第二章 侍女の恋シリーズ
アデマールの拒絶する態度に思考が追いついていきません。何故、どうして、という言葉だけが私の中でぐるぐると繰り返されるばかりでした。
初めて目にした冷たい表情と言葉に、心が冷たくなっていきました。
アデマールは、「あなたに言っておく、今後一切私に関わることを禁止する」そう言ったあと、大きな足音を立て、ドアをバタンと激しく閉め部屋を出ていきました。私は彼から何を言われたのか理解できませんでした。その場に座り込み、ただアデマールが出ていったドアを見つめていました。
どのくらいの時間が過ぎたでしょうか、侍女がやってきて「夕食の時間ですが食堂に移動されますか?」と声をかけてきた。どうしたらいいのか分からない、どうしたら…「暫く一人にしてちょうだい」そう言って侍女を部屋からだしました。ぼんやりとしたまま時間が過ぎていきます。
翌朝、執事と侍女長が部屋に来ました。「奥様、このままでいいはずがありません。差し出がましいとは思いましたが、前公爵ご夫妻に連絡させていただきました。お昼には到着されます。ご準備に入らせていただきます。」私は侍女たちによって身支度を済まされました。
前伯爵夫妻が到着して、私に何が起きているのか説明を求めてきましたが、説明することができません。
執事が一旦落ち着きましょう。奥様も混乱しておられるのです。そう言って応接室のソファーに腰を下ろして、温かい紅茶を飲むように勧めてくれました。
昨日から何も口にしていなかったので、温かい紅茶が、今は現実なんだと知らせてくれたように感じました。
私は、半年くらい前からのアデマールの変化を前伯爵夫妻に話しました。そして昨日言われた『関わることを禁止する』という言葉も。
前伯爵夫妻は大変に驚いて、執事や侍女長にも話を聞いていました。誰にも理由が分からず、皆が混乱するばかりでした。
泣けばいいのか、怒ればいいのか、私は感情をどこに持っていけばいいのか分からず、ただぼんやりとするしかありませんでした。
前伯爵が、アデマールが何をしているのか調査をしよう。何も分からないままでは、対策も何もできないから。アデマールは問題を起こすような性格の子供ではなかった。きっと何か事情があるはずだ。メリッサさん、何か心当たりはないのかね?と少し詰めるように尋ねられました。
突然の様変わりに心当たりなどあるはずがありません。
執事が、本当に突然のことなのです。早急に事情をお調べいたしましょう。と私の代わりに返事をしてくれたのでした。
翌日にぼんやりする頭で、そういえば前のお茶会で話していた高級料理店に行ってみようかしら。何故なのかは分からないけれど、行ってみたいという気持ちになりました。
私は執事と侍女長に説明して出かける準備をしました。
何かを知った方がいいのか知らない方がいいのか、見た方がいいのか見ない方がいいのか、そんなことは分からないのですが、何故かその場所に行ってみたい衝動が抑えられなかったのです。
高級料理店は直ぐに分かりました。お昼時でお店の中は賑わっていました。今は満席だと言われたが、私が一人だと告げると出入り口近くの2人用のテーブルに案内してくれました。
人の出入りや店の中の様子が良くわかる席だが、ゆっくりと食事をしたい人には落ち着かない席だと感じました。私は食事を楽しみに来たわけではないので、軽い食事を注文してお店の中を観察することに集中しました。
1時間が過ぎたころに聞きなれた声がしました。アデマールの声です。
店の店員に、いつもの部屋が準備できているか聞いています。店員が愛想よく「準備できていますよ」というと店員の案内も待たず慣れた足取りで、すたすたと部屋に向かって歩いていきました。彼の隣には、褐色の肌に翡翠色の瞳と黒くて真っ直ぐな髪を腰まで伸ばした妖艶な感じの美女が、彼に寄り添うように腕に手を添わしていました。
お店は忙しい時間帯で、従業員の目も行き届きにくいように感じました。私はテーブルに食事代とチップを置いて二人の後をついていきました。
二人は個室に入っていきました。食事が運ばれ終わるのを待って、ドアの前に立ちました。中から声が聞こえてきます。
女性の声で「マール、気持ちは決まったのかしら?私を選んでくれるのでしょう?」少し鼻にかかった色気を感じる声で話しかけています。
アデマールが「気持ちは決まっている。もう少し我慢してほしい。そんなに長くはならない。」そして二人がキスをしているのが分かるくらいの卑猥な声と音が聞こえてきます。
呆然と立ち尽くす私。店員が声をかけてきて我に返ることができました。私にできたことは、その場を立ち去ることだけでした。
選ぶって何を?決まったって何が?長くかからないってどういう事?
急いで店を出て、待たせていた馬車に乗り込み自宅に帰ります。自分の部屋に何とか辿りつき、執事と侍女長を呼びました。先程の店で自分が見て聞いたことをそのまま話します。
明らかに二人が動揺しているのがわかります。
二人は直ぐに前伯爵夫妻に報告にいきました。
前伯爵夫妻と執事と侍女長と私で話をします。分かる範囲内の調査結果も聞きます。
執事から説明が始まりました。
1年ほど前からスニア前王女の国の者と思われる容貌をした男性が、アデマール様に接触してきていたようです。
アデマール様は、最初は相手にしていなかったようですが、半年ほど前から女性が加わってきたころから話し合いを持つようになってきました。
その女性というのが、先日、若奥様が見かけられた女性と容姿が似通っていることから同一人物だと考えられます。そして、その女性とは 3、4ヶ月前から深い中になっているようです。
向こうの国が何の狙いでアデマール様に接触してきているのかまでは掴めていません。
説明の途中で執事が上級使用人に呼ばれた。急ぎの用事なのか確認して「若奥様、ご実家から急ぎの要件だそうです。」そう言って手紙を渡された。
手紙には父親の字で、至急確認してほしい。瓶缶の材料費の支払いが数カ月滞っているそうだ。アデマール様からの申し出で会計管理をお願いしているはずだが、忘れておられるのだろうか?もし忘れておられるようなら至急払い込みをお願いしたい。
私は嫌な予感がした。
申し訳ありませんが、伯爵家の会計簿を確認していただけませんか?と前伯爵家当主に願い出ました。
手紙を見せると、少し嫌な顔をされたが執事に会計簿を持ってくるように指示をされた。執事は上級使用人に直ぐに会計簿を持ってくるように指示をだしました。
そして、私を見ながら「子どもでもいれば、アデマールが他所に気を向けることもなかったんじゃないか?」と言われたのです。執事と侍女長は思うところがあったようですが、前伯爵家当主に意見するようなことが言えるはずもなく、私は黙ってその言葉を聞きました。
会計簿が届いて前伯爵家当主が直近のお金の動きを確認して、「このお金の動きは何だ?」そう言って焦るように会計簿を確認しだしました。
半年前から少しずつ収益が他国の銀行口座に振り込まれています。最近では今までの貯蓄も全て他国の銀行口座に移されているようです。口座の名義は、アデマールになっています。
これでは国内の支払いができるはずがありません。現状、伯爵家も数カ月前から負債を抱えていることになります。
直ぐにアデマールを呼べ!前伯爵家当主が唾を飛ばしながら真っ赤な顔で執事に命令しています。
執事が慌てて使用人たちに支持を出します。
そして日が暮れる頃にアデマールが帰宅したのでした。




