは長く姿を見せなかった魔物も、多くの目撃証言が出ている。そこで、勇気ある1000人の若者に集まってもらうことにした。それがそなたたちだ。古くから、魔王は勇者にしか倒せない、と言い伝えられているが、人数までは明記されていない。ただし、いくら国民を集めたとて烏合の衆にならざるを得ないだろう。よって、そなたらは選ばれし者という自覚を持ってもらいたい」

最近王座が交代し、新米国王となった彼は、先代以上に人気がある。その理由は、国民と同じ立場に立とうとする彼の思想にあるだろう。

普段の身なりはいかにも王様といったものではなく、平民が着るそれに近い。

王冠を被ると、普段の衣装とは明らかにミスマッチであり、ユーモラスな王として国民には受け取られている。

そんな王も、赤いマントにダイヤの敷き詰められた服、トレードマークの王冠と本日ばかりはしっかり王様らしさ溢れる風貌で登場している。

「勿論我が国も最大限の支援はさせてもらう。ひとつのパーティー毎に十万Gの金の支給、そして最高ランクの武器を与える」

「じゅっ……十万!?」

思わずあんぐりと口を開いてしまったが、これは僕だけではない。十万と言えば土地を買い家すら建てられる金額だ。

それを千のパーティーに配るということは……。

ざわざわと、辺りにざわめきが広がっていく。

「落ち着け、落ち着くのだ。魔王を倒しに行くというのだぞ。この程度の支給では寧ろ少ないくらいであろう。また、この金は市民が生活を切り詰めて得た金である。無駄な使い方は避けるようにな」

王が一旦話を切り合図をすると、金と武器の支給が始まった。

「ふふっ、そんなに緊張しないでください」

受け取る時に手が震えていたからか、メイドさんにそう笑われてしまい、思わず顔を赤くした。

王は咳払いをひとつすると、畳み掛けるように続けた。

「さて、伝承にて魔王はここから遥か東の山奥にいると言われている。これが真実であるかは定かではないが、行ってみる価値はあるだろう。また、当然のことながら、魔王を討伐した者は相応の褒美を与えられ、未来永劫英雄として語り継がれることになるだろう。では以上だ。皆の者、健闘を祈っている」

王が話を切り上げたと同時に、雄たけびを上げて勇者たちは謁見の間から出て行った。

僕を含む数人の勇者たちは、取り残される形になってしまう。

「勇者たちよ、どうした? 早く行かなければ先を越されてしまうぞ」

王の発言を耳にした一人の勇者が、王の前に行ってへりくだった。僕と同じで、あまり裕福ではないのだろうか、あまり高そうとはいえない防具を身に纏っている。

「王様、失礼ながら質問をさせていただきたく存じます」

「ふむ、質問とな? よかろう、申せ」

「私たちはどうして選ばれたのでしょうか? 勇者の選考基準を教えて下さらないでしょうか」

王はその言葉を聞くと、愉快そうに笑った。

「簡単なことだ。勇者とは魔王と渡り合える者。ゆえに半端な覚悟では務まらん。とは言え余はそなたらのことを見知っているわけではない。だが、そなたらからは他人とは違う何かを見つけた。それが何か、とまでははっきり言うことはできないが。――これで、答えになっただろうか?」

「はい。ご返答いただき幸いでございます」

「うむ、下がってよい。――他の者、今の余の答えに納得できないものは前へ出よ」

正直納得したかと言われると微妙なところだ。

だが、この状況で前に出られるほど僕は心が強くない。それは、他の勇者も同じだったようで。

「――いないようだな。ならば改めて、そなたらの健闘を祈っている」

「はい」

僕たちは王に恭しく一礼をすると、謁見の間から出た。



先ほどの勇者たちとは、互いに口を利くこともなく、王宮を出てすぐに別れた。

恐らくもう二度と会うこともないだろうと思う。

王宮の外では、最早魔王を倒すライバルとなるのだから、馴れ合ってはいけない。それは誰もがわかっているようだった。

(さて、お金も手に入ったし、道具を補充しに行こう)

途中の道具屋に寄って道具を補充しつつ、東の出口へと足を進めた。



東門に着いた。

そこではまだ多くの勇者たちが二の足を踏んでいる。

王の手前猛々しく王宮を出て行った彼らだが、街を一歩出れば魔物と戦うこととなる状況に、まだ心の準備ができていないのだろう。

街の門は頑丈な作りになっており、外から開けることは決して出来ない。この街に住む限りは魔物に襲われることは無い所以だ。

「誰か、冒険に一緒に行って下さる方、おられませんかぁ」

そんな中、悲痛な勇者の声が聞こえてくる。恐らく僕のように、仲間を作れなかった勇者の一人だろう。

だが、まだ町の中とは言え、ここは外の一歩手前。今更仲間など到底作れそうもないことは明白だった。

加えて、王自身は明言していなかったが、勇者同士では手を組んではいけないという暗黙の了解がある。魔王を倒す確率を上げるためだとか。

僕は門まで歩き、深呼吸を一つすると、門に手をかけた。

「おいあんた、そんな小さい体で大丈夫なのかい? 街を出た瞬間ぶち殺されるかもしれないぜ」

からかい混じりの別の勇者の声が聞こえたが、無視して扉を開いた。どうせ自分が出る勇気が出ないから他人に当たっているだけだろう。

「おいっ、無視すんじゃ」

男の言葉は、門が閉じる音によってかき消された。



「うわぁ……」

思わず溜息が漏れる。

子供の頃からずっと憧れていた、街の外。

そこに広がっていたのは、見渡す限りの自然だった。

辺りを見回しても、視界に映り込んでくるのは木、土、草、そして――。

「いきなりなんて、随分とご挨拶な」

鋭い爪に、人の倍はあろうかという巨躯。その獰猛さは、口元についているまだ新しい血が物語る。

(たまたま迷い込んだ村人か、はたまた……いや、考えるのはよそう)

頭を振って思考を断ち切った。余計なことを考えている暇はない。

「この辺りの魔物は、あんまり強くないと聞いていたけど……くっ!?」

雄叫びを上げながら振り下ろされる鉤爪を、なんとか右に避けてかわす。

爪はそのまま地面に突き刺さり、周囲に小さなヒビを作った。

(あんな攻撃を食らったらひとたまりもない!)

驚く暇もなく、魔物は地面から爪を引き抜くと、そのままの動作で僕に襲い掛かる。

「がっ……!?」

何とか剣の鞘で受けたが、非力な僕では威力の相殺はできず、衝撃で後ろに転がった。

魔物はそんな僕を見て、更なる一撃を加えんと腕を振り上げる。

(……今だ!)

僕は地面の砂を掴んで、魔物の顔に向けて振りまいた。

「ギャオオ!」

上手く目に入ったようで、怪物は大きく仰け反る。

その隙を逃さず、僕は剣を抜いて魔物の右足を切断した。流石は国特製の武器だ。魔物の大樹のように太い足を、非力な僕でも簡単に切り落とせてしまう。

返り血で服は鮮血に染まり、辺りには血の臭いが充満したが、とにかくこの怪物の機動力は殺いだ。ここは一刻も早く逃げないと、他の魔物に襲われてしまうだろう。

僕は立ち上がり剣を鞘に収めると、バランスを崩し倒れこむ怪物に背を向け、全力でその場から走り去った。



偶然にもそう遠くない位置に泉があり、血の臭いを洗い流すことができた。

「ふぅ……」

服を着替えると、僕はその場に座り込んでしまった。この辺りはちょうど周りから見えづらく、魔物に襲われる可能性もあまり高くない。

「つっかれたぁ……」

いきなりあんな魔物と戦うなんて思ってなかった。何とか逃げ切れただけで奇跡だ。

「それにしても……」

もしさっきの魔物がこの辺りでの普通の強さなら、僕はもう詰みだ。

一戦交えるだけで疲労困憊になってしまうというのに、これ以上どう進めというのか。

ただ――諦めたくはない。

「死ぬのは当然御免だけど、もう少し進んでみよう」

もしかしたら、さっきの魔物が強すぎたのかもしれない。

もしくは、もう少し進めば敵も弱くなるかもしれない。

どちらにしたって、このままおめおめと逃げ帰るなんて嫌だ。

「……よし!」

僕は顔を両手で叩いて気合を入れ直し、勢いよく立ち上がった。

すると、周りを囲む草々が少しざわついた。魔物かと思い慌てて辺りを見回す。

――その瞬間、何かが僕の顔を掠めた。

「……え?」

悲鳴を上げる暇もなく体が崩れ落ちる。顔からは僅かに血が流れた。

体が痺れて上手く動かない。麻痺に僕の体は蝕まれ、視界がぼやけ、周囲の様子がよく見えない。倒れた体を起こすこともできずに、ただその場に横たわることを余儀なくされた。

「……く……ろ!」

「わ……るよ!」

意識が朦朧としているせいで耳もろくに機能していなく、会話らしきものの内容が聞き取れない。――が、それでも力を振り絞って、口を開いて叫んだ。

「き……君たちは、誰……?」

何かを答えたようだったが、僕はそれを聞き取ることはできなかった。そして、そのまま視界は暗転し、僕は深い眠りにと落ちていった――。



「……ん」

「あ、気がついた?」

男性の声で目を覚ますと、木で編まれた天井が見えた。どうやらここは家なようだ。

「あれ、ここは……」

辺りを見回すと、男性二人が僕を挟んで向かい合うように座っていた。

僕目線で左にいる男は小柄で、背は低くないがひょろっとした感じ。対して右に座る男は大柄で、背も高くがっちりしていそうな体型だった。僕の身長くらいはあるんじゃないかと思うほどの、長い剣を腰に挿している。そして、二人ともよれた布を着て、破けた黒いズボンをはいている。

起き上がると、先に小柄な男に肩を叩かれた。この人は赤い目が特徴的だ。格好良い……方だと思う。

「いやーよかった、死んじゃったらどうしようかと思ったよほんと。いやね、別に知り合いってわけでもないけどさぁ、たまたま拾った人が目の前で死んだら寝覚めが悪くなるでしょ? いや、俺は反対したんだけどね、隣のこいつが言うこと「黙ってろ」

唐突に繰り広げられたマシンガントークに驚く暇もなく、男は殴り飛ばされた。

「お前急に喋り過ぎなんだよ。全く五月蝿えのなんの」

殴った男は拳を払うと、僕に攻め寄ってきた。こっちは反面、緑の目をしている。

「それとお前。勘違いすんじゃねえぞ。お前を拾ってきてやったのはあの馬鹿なパウゼの野郎のせいだ」

「人のこと殴り飛ばしただけじゃ飽き足らず、言うに事欠いてバカとは何だよこのマヌケ! 彼を拾っちゃったのはスターク、君が狩りに出ようとか言ったせいだろう!」

怒りながら立って文句を言うパウゼという青年。殴り飛ばされたせいで埃だらけになっているが、怪我はひとつも無い。思ったより頑丈な体みたいだ。

「ああ? 何言ってやがる。てめえがあんな泉に寄りたいって言ったからだろうが」

「言ってくれるじゃないか。ちょっと外に出ようか」

「あん? 上等だよコラ」

睨み合う二人は、その体勢のまま小屋を出て行ってしまった。僕も慌てて立ち上がり、二人を追いかける。

(どうやらもう麻痺は切れたみたいだ。それにしても、なんだったんだろうさっきは……)

「ふぅ……君とは前から決着をつけておきたかったけど、まさかこんな早くにくるとはね」

「お前が負けて吠え面かく絵が目に浮かぶがな」

小屋の外では、パウゼはどこから取り出したか杖を構え、スタークと言うらしい青年も、負けじと長剣を抜き、構えあっていた。

二人の間に流れる緊張感は、まさに一触即発。とうの昔に取り残された僕は、二人を止めようとして、

「ねぇ、ちょっと、二人とも」

「「うるさい! お前は黙ってろ!!」」

一応声をかけてみようとしたが、所詮は焼け石に水なようだ。

「そらっ、喰らえ!」

先に手を出したのはパウゼだった。掛け声とともに放られた無数の光線がスタークを襲う。

「遅ぇよバカ」

スタークは姿を消したかと思うと、一瞬でパウゼの後ろに回りこんでいた。そのまま何の躊躇もなしに剣が振り下ろされる。

鋭い剣筋。並みの鉱物なら何の抵抗もなく切れてしまいそうなその一撃を、パウゼは杖で軽くいなした。そのまま反撃とばかりに、周りの空気が歪むほどの熱線を繰り出す。しかし、これはスタークが剣で弾いた。

「うっそ……」

目の前でいきなり勃発した高度な争いに、僕は唖然とするばかり。目で付いていくのがやっとというところだ。

「なんだなんだ? この騒ぎは……ってお前ら、またやってんのか」

声に驚いて振り返ると、そこには背の高い老人が立っていた。

長いローブを纏うその老人は、僕を見ると眉をひそめる。

「む、旅の方かね? 申し訳ない、あの馬鹿二人が迷惑をかけているようだな」

「い、いえ、そんなことは」

「気を遣わなくてもいい。あいつらはいつもこうだからな。このままじゃ修理費がまたかさんでしまう」

老人は困った様子で首を振ると、まだ争っている二人の下へ歩き出した。

「ちょ、危ないですよ! その人たち、滅茶苦茶強……え?」

言い終わる前に、老人は二人に拳骨を食らわせた。

「いってぇ、何しやがる……って、ジジイ!?」

「この馬鹿共、折角この村に人が来ているのに迷惑をかけるんじゃねぇ!」

「だって、スタークが」

「言い訳をする暇があったらさっさとあの人に謝って来い、阿呆共」

老人がもう一度握りこぶしを作ると、二人は涙目で慌てて僕の所まで走り、頭を下げた。



「ほう、街から送り出された勇者の一人か」

「はい。名はアルトと言います。お爺さん」

僕たちは先ほどの小屋に戻り、鍋を食べていた。僕は当然遠慮したのだが、無理やり食べさせられている。一口食べてみたら止まらなくなったけど。

「そして彼ら、パウゼとスタークには僕が野党に襲われ、気絶していたところを救っていただいたんです」

「いまいち信じられねぇが、まぁ本人が言うからには本当なんだろうな」

お爺さんは渋々といった表情で頷いた。

「おい人聞きの悪いことを言うなよジジイ、俺達だって人助けくらいするぞ」

「そうだそうだ。鍋の食材取りに行ってたら偶然見つけたんだけど、ほっとくわけにはいかないだろう?」

「へー、この鍋の食材、あなたたちが取ったんですか? 美味しいです」

僕が笑顔でそう呟くと、スタークが急に顔を背けた。

「……あれ? 僕、何か言っちゃいけないこと言いました?」

「大丈夫大丈夫。あいつは人と話し慣れてないだけさ。あと、敬語なんかいいよ。多分俺達の年齢同じくらいだし」

それを聞いて安心する。どうも敬語は苦手だ。

「わかった。……改めて、助けてくれてありがとう。パウゼ君、スターク」

「……気にするな」

「あはは、どう致しまして。……っていうか何で僕は君付け?」

「えっと、なんとなく?」

スタークは相変わらず顔を背けたまま、パウゼは僕の手を握って返答してくる。

対照的な二人なようだけど、一体どうして一緒にいるんだろう。

「……ところで、あんた勇者サマなんだったよな。なんで武器を持ってないんだ?」

「え? え……」

スタークに言われて気がついた。確かにどこにも剣がない。

あれ、いつだろう。思考を巡らせる。魔物を撃退したときにはあった。泉に行き着いたときもあった。と、すると……

「あ!」

思わず叫んでしまった。皆が何事かと僕に視線を集中させる。

「えっと、あの、盗られちゃった、みたい……」

短い呻き声が辺りから漏れた。



「成程、鈍くさいなお前は」

「うう……」

先程の野党に盗まれたのだとわかると、スタークに苦言を呈された。全く返す言葉も無いです。

「ただ、この辺で盗人なんて話あんまり聞かないし、先を追うのは難しそうだね」

「そうだな。あんた、アルトっつったか。 悪いが、その剣は諦めたほうがよさそうだ」

「ですよね……」

早々に現実を突きつけられ、かなりへこんだ。

「それにしても君が撃退したっていう魔物。多分ブラッドベアーって言って、この辺じゃ有名な魔物だよ。人を食べちゃうっていう話で」

パウゼ君の言葉で、あの魔物の口元についていた血を思い出した。あれはやっぱり、そういうことだったのかな。

もし自分もそうなっていたらと考えると、ぞっとする。

「あやつらの厄介なところは嗅覚の鋭さにもある。尻尾を巻いて逃げ出したところで、獲物を鼻でどこまでも追跡し、疲れたところを仕留めるのが常套手段な様だな。その点、すぐに機動力を削いだお陰でお前さんは助かったわけだな」

お爺さんは感心したように首を縦に振った。

「俺達からしてみりゃ雑魚でしかないが、悪いがアルト、到底お前が撃退できる相手じゃない。持っていた武器に感謝するんだな。――もっとも、もう盗られちまったわけだが」

相変わらず顔を背けながら言うスタークに、お爺さんが軽く拳骨をする。

「痛ぇな、何すんだジジイ」

「あまり皮肉を言うもんじゃないぞスターク。……アルト、お前さんはまず武器を調達したほうがいい。村まで案内してやるから、買って来なさい」

「ねえねえ爺さん、ついにボケちゃったの? アルトは盗人に会ったんだよ? お金なんか盗られちゃったに決まっているじゃないか……あいでっ!」

軽口を叩いたパウゼ君には当然、お爺さんの拳骨が待っていた。

とは言え、言う事はもっともなので確認してみる。すると、

「あれ、ある……」

スタークが僕の財布を覗き込んでくる。

「ん? お、本当だ。って、すげぇ額だなおい」

「王様から支給されたから。でも、何でだろう?」

「多分、剣だけ持っていけばいいとか考えたんじゃない? 話聞く限りすっごく高そうだし」

「いや、それなら財布だけ盗っていけばいい。むしろそっちの方が楽だし、盗みやすい。わざわざ麻痺毒まで使って、剣だけ持っていくというのはあまりにも不自然だろう」

確かにそうだ。

今まで剣を取られてしまったという事実にばかり関心が行っていたけれど、よく考えたらお金が欲しかったなら財布だけ持っていけばいい。

「その財布、紐を結んで留める型だな。解かれた形跡なんかあったか?」

「ううん、無い」

「ってことは、盗人は財布の中身を確認すらしていなかった、ってわけか」

「……」

沈黙が流れる。皆思考を張り巡らせているんだろう。

僕もちょっと考えてみる。もしかしたら、剣だけが欲しかった? だったら、その情報をどこで……

「もういいだろう。考えても出てこないものは出てこない。それよりもやはりまず武器だ。金があるならそこそこ良い物だって買えるだろう」

「そうですね」

釈然としないままではあったけれど、僕たちはお爺さんに促され、村の中心部へと向かった。

「あ、そういえばさっきの鍋、具材は件のブラッドベアーだよ、多分。足無かったから仕留めやすかったし」

「……」

やっぱりなんだか、釈然としない。



村の中心部は、お爺さんたちの家がある郊外とは違い、それなりに賑わっていた。

円を描くような形で建物が連なっており、薬屋や食べ物屋など多くの種類がある。

お爺さんの話だと、円から少し外れた位置に武器屋はあるという。

「お、そこのお譲ちゃん、可愛いねぇ」

「わー嬉しい、ありがとうお兄さん」

「いやお前じゃないぞ妹よ、客のことだ……」

「ひとつあれば全回復! 幻の薬草売ってるよー」

「転ばぬ先の杖!解毒薬などいかがでしょうか」

様々な宣伝が聞こえてくる。

「あーうるせぇ。だからこの辺りは嫌いなんだよ」

「文句があるならついてこなければよかっただろう」

「うっせジジイ。俺の勝手だろうが」

「まぁまぁ」

この短期間でわかったことは、このスタークという人は口が悪く、誰にでも喧嘩を吹っかけるタイプなこと。それと、恐ろしく強いということだ。

郊外から中心部までは一本道ではあっても、結構な距離がある。小屋を出れば当然魔物は襲ってくるのだが、それら全てをスターク一人であっさりと片付けてしまった。恐らく僕一人なら為す術なく殺されてしまっただろう魔物たちだ。先程のブラッドベアーよりは弱いと思うけれど。

当然、そのスタークと互角に戦っていたパウゼ君に、二人の喧嘩を止めていたお爺さん。この二人の強さも僕からしてみれば異次元であるに違いない。

その強さの秘密が気になったので、遠まわしに彼らに訊いてみることにした。

「ねぇ、3人ともどれくらい強いの?」

「ん? そーだな……」

「こいつらはこの村から出たことは無いが、恐らく一国の軍隊を敵に回せる程度には鍛えられているだろう。なんにしたって、このわしの弟子たちだからな」

「そうなの、二人とも?」

スタークとパウゼ君は不承不承といった様子で頷いた。

「ま、パウゼよりは俺のほうが強いがな」

「なんだよ、やるかい?」

「やめろ馬鹿共」

また喧嘩しそうになる二人だったが、お爺さんの拳骨を見るとすぐに収まった。

「ガキの頃、ジジイに弟子入りしてな。そのままずっとあの小屋に住んでる」

「俺も同じ感じ。……ただ」

パウゼ君は声を潜めた。

「あの家、全部自給自足なんだよ。ひどいと思わない? 俺達は小さい頃からやってるから慣れてるけど、君にはちょっときついかも」

パコン、と軽快な音が鳴った。パウゼ君が軽く頭を叩かれたようだ。

「酷くなんかねぇ、あれはわしの教育方針だ。文句があるなら出て行けと言った筈だが?」

「出て行こうとしたって結局力づくで止めるじゃないか! 全くそのせいで何度ボコボコにされたことか……」

「お前らが野たれ死んだらわしが困るだろう」

「そら来た! 聞いたかいアルト。このじーさんはこんなに酷い人間なんだぞ!」

「え、そ、そうだね」

(正直、怪我人の目の前でいきなり喧嘩する人たちより遥かにいい人だと思うけど)

とは言えないので、曖昧に相槌を打って誤魔化した。

「何を言ってる、アルトの食事その他はわしが用意するに決まってるだろう」

「えー!? ズルイでしょそれ。スタークも何とか言ってやってよ!」

「あ? っと、何の話だ?」

急に話を振られたスタークは、なにやらボーっとしていたようだった。考え事でもしていたのかな?

「アルトは自給自足しなくていいんだって! どう思う?」

「ん、ああ、良いんじゃねぇか別に。仮にも勇者サマだろ」

「う、裏切り者!」

パウゼ君はスタークもお爺さん側だと知ると、何かを叫びながら村の外へ走っていってしまった。

「あー、行っちまったか」

「まぁあいつなら別に大丈夫だろう。さて、改めてアルトにスターク、武器屋に向かうぞ」

「わかりました」

「……」

スタークはまた何事かを考えているようで、お爺さんの言葉に返事をしなかった。

(あ、強さの秘密を訊こうと思ったのに)

もう一度訊こうとしたが、先程のパウゼ君の話でこのお爺さんは大分スパルタだとわかったので、それ以上は訊かないことにした。



「わぁ……いろんな武器が売ってるんですね」

「小さい店だが、質は悪くない。スターク達の武器もここから仕入れてるんだぞ」

「俺達のは特注だから訳が違うだろ。こんな長い剣、他に誰が使うんだ」

僕たちは武器屋に着くと、早速商品を見回っていた。店内はお爺さんの言うとおり、随分と小さい。

「お前さん、武器は何が一番使い慣れてる?」

「え……っと、剣かな、一応」

僕はブラッドベアーとの一戦を思い出しながら答えた。思えばあれが初めて剣を振ったんだった。あの緊張感と白熱は、一生心に残りそうだ。

「ふむ……なら、この剣なんかどうだ? 短いが、振りやすく威力も別段低いわけじゃない。非力なお前さんにはなかなか合っていると思うが」

そう言われてお爺さんに指差されたものを持ってみる。確かに武器というには軽く、振りやすそうだ。けど……

「僕一人で旅をするには、ちょっと威力が物足りない気がします。相手が弱い魔物であっても、仕留め切れなければ逆にこちらがやられてしまうかも」

「それなら問題ないだろう。これからお前さんの旅にはスタークとパウゼを連れて行かせるからな。むしろお前さんは補助に回ってくれるくらいが丁度いい」

「え?」

「は?」

一瞬空気が凍った。店長さんも何故か額に汗をかき、息を止めている。というか一番緊張してるのは店長なんじゃないの? 何故?

先に口を開いたのはスタークだった。

「おいおい待てよジジイ、パウゼはともかく、何で俺がこいつの旅なんかに付いていかなくちゃ」

「わしの修行の最終段階だ。お前たち二人には世界を見てきてもらおうと思ってな。各地で見聞を広め、自らの糧とせよ、だ」

「……」

修行と聞くと、途端にスタークは肩を落とし、おとなしくなった。やっぱり何だかんだ言って、おじいさんを尊敬しているのだろう。

「本当は随分前から考えていたんだけどな。わしはもう年で着いていけないし、馬鹿二人だけで旅させても大した収穫になるとは思えん。だからもし別の志を持った若者がこの村を通ったら、その者と旅をさせようと画策していたんだ」

「パウゼの野郎は、なんて言うかわかんねぇぜ」

「あいつなら問題ない。元々外の世界に興味があったようだしな」

「……ちっ、最近新しい武器を買ってくれたと思ったら、こういうからくりだったわけか」

スタークは言葉を切り、こちらへ向き直った。

「スタークだ。これからお前と旅をさせてもらう。改めてよろしく」

僕の意思など当の昔に置いていかれてしまっていたようだが、強い味方が仲間になるのには当然何の依存もありはしない。

「こっ、こちらこそ、よろしく……」

「何を縮こまっている。女じゃあるまいし、しっかりしろ! 女っぽい面してるけどな、はっはっは!」

お爺さんに笑いながらバンバンと背中を叩かれ、危うく窒息しかけたのはここだけの話だ。

「で、お前さん、その剣でいいのか?」

「……いえ、確かにこの武器は僕には合っていると思います。でも」

僕はそう呟きながら、軽く横にステップを踏む。うん、自分でも脅威の遅さだ。

「見ての通り、僕は非力なだけじゃなくて、身のこなしも悪い。だから、この武器を使おうとしても、かえって足を引っ張ってしまうと思うんです」

「成程、身の丈に合っていないという事か」

「はい。ですから、これは元の場所に戻すとして、僕が欲しいものは……」

僕は武器屋の隅、少し埃がかかっている部分まで歩き、目当てのものを掴み取った。

「ほう……弓か」

「はい」

僕が取った武器は、少々古ぼけた小型の弓。

「お客さん、お目が高い!」

「うわぁ!?」

急に目の前に店長が現れた。その速度は、もしや光速……?

「オッサン、喋れたのか……」

「わしも彼奴が口を開くのを見るのは十年ぶりだ」

店長、何者なんですか。

「それははるか昔、伝説の弓兵と言われた男が用いた伝説の弓で……」

急に饒舌になった店長の話は、夕暮れまで続いた――。



「へぇ、弓を買ったんだ」

「うん。中、遠距離の援護なら僕に任せて。足は遅いけど、結構運はいいから」

「へへっ、俺とスタークが確実に敵を仕留めるから必要ないとは思うけど、援護期待してるよ! ……それはそうと、防具はいいの?」

「防具はあんまり防御力に拘ると重さで動けなくなっちゃうから。弓を使うなら、やっぱり身が軽いほうがいいと思うし。パウゼ君たちは必要ないの?」

「俺達金無いし、必要も無いし」

「あ、そう……」

武器屋からの帰り道、村の端っこで泣いていたパウゼ君を回収し、事情を説明した。

二つ返事で了承されるどころか、むしろ向こうからお願いされてこちらが面食らったわけだけど。

そんなこんなで、もうすぐ小屋に着くという、その時。

「うわ……」

「でかいな」

「うちの小屋の倍……いや、三倍くらいあるんじゃないの?」

「そういや、奴は鼻が利くんだったな。わしが言ったことだったのにすっかり失念していた。子供を捜しに来たってわけか」

「グオオオオオオオオオオ!」

地響きかと思うほどの唸り声が辺りに鳴り響く。

巨大なブラッドベアーが、僕たちの前に立ちはだかった。



「あれはブラッドベアーの成体だ。恐らく先程の鍋の臭いを嗅ぎ分けてきたな。いつもならしっかり臭いを消すんだが、忘れておったわ」

「やっぱりボケてんじゃねえか、ジジイ?」

「やかましいわ!」

「お爺さん、上です!」

挨拶代わりにと振り下ろされた魔物の腕。

「ふん」

それをお爺さんは簡単に受け止めた。しかも片手で。もうこんな程度では驚いていない自分に軽く驚いた。

「アルト、スターク、パウゼ! 早速三人の力を試させてもらうぞ!」

「あいよ」

スタークはいつからそこにいたのか、ブラッドベアーの真下に移動していた。

「了解」

パウゼ君は僕の近くで杖を構えている。いざとなったら僕を守るつもりのようだ。

「わ、わかりました」

僕も弓を構える。少しくらい力にならないと。そう決心した、その刹那。

「うおらぁ!」

スタークの掛け声とともに、剣が熊を縦に一閃。

「そらっ!」

と同時に、パウゼ君のいつの間にやら放っていたらしい光弾が複数命中する。

結果、ブラッドベアーは一瞬にして、大きくこんがり焼けた肉片とクラスチェンジした。

「え……」

僕はただ、呆気にとられることしか出来なかった――。




「……えーと、なんだ、あれだ、そう、がんばれ」

「は、はい、お爺さん……」

(正直、この人達だけで魔王とか色々倒せちゃうんじゃないか? 僕の存在って必要?)

僕の心をそういった考えが包む中。

「もっちょい手加減しとくべきだったか……」

「何でも力任せに振りすぎなんだよスタークはさ。もっとスマートに行こうじゃないか」

「てめぇだって光弾ぶちかましてただろうが。あれ、普通なら一発で死ぬからな……」

「あ、相手がでかかったから、えと、その、ごめん、アルト……」

あっちはあっちで、別の沈み方をしていた。

「ま、お前さんもきっと役立つ時が来るだろう。ほら、金銭面とか」

「そんなリアルな方向で頼られても困りますよ!」

「衛生面とか」

「どうせ汚れるのに几帳面にしなくたっていいんじゃないかな、スターク」

「料理とか?」

「僕に料理はさせないほうがいいと思うよ、パウゼ君」

「……」

僕たちの間を、気まずい沈黙が襲った。

「と、とりあえず言って来いお前ら! 土産は期待してないからな!」

「あ、ああ。じゃあなジジイ」

「またね、じーさん」

「色々と有難うございました。本当に……」

と、いうわけで、僕たち三人の旅は始まったのだった。

……やっぱり、なんか釈然としないままではあるけれど。

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