第38話:旅立ちの時です
翌朝、私たちの旅立ちを後押ししてくれている様な、雲一つないとてもいい天気だ。今日は朝早く起きて、家中を綺麗にした。たった数ヶ月お世話になっただけなのに、もう何年もここで過ごした気がする。
掃除が終わると、1人家を出て、街を散歩する。朝早いからか、ほとんど人がいない。このお店、ルリアさんやルルミさん、アイラさんたちとよくお茶をしに来たのよね。こっちのパン屋さん、いつも私が買いに来るとおまけをしてくれて。それもとても美味しいパンだったな。ここの魚屋さんも親切だった。
思い出すのは、この街の人たちに親切にしてもらった事ばかりだ。
そしてここが、初めてこの街に来た時にルーマさんに会った役場。ここでルーマさんに出会わなかったら、今の私はいないだろう。街全てが私にとって大切な思い出の地。正直この地を離れるのは辛い。でも、私にはやらなければいけない事がある。
街を歩いていると、海にやって来た。今日も綺麗な海…たくさんの船が、既に漁に出ていた。しばらく海を見つめたあと、家に戻ると…
「マリー、よかった。君を迎えに来たら、家に誰もいないからとても心配していたんだよ」
エドワード様に抱きしめられた。後ろには心配そうなルーマさんやルリアさんたち家族の姿も。
「ごめんなさい、最後に街を見ておきたいと思って。1人で散歩に出かけていましたの」
「そうだったのか。気持ちは分かるが、1人で勝手に…」
「いいではありませんか、お坊ちゃん、マリアナちゃんにとってこの地は、大切な場所なのですよ。ね、マリアナちゃん」
エドワード様をなだめてくれたのは、ルーマさんだ。
「はい、この地は私にとって、第二の故郷です。だからこそ、最後にこの街を目に焼き付けておきたかったのです」
「マリー、すまない…王都で酷い目に合い、自由を求めてこの地にやって来た君を、王族の争いに巻き込む形になってしまって…」
「何を今さら、その様な事をおっしゃっているのですか。私が自ら望んだことです。それに、エドワード様が次期国王になられることは、亡き母の最期の願いでもあるのですよ。母の死を無駄にしないためにも、そして愛するあなたの為にも、私は自らの意思で王都に戻るのです」
真っすぐエドワード様を見つめ、はっきりと告げた。
「素敵だわ…マリアナちゃん、私たちはずっとあなたの味方よ。そして近いうちに、新しい王太子殿下が誕生したという話を耳にするのを、楽しみにしているわ」
「本当ね、私、正直王族とか貴族とか、遠い世界の話だと思っていたけれど、マリアナちゃんに出会って、身近な存在なんだと実感したのよ。マリアナちゃんが王妃様になっても、またこの地に遊びに来てね。全力で歓迎するから」
「ルリア、ルルミ、何を言っているのだい。王妃になったら、早々来られるものではないのだよ。でも…もし王宮が息苦しくなったら、こっそり息抜きにおいで。私達はずっとこの地で待っているからね」
そう言ってルーマさんもほほ笑んでくれた。
「ありがとうございます。またいつか、必ずこの地に来ますわ。だって皆様は、私の大切な家族ですもの」
ルーマさんたちにそう伝えると、笑顔で皆が頷いてくれた。
「さあ、マリー、そろそろ行こう。ルーマさん、ご家族の皆さん、本当にマリーがお世話になりました」
「お坊ちゃん、頭を上げて下さい。私達は別に、何もしていないので。マリアナちゃん、私達平民には想像もつかない程の苦労が貴族の世界にはあるのだと、あなたに会えてよくわかったわ。これからもうひと戦いある様だけれど、この地から応援しているからね。それからこれ、私たちから。サンゴで作ったブレスレットだよ。この地ではサンゴは持ち主を邪悪なものから守ってくれると言われていてね。これを私達だと思って、持って行ってちょうだい」
美しいサンゴのブレスレットを、私の腕に付けてくれたルーマさん。
「ありがとうございます。それでは私からはこれを。母の形見でもある、ブローチとネックレス、それから、こちらは私のお気に入りのイヤリングとブレスレットです。どうかこれを私だと思って」
女性たちそれぞれに渡した。
「これ、本物の宝石じゃないか。それにお母さんの形見なんだろう?こんな大切なもの…」
「大切な物だからこそ、皆様に持っていて欲しいのです。どうかお願いします」
「分かったよ。これをマリアナちゃんだと思って、大切にするよ」
「それじゃあマリー、行こうか」
エドワード様にエスコートされ、馬車に乗り込もうとしたのだが。
「ルーマさん、皆さま、どうかお元気で」
最後にルーマさんに抱き着いた。ルーマさんも抱きしめ返してくれた。後ろではルリアさんたちが泣いていた。溢れそうになる涙を必死に堪え、ゆっくりルーマさんから離れると、そのまま馬車に乗り込む。
そしてゆっくり馬車が走り出す。必死に手を振ってくれるルーマさんたち、私も窓を開け、必死に手を振る。
気が付くと涙が溢れていた。
「ルーマさん、皆さま、本当にありがとうございました。またいつか、必ず会いに来ますから」
あふれる涙を必死に拭い、そう叫んだのだった。




