サムシング・フォー #4-2
結婚準備のひとつに衣装選びがある。
マリックとミアの結婚式では場面に合わせて朝と昼、夜の三回色直しが行われることとなった。
両親や親族、国政に関わる貴族たちへの挨拶にはフォーマルなものを。国民への声明発表時には華やかで伝統的なものを。外交関係にある諸外国の要人を招く晩餐会にはクラシックながらダンスや食事に備えてカジュアルなものを。ただし、どれもデザインは統一感のあるものにと決まった。採寸や試着は別々に行うため、実際の衣装のお披露目は当日まで互いに秘密だ。
が、王宮のデザイナーとの打ち合わせの最中、ひとつだけミアがあることを告げた。
「これまでマリック王子が私のために集めてきてくださったものを装飾品として身につけたいのです」
彼女の要望にマリックもデザイナーも顔を見合わせる。先に返答したのはデザイナーだった。
「それは名案です。おふたりの愛の象徴ですし、結婚までの美しいストーリーがお客様がたにお衣装を通して伝われば結婚式も盛り上がります」
なるほど。そんなことまでミアは考えているのかとマリックが感心すると、ミアは曖昧に微笑んだ。それは、やや的外れだがそういうことにしておこうと考えている時のミアの反応だ。初めて見る人には分からないため相手の気を悪くさせることはない。何度かそうしたミアの反応を見てきたマリックにだけ分かる表情と言える。
結局、衣装に関する打ち合わせはデザイナーの機嫌もよいままにつつがなく終わった。
デザイナーが去ってふたりきりになった部屋でマリックはミアに問う。
「本当の理由はなんだったんだ?」
問われたミアはマリックの質問の意味を考えていたが、すぐ自身の告げたわがままに思い当たったらしい。ミアは照れくさそうにはにかんだ。嘘やいたずらがばれた子供みたいな笑い方がいじらしい。
「ふふ、マリック王子にはかないませんね」
「こう見えても嘘を見破るのは得意だ」
「嘘ではありませんが……、実は、私がもともと住んでいた国にはとある言い伝えがありまして」
ミアはもったいぶるようにそこで切った。まるでいつぞやのおとぎ話を始める時のように。マリックは「焦らすな」とミアに続きを促す。
ミアは語り始めた。砂時計の話をして以来の吟遊詩人然とした口調で。
「私の国には古くより結婚にまつわるこんな言い伝えがあるのです。結婚式当日、花嫁には四つのものを身に着けさせなさい、さすればその花嫁は幸せになれるでしょう、と」
「四つのもの?」
「何かひとつ古いもの、何かひとつ新しいもの、何かひとつ借りたもの、何かひとつ青いもの。そして靴の中には六枚の銀貨を」
歌うようなミアの言い回しにうっとりとしつつ、マリックは指折り数えたそれが五つあることに気づく。
「五つではないか」
ミアはマリックのツッコミを予見していたのか「ふふ」といつもの柔らかな笑声を漏らした。
「靴の中の六枚の銀貨は身に着けるというよりも持っておくものとして語り継がれているんです。ですから、正しくは四つのものを身に着け、ひとつお守りを隠し持っておきなさい、と言われています」
納得できるような、できないような。しかし、伝承なんてものはそんなものかとマリックはそれ以上言及することなく次なる疑問をミアにぶつける。
「だが、今ミアが言ったものと、蒼鋼やセシルの充電器とは何の関係がある?」
「あら、お分かりになりませんか? それぞれのものには意味があります」
「意味……」
「ええ。分かりやすいのはセシルさんの満月のネックレスでしょうか。あれは、セシルさんからお借りしたものだと私は理解しています」
「つまり、何かひとつ借りたものというのがセシルの充電器だと?」
「その通りです」
「では、古いものは……」
考えて、マリックは残るふたつの品を思い浮かべる。蒼鋼か、青色ジルコニアか。ジルコニアは古いというよりは永遠を表すように思える。対して蒼鋼は過去の栄光だ。
「蒼鋼だな」
マリックの推理は当たっていたらしい。ミアは正解を示すようにうなずいた。
「では、青色ジルコニアは? 青いものか?」
「いえ、新しいものです」
「新しい? あれが?」
「青色ジルコニアは砂時計を壊して初めて手にできるもの。砂時計を壊した時、時を止めていた国が新しい時代を刻み始めたのですから」
「ふむ、なるほど……」
ロマンチックだなと愛らしいミアの髪を撫でつけながら、マリックは「いや」と手を止めた。
「ひとつ足りない」
マリックが指摘すると、ミアはまたしても正解だと言うように首を縦に振る。だが、同時に「みっつとも青いものですよ」とミアは付け加えた。
「どれも青ければ、ひとつ足りなくてもいいのか?」
「ううん、どうでしょう。せっかくならば、もうひとつ青いものを探したいとは思いますが……」
ミアは珍しく言葉を濁した。
これもマリックにだけ分かる彼女の癖だ。ミアは自分のことを大切にするのと同じくらい、他人を大切にして生きている。言いたいことがあっても相手を尊重したいと思う時、彼女は必ず言葉を濁すのである。不器用なミアのわがままを聞いてやれるのはこの世にたったひとりだけ。マリックはその事実に誰に対してでもなく優越感を抱く。同時に、ミアが気兼ねなく甘えられる相手になりたいと思う男心がくすぐられ、マリックは生まれ持っての傲慢さと横暴さでつい口にしてしまうのだ。
俺が叶えてやろう、と。
ミアは自信満々に胸を張るマリックに甘やかな慈愛に満ちた瞳を向ける。期待のこもったまなざしをミアから向けられることほどマリックの自尊心を高めるものもない。
「よいのですか?」
「ああ、もちろん」
答えてから、待てよとマリックは考えた。
今までマリックはミアに言われるがままに贈り物を求めて奔走してきたが、自ら選んで彼女にプレゼントをしたことは一度もない。
ならば。
「俺が選んでもいいだろうか?」
マリックの提案にミアはかすかな驚きを見せた。が、すぐにその表情に喜びの色が現れる。
「よいのですか?」
「ああ。ミアに最高のプレゼントを贈ってやろう」
マリックは約束だとミアの額に口づけた。ミアはそれが一番のプレゼントだと顔をほころばせながらも、マリックをたてるように「楽しみにしています」と朗らかに笑った。
かくして、最後の宝探しが始まる。
結婚式の花嫁を飾り立てる最高の青色を求めて。




