第二章 侍女の恋シリーズ
専属医師から懐妊を告げられてから、絶えず酷い吐き気に見舞われました。
侍女長や侍女が水分だけでも取るようにと、一所懸命に私を励まして水分を口に含ませてくれます。
水すら吐き気を催します。それでも周囲の気遣いに応えないといけないと思い、苦しくても飲むように努力していました。
前伯爵家当主夫妻、今は伯爵家当主夫妻に復帰していますが、二人が私を訪ねてきては「せっかく授かったのですから、しっかりと子供を産んでもらわないと困ります。なんですか、つわりは病気ではありませんよ。貴方がそんなことでどうしますか、大事な時期に子供に栄養がいかないようでは困りますよ。」と容赦ない言葉が私を追い詰めていきました。
使用人の中には、痩せた顔色の悪い私を幽霊のようだという比喩する者もいました。
執事と侍女長が見るに見かねたのでしょう。ベッドから起き上がることも辛くなって来た頃に「マチルダ様がいらっしゃいました。」と告げられた。
マチルダは私を見ても驚くこともなく、「体調が悪そうね。大丈夫よ、私が来たんだから心配しなくても元のメリッサになれるわ。」そう言って私の手を握りました。その日からマチルダは私の傍を離れることがありませんでした。
スープを作ってくれて、マチルダが作った特製スープよ。一口飲んだら身体が喜ぶわよ。甘くないしょっぱくない辛くない苦くないスープよ。あら、味がないみたいに聞こえるわ。
明るく穏やかなマチルダが傍にいてくれるだけで、救われる思いでした。マチルダは決して強要するようなことがありませんでした。ただじっと見守って待ってくれているようでした。
スープを一口飲んで、マチルダさんの特性スープをもっと飲みたいでしょうけど、今はまだ早いわね。次から飲めそうなら一匙ずつ増やしていきましょう。そう言って野菜の優しい味がするスープを自ずから飲ませてくれたのです。
湯あみは浸かるだけにしてね、体力を消耗するから。身体が冷たくならないように注意してね。と侍女たちに支持をだします。さっぱりしないと呼吸できないのよ。心も身体もね。
私は、変わることなく吐き気がありましたが、食べることができる時間も増えていきました。
マチルダに「あなたの大切な子ども達のことはいいの?まだまだ小さいのに。こんなに私に付きっきりで淋しがったりしていないかしら?」と問いかけると、「私の子供よ。強くて逞しくて賢いの。私が大切な親友を見守ることを見守ってくれているのよ。」そういって爽やかに笑うのでした。
少しずつ動けるようになると、連れ立って短時間の散歩もするようになりました。
散歩の途中で伯爵家当主夫人に会いました。「ご心配をおかけしました。」と頭を下げると夫人が「元気になったのならいいわ。大事なのは跡取りの子供だから。あなたは無事に産むことだけ考えて頂戴。私がどれほど骨を折ったか考えて頂戴ね。自分の夫まで差し出したんだから。アデマールとの子供でもいればよかったのに」そう言い放ったのです。
私は言い返すことができませんでした。
マチルダが「聞き捨てならないことを言われましたね。貴方の息子さんが仕出かしたことは国王に報告していますよ。あなた方の所業は許されませんよ、処罰は免れないと心しなさい。」強い口調ではないのに、伯爵家当主夫人を威圧する怒気に、夫人が恐れおののいて腰を抜かしたのかその場に座り込みました。その横をマチルダに手を引かれて通り過ぎます。
部屋に帰るとマチルダが、悪い顔をしながら「どうしてくれようかしらね」と言うのです。
学生時代によく目にした光景です。フィンレイ公爵閣下に群がる道理を弁えない女性を前にして、何か企む時にしていた顔でした。
私は懐かしくなって「マチルダは、変わらないのね」といいました。
マチルダが驚いたような顔で、「メリッサが笑った。」と涙を流したのです。
私、笑えた。そう思った瞬間に涙が溢れて止まらなくなりました。
マチルダが、泣けるだけ泣きなさい。そう言って私の傍に座ってゆっくりと背中を撫でてくれたのです。
色々なことが浮かんでは消えていきました。
アデマールに愛された日々は、確かにあったのです。ただ、アデマールが思い描いた王族の一員になるという未来に私がいなかっただけ。それは辛いことだけど受け入れるしかない。
何故、どうしてと考えてみてもアデマールの考えが分かるわけがない。途中からの彼は私の存在を忘れてしまっていたのだから。
産まれてくる子供のことはどうしたらいいのだろう。愛せるのか分からない。
でも、産みたいという気持ちに嘘はない。私の子供なのだから。
散々泣いて疲れて眠ってしまったようで、目が覚めた時は翌朝になっていました。目は腫れていましたが、心はすっきりとしていたのです。
マチルダが、いつものメリッサに戻ったねと言って抱きしめてくれました。
伯爵家当主夫妻は、王宮に呼ばれてアデマールに関することや私に妊娠を強要したことなどの取り調べが始まるそうです。伯爵家の運営については、王宮から財政再建職員が派遣されました。伯爵家夫婦が処罰を受けると伯爵家の存続を考えていかなければならないからです。後継する予定のこれから産まれてくる子供のために財政再建職員が暫くは肩代わりをしてくれることになりました。
伯爵家当主は、隠居することに決まりました。アデマールは消息不明で死亡ということになり、産まれてくる子供はアデマールの子供として届け出ることにしています。
私は財政再建職員の方から伯爵家の執務を教わりながら、産まれてくる子供のための準備をしました。
落ち着いた私を見て、マチルダは、臨月にはまた来るわね、何かあったら連絡すること!そう念を押して、一旦公爵家に帰っていきました。
私は、執事や侍女長や使用人たちのお陰で無事に臨月を迎え、元気な男の子を出産しました。
子供は、顔立ちは前伯爵に似ていましたが、瞳はアデマールの翠色で髪の毛は私のハニーブロンドを受け継いでいました。遺伝とはこんなにも繋がっているんだなと子供の顔を見ながら思いました。
子供の名前は、神の贈り物という意味を込めて、『テオ』にしました。私は自分の手でテオを育てたかったので、3時間おきの授乳やオムツ交換、沐浴とマチルダや侍女長など育児の経験者に教わりながら取り組んでいきました。
テオは私の父親の性格に似ているのか、数字に非常に興味を持つようになりました。私の父がテオにお金の計算などを面白半分に教えたところ、どんどん上達して簡単な帳簿付けを4歳からやり始めたのです。そんなテオが可愛くて仕方ない父と、しっかりお爺ちゃん子になってしまったテオに、私も母も将来が見えるようだと笑ったのでした。
そして、マチルダからエル王妃の侍女の話があり、実家の両親の後押しもあって引き受けることにしました。
エル王妃は、颯爽としていて知識と行動力に優れた方です。考えたことを実行して成功まで導いくことができる能力を備えた方に従事できることは幸せなことです。
職場環境も恵まれていて年齢は違っていても、王妃のことが大好きな仲間と同じ目的を持って働いています。
最近は、国王とも仲睦まじくお過ごしで侍女としても嬉しく感じています。
今はテオの成長が楽しみで、しばらく恋愛はいいかなと思っています。




