↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

辺境伯領の一の姫は婚約破棄されても気にしない

作者: 柚木
掲載日:2026/08/10


 辺境の地、その最深部であるフォークス山脈の麓に広がる森の奥深くには古の賢者が住んでいる。それはこの国に住む者なら5歳の幼子でも知っている事だ。

 そしてその辺境の森を守るように広大な土地を治めているのは辺境伯の一族である。現当主は武勇に優れ、その子供達、次代の辺境を治める子供達はそれぞれ武勇や魔法など、人々を護るための力を持っていた。

 辺境伯の一族が森に住まう賢者達を護っているからこそ、この国の繁栄が続いている。


「……だと、いうのに」

 辺境伯家の、一の姫である私はお行儀よく口元を扇で隠した状態でボソリと呟く。

 通っていた学園の卒業パーティーに参加するために王太子の婚約者として着飾っていた私はゲンナリと呟き、目の前に偉そうにふんぞり返っている男を目を細めて見やった。目の前の男は、この国の王太子であり、自分の婚約者…のはずだ。その男の腕に自分の胸を押し付ける様に身体ごと抱き着いている自分より幾分年下に見える少女に視線を向ける。ふわふわの金色の髪に燃える様な、鮮血の様な鮮やかな紅い瞳はクリクリと丸く、幼い印象だ。

「きゃっ…怖いです、睨まれましたぁ」

 そう可愛らしく悲鳴を上げて王太子に更に身体を押し付ける。一瞬王太子の顔がデレりと崩れたのを見逃さなかった私は扇を目の下まで持ち上げ、表情を隠すと「キモッ…」と小さく呟く。

「…睨んでなどおりません。ただ、そうですね、何故婚約者である私では無く、そちらのお方をお連れになっていらっしゃるのか…ご説明を願えますか?」

「ふんっ、そんなの分かりきっているだろう!!」


 いや、全くもって分からないから聞いてるんだけど?


 思わず半眼で王太子を見ると王太子はキッと目を三角に吊り上げて言った。

「そういう態度が可愛げないというんだ!! お前のような不愛想で地味な女、次期国王たるオレには不釣り合いだ!! お前との婚約は破棄する!!」

 王立学園の卒業パーティで行われた突然の婚約破棄イベントに参列者達の反応は別れた。突然の王家の婚約破棄に面白がる、言ってはなんだけれど…あまり頭のよろしくない貴族達と、突然の醜聞に眉を寄せる分別のある貴族達。

 婚約破棄を告げた当の本人である王太子はニヤニヤと意地の悪そうに私を見ていた。その態度にカチンときた私は一度大きく深呼吸をすると、目元まで引き上げていた扇を下ろしてニッコリと笑って見せる。パシンッと音を立てて扇を閉じて淑女の微笑みを浮かべたまま気配だけで周囲を威圧する。

 そちらがそのつもりなら、こちらにも考えがある。この国の根幹を支えている辺境伯家をあまり馬鹿にしない方が良い。そのことを思い知らせてあげるとしよう。

「婚約破棄、確かに承りました。それではこれより辺境伯家が王家に預けていた『全て』をお返し願います」

「は? 預けていた全て…だと?」

「はい。辺境伯家はこの婚約の際に王家からの希望により辺境の森にて採取された希少な薬草から作られた薬、古の賢者様がお作りになった魔道具など諸々を王家に『貸与(たいよ)』しております。それらは後に辺境伯家の一の姫である私が王家に輿入れするからこそ、あらかじめ持ち込んでいたものですので。この度、誠に残念ながら婚約破棄となりましたので今後私がこちらに立ち入ることもありませんでしょうから、お返し願います」

 一息にそう言い切り、ニッコリと笑みを深める。私の言葉の意味をすぐに理解した人たちは一様に顔色を無くして震え、理解出来ていない残念な頭の人たちは「それがどうした」と言わんばかりの表情を浮かべている。

「…何だ、そんなことか。お前達、田舎者の持ち込んだものなど不要!! 『全て』持って帰るがいい!!」

「殿下!!」

 侍従の諫めるような声を煩わしそうに睨んで黙らせた王太子に私はころころ笑う。本当に、この人は「自分の見たいもの」しか見ない人だ。これが次期国王とは笑ってしまうし、この国に見切りを付けるべきだろうと冷静に考える。

「ありがとうございます。それではすぐにでも『全て』を返していただきますね」

 魔力を込めて守護霊を呼び出すと私の守護霊である鷹は翼を広げて舞い上がり壁を擦り抜けて消えていった。さて、これ以上ここに居ても意味はない。

「それでは皆様。もう二度と会う事は無いとは存じますが、ごきげんよう。皆様の晴れの日にこのような騒ぎを起こしてしまい大変申し訳なく思っております」

 謝罪の言葉と同時に頭を深く下げ、そして顔を上げると私はこの場にもう用は無い。ドレスの裾を捌いて踵を返し、足早に出入口に向かうと人混みを擦り抜けて音もなく近付いてくる影に気付く。

「お嬢様」

「あら、王家の護衛が『影』の仕事でしょう?」

「…お嬢様が王家に輿入れするからこそ『影』となったのです。辺境にお戻りになるなら連れて帰ってくれなくては、困ります」

「あらあら、王家への忠誠心は無いの?」

「ありません。元よりお嬢様を護るために『影』となったのですから」

 きっぱりとそう言うのは辺境出身の幼馴染で、私と同じ濃い茶色の髪と淡い緑の瞳を持っていた。顔立ちは似ていないが、幼い頃は並ぶとまるで兄妹の様だと言われた気心の知れた相手に肩の力を抜く。

 二人並んで卒業パーティーの会場から抜け出すと辺境伯家の馬車に乗り込む。御者は私の隣にいる幼馴染に一瞬目を丸くしたけれど、先ほどの私の守護霊を見たのだろう、小さく肩を竦め、何も言わずに馬車を走らせる。

「…お嬢様、本当に『全て』返してもらうおつもりですか?」

「えぇ、だってそういう『約束』でしょう?」

 私がそう言ってニッコリ笑うと幼馴染は「仕方ないな」と言いたげにこちらも肩を竦めた。さて、辺境領に。私たちの家に帰りましょうか!



 白銀に輝く、一の姫の守護霊は王都の上空を旋回し、白銀の光の線を引いて飛び去った。その光は一筋の流れ星の様に辺境伯領へ伸びていく。そしてその光の意味を知る者はすぐに行動を開始した。

 最初に異変に気付いたのは王都の下町に暮らす少年だった。彼は今より幼い頃に親に捨てられた。貧しい家ではよくあることで、彼の家の例に漏れず貧しかった。王都ではきっと仕事があると吹き込まれやって来たが親のいない子供を雇ってくれる所など無い。途方に暮れ、着の身着のままやってきた彼を王都の住人は冷たくあしらい、路上で生活する日常が始まった。同じような境遇の子供達が身を寄せ合い、一日、一日を這いずる様に生きていた。転機が訪れたのは彼が体調を崩して死にかけた時だ。他の子供達は病気をうつされては敵わないと離れていき、彼は一人、暗い路地に取り残された。こうして死んでいった子供達が沢山いることを彼は知っていて、自分もそうなるのだと覚悟した。

「…おや、こんな所でどうした?」

 頭の上から降ってきた柔らかい老年の男性の声に彼は熱に浮かされた目を向ける。

「…お前さん、最近この辺で悪さしてる子供の一人だね。具合が悪いのかい?」

 男は足が悪いのか右足を軽く引きずる様に近付いてくると壁に手を添えてしゃがみ込み、彼の額に手を当てる。骨ばっていたが、それ以上に優しく触れられて彼は目を見開く。

「…熱が高いね、さて。まだ動けるかい?」

 彼は男が何をしたいのか分からずに唇をキュッと閉じると男は朗らかに笑う。

「その後ろの扉、私の家の裏口なんだ。入りたいから退いてくれるかい?」

 あぁ、そういうことかと彼は思った。熱でふらつく身体を何とか扉の前から退かして座り込むと男は鍵を開けて扉を大きく開ける。ふわりと香るのは緑の匂いで彼は生まれ育った家を思い出した。

「何をしてるんだい、早くお入り」

「……え?」

「うちは薬屋だ。ちょうどそろそろ廃棄する予定の解熱剤があるから飲むと良い。見ての通り私は足が悪いから自分で入ってくれるかい?」

 男の言葉に彼は目を瞬かせて真意を窺う様に見上げる。男の柔らかな緑色の瞳は彼を気遣う色を帯びていて彼は熱に浮かされた夢でも見ているんだと思いながら男に促されて家の中に身体を運んだ。

 それが今から5年前の話。男の薬のおかげで彼はすっかり健康体となり、足が不自由な男の代わりに男の生活の手助けをするようになった。

 その彼が一番最初に異変に気が付いた。共に暮らすようになった男が窓の外を見上げて困った様に嘆息したからだ。

「…どうしたの?」

「…すまないねぇ、私は『帰らないと』いけないらしい」

 男は室内を振り返り心の底から申し訳なさそうに彼を見つめる。柔らかな緑の瞳には慈愛が溢れていて彼は咄嗟に叫んだ。

「ッ、僕もつれて行って!!」

 男の後ろの窓には白銀の光が夜の闇を切り裂く様に一筋の光が走っていた。男の言葉が事実なら、また置いて行かれてしまうと彼は悟り、懇願した。

「……そうだねぇ、お前がそうしたいなら。一緒に『帰ろう』か」

「ッ、うん!!」

 男はそう言って両手を広げると、彼はその腕の中に飛び込んでいく。男が彼を抱きかかえると同時に男の足元に光を放つ魔法陣が現れ、瞬きの間に二人の姿は部屋の中から消え、男が調合した薬や材料の薬草も光を放ち、細かな粒子となって消え失せた。

 あとに残されたのは、がらんどうの「元」薬屋だった建物だけ。


 そうして、王都から姿を消したのは一人、二人では無かった。そのことに街の住人達が気が付いた時にはもう既に手遅れだった。王城に勤めていた侍従長の補佐をしていた男や、女官長の腹心の部下の侍女が消え、働き者だと評判のメイド達が何人も消えた。街中でも評判の良い薬屋の店主、食事処の夫婦、真面目に勤めていた憲兵の幾人か、騎士団の幾人。その誰もかれもが一晩のうちに姿を消していた。

 店の中も空っぽで、生活の痕跡すら残されていなかった。


 そうして、静かに国が崩壊していく。


「この大馬鹿者が!!!! 何てことをしてくれた!!!」

「ち、父上…? 何をそんなに怒っておられるのですか」

 地方に視察に出ていた筈の父王が予定を前倒しにして王都に駆け戻ってくるとすぐさま呼び出しを受けた。王子はこのタイミングで愛おしい娘との婚約を認めてもらおうと意気揚々と父王の執務室に足を運び、開口一番に怒号を浴びせられ、萎縮した。

 そんな様子を水鏡で眺めていた少女が笑い出す。

「あっははははは…こんな容易く崩れるとは他愛ないのう」

 ふわふわの柔らかな豊かな金の髪に燃えるような赤い瞳の少女は楽し気にケラケラ笑う。

「さぁてさて、可愛い愛しい子らに会いに戻るとするかのう」

 王太子に贈られた華美なドレスを脱ぎ捨て、動きやすい貴族の子弟の格好になると少女は自身の足元に魔法陣を浮かび上がらせる。

「はてさて、この国もおしまいじゃのう…まあ、次代があんな阿呆では仕方のない事。魔道具も無事に返されたようじゃし、わしも帰るとしよう」

 魔法陣が光を帯び、少女の豊かな金色の髪がふわりと浮かび上がり、瞬きする間に少女の姿は消えていた。

 瞬きの間の後、少女が目を開けると見慣れた集落が広がっていた。出発した時よりも人の数が増えているのは王国から辺境に戻ってきた人々がいるからだろう。

「ん、んんぅ~!! やはり森の方が心地よいのう」

 少女はふわりと光を放つ魔法陣から身軽に飛び降り、大きく深呼吸を繰り返す。豊かな金色の髪も喜んでいるように輝きを増した。そして王城では丸い可愛らしい耳だったものがシュルリと伸び、俗に言う『エルフ耳』となった。

「あら、お戻りですか」

「あぁ、ただいま」

 そんな少女に冷ややかな声を掛けたのは辺境伯家の、一の姫。艶やかな栗色の髪を快活に後ろでポニーテールにし、動きやすい狩猟用の服に身を纏い、その腰には姫には不釣り合いな長剣が下げられていた。

「全く、どういうおつもりでしたの?」

「ははははは、可愛い孫娘の為に一肌脱いだだけだのう」

「…孫ではありませんよ。何代上のお婆様ですか」

 一の姫が呆れたようにそう言うと、少女はプクリと頬を膨らませた。

「いいじゃないか、だって実際に…私の子供の子供の子供の子供の「だから、一括りで『孫娘』って言うの止めて下さいな」むぅ…」

 子供の様に頬を膨らませる姿に一の姫は溜息を吐いて踵を返す。

「お父様がお呼びです。領主館までご同行願います」

「はぁい」

 少女は素直に応じると一の姫の隣に並び、言った。

「…悪かったねぇ、嫌な思いをさせて」

「いいえ、おかげさまで私も自由になれました…王太子妃は私には重荷でしたので。それに、他の女にアッサリ靡く男なんてこちらから願い下げです」

「ははははは! それなら一肌脱いだ甲斐があったかのう」

「えぇ、感謝致します。それに…国と距離を置くことも出来ましたし」

 一の姫のスッキリとした横顔を見て少女はふんわりとした柔らかい笑みを浮かべた。その微笑みは慈愛に溢れていた。



「すまんかった」

 少女は領主館の執務室に入るや否や、辺境伯家当主の男に頭を下げた。

「…顔を上げて下さい。結果としては良かったと思っております」

「それでも一の姫の婚姻の邪魔をしたのは変わらんからのう」

 少女の言葉に当主は小さく笑う。本当に、古の賢者様達は私達一族にとことん甘い。


 フォークス山脈のお膝元に、エルフが住まう様になったのは遠い遠い昔のこと。豊かな自然に囲まれたフォークス山脈はエルフ達にとっての安住の地であった。それは人間が近くに住むようになり徐々に変化が起きていった。エルフとは不老長寿の一族で精霊と親しみ自然を愛し、穏やかな日々を何より愛する者達だった。エルフの見た目は麗しく、その美しさ故に人間に連れ去られる事が増え、危機感を抱いたエルフは人間の中でも古くから隣人として良好な関係を築いていた今の辺境伯家の祖に協力を仰ぎ、フォークス山脈の麓の森に「人払いの術」を施した。精霊達も協力して組み上げた術式は精霊との親和性が高い人間には効力が薄いが、辺境伯家は精霊とも親しく接していた為、彼の一族だけは森の奥まで入ることが出来た。

 やがて国が興り、フォークス山脈は王国の領土と決められ、辺境伯家が興された。

「良いのです。王家からの要望は年々度を越していましたし…正直な所、娘を王太子妃にするもの反対していたんです。ただでさえ、うちに嫁入りした曾祖母様が当時の王姉だったんですよ『王家と辺境伯家との繋がりを強化したい』と言われても…曾祖母様では不十分だったということでしょうかね?」

 辺境伯はそう言って肩を竦める。

「それにあわよくば、こちらの手がける商品を全て手に入れたいという欲が見え見えでしたよね」

「ははははは…人間とは心底欲深いものだからなぁ」

 くつくつと笑う少女は王太子に抱き着いて可愛らしく震えていたのがウソのように老獪な雰囲気を隠すこともしない。

「おや、私達も人間ですよ?」

「…お前達はなぁ、確かに欲深いが…何と言うか斜め上なんじゃよなぁ」

「? そうですか?」

 不思議そうに首を傾げる姿に少女はふわりと距離を詰めて辺境伯の鼻先をギュムッと摘まんだ。

「お前達は自身の欲に素直じゃが、他者に迷惑かけるような事はせんじゃろ」

「それはそうですよ。人として当たり前でしょう?」

 何を当たり前な事を言いたげな態度に少女は目を細めてふんわり笑う。

「そういうお主らじゃからこそ、我らは気を許す。可愛く思うんじゃ」

 薬を作るのは「大切な人が健康でいて欲しいから」美味しいものを考案するのは「他の誰かの喜ぶ顔が見たいから」そういう行動の根底にあるのは「自分ではない誰かの為」であること。その考えは子々孫々、絶えることなく途切れることなく継承されていった。

「…本当に愛い者達じゃよ」

 そう言って愛おし気に辺境伯の頭を撫でる少女の姿に辺境伯は困った様な、擽ったい様な小さな笑みを浮かべて撫でられる事を許容した。


何となく思いついて書きなぐったもの。

続きなんてどこにもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。