サムシング・フォー #4-3
青色のものと言われて人は何を思い浮かべるだろうか。
空や海といった手に入らぬものから宝石やドレスに靴、ティーカップや皿、絨毯に毛布、文房具まで。
ミアと約束をしてから一週間後、マリックのもとにはサラハ国内に五万とある青いものが集められた。もちろん手に入らぬものは置かれていないが、それにしてもどこを見ても青、青、青……。見ているうちにだんだんと夢か現実かもわからなくなるような圧巻の光景だ。
青色のものを集めてくれとしか頼まなかったマリックのせいでもあるが。
「これは……、想像していた以上に大変だな」
マリックは腰に手を当てて届けられた品物をざっと眺める。
花嫁に身に着けさせるものとして、さすがに装飾品にはなり得ないだろうと思われるものは除外していく。大きな絨毯、象の置物、ガラス製の重石や食器、絵画。グラスはミアが持つものに選んでもよいかもしれないなと一時は保留して、しかし、後になってそれは間違いだったとやはり除外した。
当然と言えば当然であるが、残ったのはドレスやスカート、リボン、宝石、アクセサリー。その他にはスカーフやハンカチ、ヘッドドレスなど身に着けるものだった。それでも数千種類はある。一体どこからこんなに集めてきたのだろうかとマリックはそれらを手に取り眺めた。
そこからの選別作業は更に気が遠くなるようなものだった。似たようなデザインの中から、デザイナーとともにすでに用意されている服装やアクセサリーと合わせて違和感のないものを選んでいく必要があったし、品位を損なわないものであることも重要だった。偽物の宝石などは論外だ。宝石は鑑定士を呼びつけ真贋を見極めた。衣服や布類の生地や色味についてはデザイナーだけでなく実際に衣装を製作している職人にも良し悪しを判断してもらった。
ほとんど寝ずの作業が続き、三日が経ってようやく百ほどに品物は絞られた。その状態での判断は危険だと周囲から止められ、マリックは仕方なく手を止めたほどだ。刻一刻と結婚式の日は近づいてきており、他の準備も進めなければならない。
青いものなど簡単に見つかるだろう。そう考えていたマリックもいよいよ考えを改めた。
自分がこれだと思った最良ものをミアに渡したい。そんな思いが強くなればなるほど、選定作業は慎重になり時間もかかる。
マリックは側近から無理やり与えられた休息時間を持て余しながら深く息を吐く。
――愛する人にプレゼントを贈る行為がこれほどまでに大変だったとは思わなかった。
世の男性はいかにして最愛の女性へ贈り物をしているのだろうか。聞いてまわりたい。
と、マリックはちょうど自室へ飲み物を持ってきた側近を見つけた。男の指には結婚指輪がしかと輝いている。
「お前はどうやって選んだんだ?」
「は?」
グラスをサイドテーブルに置いた側近の男は言葉足らずなマリックに訝しげな目を向けた。
「プレゼントだ。お前、妻に贈り物をしたことはないのか」
「それは、まあ……何度か」
「何度も? こんな作業をひとりでか?」
「いえ、王子ほどでは。自分のような一庶民は選択肢が限られますから」
「そうか。だが、だとしてもだ。アクセサリーだっていくつも似たようなものがあるだろう。何を基準に選べばいいのかまったくわからんのだ」
これまで与えられるばかりだったマリックは誰かのために物を選ぶという経験がない。なんなら自分のためにすら選んだことはない。欲しいものはなんでも手に入ったし、どちらか片方だけなどと悩む必要すらなかった。
側近の男はマリックに頼られて嬉しいのか、困惑と喜びを半分ずつ顔に出しながら考えるように腕を組む。
「早く答えろ」
マリックが急かすと、男はポリポリと頭をかき自信なさげに応えた。
「ええっと……、おそらくですが、物はなんでもよろしいかと」
「はあ?」
予想もしていなかった回答にマリックはつい苛立ちを露わにしてしまう。だらりと腰かけていたソファから背中を浮かせ、自分は真剣なのだとアピールするために姿勢を正して座りなおす。側近の男も慌てた様子で「決して投げやりに答えたわけではありません」と付け加えた。
「妻に言われたことがあるんです。プレゼントはもちろんですが、そのプレゼントを選んでいる間、自分のことを考えてくれていることが嬉しいと」
「ミアのことを考えている時間……」
マリックはポカンと口を開けた。目からうろこが落ちるとはまさにこのようなことを言うのかもしれない。考えたこともなかったが、言われてみればマリックもミアが自分のことを想ってくれている時間を感じる瞬間こそ最も喜びを覚える。
「なるほど、続けろ」
「ですから、お相手のことを考えて差し上げることが何よりのプレゼントなのかもしれないと言い聞かせて、色々と選んでいるといいますか」
側近の男は言ってから羞恥ゆえの気まずさをごまかすように頭を下げた。
「で、では、自分はこれで」
「ああ、助かった」
下がろうとする男にマリックが礼を述べると男は驚いたように目を見開き、軽やかな足取りで部屋を出ていった。
マリックは従者の背中を見送って、グラスに口をつけた。爽やかな柑橘の果実水が思考をクリアにしていく。
「……ミアのことを想って選べば、それだけでいいのかもしれないな」
自分は難しく考えすぎてしまっていたかもしれないとマリックは机の上に並べていた品物の数々を見て思う。砂漠でジルコニアを探していた時のように気合を入れ過ぎて空回りし本当に大切なことを見落としていたのかも、と。
マリックは膝の上に手を置き、両手を静かに組む。目を閉じ、瞑想するようにミアを頭に思い描いた。美しい花嫁姿のミア。頭には蒼鋼を埋め込んだティアラを載せ、満月の首飾りをし、青色ジルコニアの指輪を嵌めたミア。そんな彼女に似合うもの。
そんな彼女に、マリックが贈りたいもの。
今までのミアとの生活を思い出す。
街の一角、屋台や露店が立ち並ぶ場所で商売をしているミアに出会った瞬間から今日までのことを振り返る。その中でミアが好きだと言ったものはなんだっただろうか。ミアが喜んでいたものは……。
しばらく考え込んでいたマリックは思い出してハッと顔をあげた。
「花だ」
ミアが一番気に入っていた花を花束にして渡そう。
花であればマリックひとりの力で手に入れることができる。結婚式当日の朝、ミアが気に入っていた王宮の中庭に行き、咲き誇る花を摘むくらいならマリックにだってやり遂げられる。誰の力も借りず、権力や金に物を言わせる必要だってない。大したものではないかもしれない。だが、それが何だと言うのだ。ミアはきっとそうしたもののほうが喜ぶ。マリックがミアのためを思い、マリック自身の力と思いだけで成し遂げることこそミアにとっては大切なことだ。
幸いにもミアが好んだ花はサラハ原産の国花、淡い青色が特徴的なブルースターだった。
マリックはついに相応しいものを見つけた達成感を噛みしめ、早速部屋を飛び出した。




