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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
第4章 青星の花

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サムシング・フォー #4-4

 マリックがあらゆる公務に追われ、ミアが王太子妃としての教育に明け暮れている間に結婚式当日はやってきた。


 昨晩から王宮の外で国民たちがお祭り騒ぎし楽しんでいる様子が窓から見えており、マリックはいよいよこの日が来たと朝からソワソワ落ち着かない。化粧やヘアセットに時間がかかるミアと違い、準備を早々に終えたマリックはミアの部屋の前をウロウロと何往復もしていた。背中に隠した手にはミアにサプライズするブルースターの花束。今朝がたマリックが早起きをして摘み、不器用ながらも精一杯にラッピングした。


「ふぅ」


 緊張をごまかすように息を吐くと、準備が終わったのかガチャンと内側から扉が開かれた。ビクリとマリックは姿勢を正す。


 顔を出したのはミアの側付きの侍女だ。侍女はマリックの姿を見つけると幸せそうな笑みをますます深めて「あらあら、まあまあ」と口元に手を当てた。だらしなく緩む頬を隠すためであろうが全身に漏れている。


「ミアさま、マリックさまがお待ちです」


 急かすというよりもマリックを招き入れてもいいかと確認するような口調だ。呼びかけに部屋の奥から「はい」とミアの承諾を含む返事が聞こえる。


「入るぞ」


 念のため声をかけ、マリックは侍女が開けてくれていた扉からそっと中を覗いた。こんな時くらい堂々としていればよいのに、待たされた時間に比例して緊張が増し体がうまく動かない。震える手で扉を押し開けて体を隙間にねじ込み、マリックは息を呑む。


――綺麗だ。


 パールホワイトをベースとして金をあしらったウェディングドレスに身を包み、ところどころにマリックが贈った青色のアクセサリーが煌めく。もとより陶磁器のように美しい肌によくマッチした色合いの衣装と装飾品はまさにミアのためだけに作られたもの。彼女の薄桃色の髪は綺麗に結われてシルエット全体に華やかさを与え、アメジストの双眸が一層際立って見える。


「……本当に、綺麗だ」


 天使か女神かと思うくらい。マリックが伝えるとミアは柔らかにはにかんだ。


「マリック王子もとても素敵です」


 マリックもまた純白をベースに青と金の装飾を加えたタキシード姿である。ミアと並んだ時に違和感がないようにと考えられたものだが、マリックの褐色の肌に群青の髪、青緑色の瞳が白によって引き立つようにも設計されている。


 自然と寄り添ったマリックとミアに侍女が声をかけた。彼女もまたまるでこの世のものではないものを見たと言うようにしばらく呆けたように立ち尽くしていた。


「おふたりが並ぶと、まるで絵画のようにお美しいですね」


 やがて侍女から発せられた言葉に嘘がないことが分かり、マリックも安堵した。


 安心すると緊張もいくらか解ける。マリックは花束を渡すなら今だとミアの前にひざまずいた。流れるように背中に隠していた花束をミアのほうへと差し出す。


「ミア、これを」


 今までで一番陳腐な贈り物だろう。金も時間もほとんどかかっていない。ブルースターはサラハのどこにでも咲いている花だ。マリックがミアを想い、たくさんの花の中から出来るだけ形や色が綺麗なものを選んだくらいで、それ以外は本当に何の変哲もない花束である。


 だが、ミアはその花束を前にして目を見開いた。言葉が出ないのかハクハクと開口と閉口を繰り返している。


 贈り物はこれで終わりではない。


「花嫁には、何かひとつ古いもの、何かひとつ新しいもの、何かひとつ借りたもの、何かひとつ青いもの。そして、靴の中には六枚の銀貨を、だったな」


 マリックはポケットに忍ばせていた銀貨を六枚取り出す。サラハで使われている貨幣のうち、銀貨は一種類だけ。普段は当然金など持ち歩かないが、この日のために王宮内のいくつかの雑用をしてまで従者たちから集めた銀貨だ。


「俺は何に変えてもミアを幸せにすると誓おう」


 マリックに優しさや強さや愛を教えてくれたミアのためならなんだってできる。どこへだって行ける。


 マリックの人生はミアによって大きく変わったのだ。


 ミアはいよいよ黙りこくった。というよりも、喋れなかったというほうが正しいだろう。ミアは宝石のようにまばゆい紫の目にいっぱいの涙を溜め、唇を震わせている。ここで泣いてしまったら化粧が崩れて侍女に迷惑がかかるうえ、これから始まる多くの儀式や式典のスケジュールを遅らせてしまう可能性がある。真面目なミアはそんなことを考えたのだろう、必死に涙をこらえてくるりとドレスをひるがえした。マリックを視界から消し、ミアは窓の外に昇り始めた太陽を見つめる。占い師によると今日は快晴だ。


 すうはあと呼吸を整える息遣いが聞こえたかと思うと、振り返ったミアは朝日をいっぱいに背に浴びて笑う。


「それでは、私も。マリック王子とともに人生を歩むことを誓いましょう」


 涙を飲み込んで浮かべた笑みは美しく、マリックの胸に幸せを募らせる。


 初めて出会った時から運命だった。見かけだけでなく魂に引き付けられていたのだろうと今ならわかる。運命に翻弄され、時には自身のこれまでの生活や性格を否定して矯正されるような苦しいことがあった。それでもミアのためなら不思議と立ち向かえた。マリックの人生はミアによって変えられるためにあったのだと告げられても違和感のないほどに。それほどマリックはミアを愛していると今なら言い切れる。これから先どんな苦難が待ち受けていようとも、ミアとなら乗り越えていけると言い切れる自信もある。


「行こう」


「はい」


 マリックはミアの手を取り、部屋を出る。


 歩くたびにふたりから白と金と青色のきらめきがこぼれる。砂漠の風に舞う砂のように。



◇◇◇◇



「こうして、サラハ国の王子マリックと旅商人であったミアはいつまでも幸せに暮らしましたとさ」


 ベッドの上、幼い少女に物語を聞かせていた男はウトウトとまどろむ子供の髪を撫でた。絹のような髪は両親の髪色の特徴をちょうど半分ずつ受け継いだらしく、砂漠で見る夜空を思わせる青紫色。色とりどりのガラスランプに少女の髪が照らされるとオーロラのように艶めいて見える。


「パパ、幸せ?」


 現実と夢の境でぼんやりと父を見上げる眼は朝日に輝く海のように淡い青色だ。父のものとも母のものとも違うが、やはりどちらの特徴もちょうど半分ずつ受け継いでいるからこその色だろう。


 父親であるマリックは優しく娘の額に口づけを落とし、目を細める。


「ああ。今もずっと幸せだ」


 結婚する前から結婚した後まで、以来ずっと幸せでない日などなかった。それはきっと明日以降も同じ。どちらかが永遠の眠りにつくまで続くだろう。いや、どちらかがいつか離れる日が来ても幸せだった日々を思い出してまた幸せに生きていける。


 マリックの答えに満足したのか少女はマリックに背を向け、マリックのちょうど向かい、少女の左隣で微笑む母、ミアを見つめる。


「ママも幸せ?」


「もちろん。ずっと幸せよ」


 ミアはにっこりと笑みを浮かべてマリックがそうしたように少女の額にキスをした。


「さ、おやすみなさい。私の愛おしい子」


 ミアの優しい声に少女は今度こそ安心したようにうなずき、マリックとミアのあたたかさに挟まれながら瞼を閉じる。呼吸はすぐに寝息に変わり、少女は夢へと誘われた。


 我が子の愛らしい寝顔を十分に堪能したマリックはミアに視線を送る。同じタイミングでミアもマリックに目を向けた。ふたりの視線が自然と交わって真綿のような心地のよい空気が流れる。


「愛してる、ミア」


「ええ、私もよ。マリック」


 マリックは子供を起こさぬようにそっとミアに口づける。


 砂漠に囲われ、オアシスを中心に栄えた国サラハ。穏やかな夜空に瞬く淡い青星がひとつ、マリックたちの寝顔を優しく照らしていた。



 明日も、その明日も、もっと先の未来も。マリックとミア、そしてその子供たちの幸せな物語は続く。


『サムシング・フォー』と題されたこの物語がサラハの人々に、いや国を超えて多くの人に語り継がれる日が来るのはもう少し先のことだ。


 皆さま、『サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~』に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

 マリックとミア、そして子供たちに訪れる幸せが、皆さまにもたくさん降り注ぎますように。

 気に入ったぞ! という方は、よければお話の下にある☆をぽちっとしていただけますと幸いです*

 それでは、ぜひまた次回のお話で皆さまとお会いできることを楽しみにしております。

 お付き合いくださりまして、本当にありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
素敵なお話をありがとうございました!ハッピーエンドでよかったです~~! 序章の懐疑的な顔をしながら読んでいた私にそんな事ない!って叱咤したいです。 この「サムシング・フォー」がサハラを超えて、この物語…
2026/01/07 05:39 数屋 友則
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