なろう作品における技術者について
とあるなろう作品は読みやすく、主人公が技術者という題材も珍しい。
技術を職業としていた主人公という設定のわりに、機械に関する描写には技術的・論理的な違和感がいくつも存在する。それらが積み重なることで、「本当に主人公は死ぬまで技術者として働いていたのか」という疑問を抱かせてしまっている。
とある主人公は前世が時計技術者である。だがその設定が描写から違和感を感じる。
まず最も気になるのは、時計の種類に対する知識である。
主人公は前世で「時計修理店に勤めていた」と説明されているが、その仕事として挙げられる内容は「腕時計の電池交換」「バンド調整」「メーカーから部品が届かない」といったものばかりである。つまり日常的に扱っていたのは現代のクォーツ時計が中心だったことになる。
ところが物語が始まると、主人公はまるで高級機械式時計専門の職人であるかのように振る舞う。
現実にはクォーツ時計と機械式時計は構造も故障原因も修理方法もまったく異なる。
クォーツ時計は水晶振動子が三万二千七百六十八ヘルツで発振し、それをICが分周してモーターを動かす電子機器である。
一方、機械式時計はゼンマイ、輪列、脱進機、テンプだけで精度を維持する精密機械である。
町の時計店ではもちろん機械式時計も扱うが、四六歳まで電池交換を中心に働いていた人物が、初見の異世界時計を分解しただけで原因を特定できるほど高度な技能を持っているとは考えにくい。
しかも主人公は「たまに何十年も前の機械式時計を預かると機嫌が良かった」と語るだけで、本格的なオーバーホール経験や分解整備経験は描写されていない。
これでは経験不足に見えてしまう。
さらに大きな違和感は時計精度に対する認識である。
主人公は中央広場の時計塔を一度見ただけで「伯爵の時計は七分遅れている」と断定している。
しかし時計職人なら真っ先に考えるべきなのは「基準時計が正しいのか」である。
時計塔自体が狂っている可能性もある。
また店まで歩いてきた時間も存在する。
その間に時計塔から何分経過したのかは誰にも分からない。
現代ですら正確な時刻は標準電波やGPSで管理されている。
まして異世界には標準時という概念すら存在しない。
時計塔が正しい保証もなければ、自分の体内時計が正しい保証もない。
それにもかかわらず「少なくとも七分以上確実に遅れています」と断言するのは、時計職人としてはあまりにも不用意である。
時計職人なら「遅れているように見えます」「基準時計と比較したいですね」と言うはずだ。
さらに「正確な時刻が分からない世界」という設定にも矛盾がある。
主人公はこの世界では正確な時刻が分からないことを何度も不満として語る。
しかしその直後には七分の誤差を即座に見抜いてしまう。
正確な基準時刻が存在しないなら、七分という数字自体が導き出せない。
「だいたい遅れている」なら理解できる。
しかし「七分以上」と具体的な数値を示すには、絶対的な時刻基準が必要になる。
物語自身が設定を否定してしまっている。
修理内容にも疑問がある。
主人公は固まった油を布と針で取り除き、曲がった部品を戻すだけで改善させている。
しかし時計用潤滑油は取り除くだけでは意味がない。
古い油を除去した後には洗浄し、新しい油を適量注油しなければ摩耗はむしろ進む。
現実の時計修理ではオーバーホールとは分解・洗浄・注油・調整が一体となった作業であり、「油を拭き取るだけ」という応急処置は時計店ではほとんど行わない。
主人公自身も応急処置だと言っているが、それなら「良くなると思います」とまで自信を持つ理由が薄い。
また、異世界時計は魔石によって精度を維持していると説明される。
ところが主人公は魔石の仕組みを理解していない。
それにもかかわらず「魔石側ではなく機械側が原因」とかなり高い確率で判断している。
魔石が一定の波を出すという知識はあるものの、その波がどのように機械へ作用しているのか理解していないなら、原因を切り分けられるはずがない。
未知の技術が組み込まれた機械を初見で診断できるなら、それは経験ではなく作者の都合になってしまう。
さらに気になるのは、時計を分解する環境である。
高級懐中時計を喫茶店の個室で、厨房から借りた工具だけで分解している。
現実の時計修理ではホコリ一粒でも故障原因になる。
専用ドライバー、保持器、ルーペ、ピンセット、防塵環境が必要である。
まして伯爵家の高級時計を、見ず知らずの十二歳に厨房工具で開けさせるという展開は、所有者の危機感として不自然である。
最後に、主人公の能力が都合よく発揮されすぎる点も気になる。
十二年間時計を一度も分解できずにいた少女が、初めて触る異世界時計を一発で診断し、修理工房が二度見逃した故障を数十分で発見する。
しかも相手は王都の修理工房である。
地方の町工房ではない。
それを簡単に上回ってしまうため、主人公が優秀というより、周囲が不自然なほど無能に描かれている印象を受ける。
総じて、この物語は「時計修理」という題材そのものは非常に魅力的である。しかし、時計の知識を専門的に描こうとする一方で、クォーツ時計と機械式時計の経験の混同、基準時刻の扱い、時計精度の測定方法、潤滑油や整備工程、異世界技術への理解など、細部で現実の時計技術と噛み合わない描写が少なくない。そのため、時計を知る読者ほど違和感を覚えやすく、「時計職人が主人公」という設定の説得力を損ねてしまっている。時計という精密機械を題材にするなら、こうした基礎的な部分を丁寧に積み重ねるだけでも、作品全体のリアリティは大きく向上するだろう。




