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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
第4章 青星の花

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サムシング・フォー #4-1

 砂漠から戻ったマリックとミアはみなからあたたかく迎えられた。マリックが不在の間に仕事はいくつも溜まっていたが、旅の疲れもあるだろうとマリックにはしばらくの休暇が与えられた。


 マリックは休暇を使って早速ミアを両親に紹介し正式に婚約を伝えた後、ミアを連れてサラハ国中を回った。ミアのことを今までいかに考えていなかったか、砂漠でマリックが感じた自身の情けなさを払拭するための自己満足に近い行為であったが、ミアは大層喜んだ。


 旅商人であるミアはやはり自由に外を旅するほうが性に合っているらしい。目にするものすべてに興味と好奇心を抱く彼女は幸せに満ちていた。マリックもミアとの旅には満足感を覚えた。


 婚約の契約を交わしてから三か月以上。ようやくふたりは本当のカップルのように日々を過ごすことができたのだった。


 休暇最終日の夜。城へと戻ったマリックは不満を露わにする。


「休暇とはなぜこうも短いんだ」


 旅の心地よい疲れと控えた仕事への嫌悪感を全身で表現するかのようにマリックはだらしなくソファに寝そべった。ミアは旅行先で手に入れた品物をひとつひとつ手に取りながら諭すような口調で相槌をうつ。


「楽しい時間というのはあっという間に感じるものですし、それだけよい休暇だったということなのでしょう」


「それはそうだが……。仕事がなければもっと楽しめる」


「私は働くことも楽しいと思いますけど」


 ミアは窓の外、どこか遠くへと視線を投げた。商人の仕事を気に入っていた彼女から仕事を取り上げてしまったのはマリックだ。ミアは嫌味や皮肉を言ったつもりは一切ないだろう。だが、マリックにはミアの言葉が引っかかる。


「……旅商人に戻りたいと思うか?」


 明日からの仕事、その中には結婚準備も含まれる。一国の王子が嫁をとるのだからそれはもう盛大な式典だ。結婚に必要な衣装の手配や会場の準備はもちろん、サラハの国民たちや外交関係のある近隣諸国への声明文の検討、式典への招待状作成に結婚式の返礼品やそれらに関わる費用の算出など。すべきことは山積みだった。


 この仕事を完遂させた時、ミアはいよいよ王太子妃となる。旅商人には戻れない。


 できることならマリックは愛するミアの願いを叶えてやりたかった。もしもそれが旅商人に戻りたい、婚約を破棄したいとミアが思っているのであれば……悩ましいことだが、それを叶えてやることが本当の愛なのかもしれないとも思っていた。


 だが、それをそのまま伝えればミアは遠慮するだろう。思いを押し付けたい訳ではない。マリックは本心がばれぬよう細心の注意を払ってミアの横顔を盗み見る。


 ミアは「ううん」と悩ましげな声をあげた。


「どう、なんでしょう」


 ミアは目線を窓からテーブルに並べられた各地の土産品に戻す。高名な旅商人の少女が選んだ品はどれも一級品で質がよい。各地の文化を象徴する面白いものばかりだ。屋台を出せばそれこそ多くの客が足を止めるだろう。商人としてのセンスが充分に備わっていることは誰の目にも疑いようのないラインナップである。


 ミアはそれらをひとしきり眺めて呟いた。


「……戻りたくない、と言うと、嘘になってしまうような気がします」


 マリックの胸がチクリと痛んだのは一瞬で、すぐに予感していた通りの回答に納得する気持ちが心中を満たす。


――やはり。ミアならそう言うと思った。


 悲しみ。切なさ。怒り。悔しさ。苦しみ。やるせなさ。諦め。いくつもの感情が混ざり合い、重なって心に積もる。


 今夜は婚約を解消する最後のチャンスだ。


 マリックは唾を飲む。散々覚悟を決めてきたつもりだったのに、いざ別れを告げようと思うと情けないほど声が出ない。マリックは口を開いては閉じ、呼吸を整え、また開いては閉じた。何度か繰り返し、ようやく声を絞りだせるだけの踏ん切りがついたところで、


「ですが」


 ミアがマリックの言葉を遮った。


「それと同じくらい、今はマリック王子の妻になりたいとも思っています」


 ミアの麗しいバイオレットの瞳がマリックをまっすぐに貫く。彼女の顔は真剣で、どこか切実な祈りすら含んでいた。ミアもまたマリックと同じく覚悟を決めていたようだ。かすかに湿り気を帯びて震えた声が気持ちの強さを滲ませる。


「それこそ出会いは最悪で……、あなたと結婚なんて絶対にしないと思っていました」


「そう、だったのか」


「だって、街で聞くあなたの噂ってろくなものがひとつもなかったんですもの。民を平気で虐げるだとか女遊びが激しいだとか。わがまま放題で」


「それは! ……っ、いや、なんでもない」


 反論しようとして、過去の自分はそうだったとマリックは自身の行動を顧みる。返す言葉が見つからずうなだれる。ミアはマリックの様子にようやく固い表情を崩して苦笑した。


「実際、無理やり城に連れてこられて幽閉されたようなものでしたから。印象は最低でした。ですが、あなたには身分も権力もある。不興を買えば殺されるかもしれない。そう思ったのです」


「……それで、あんな無理難題を?」


「ええ。婚約の条件にと言えば、あなたも簡単には私を殺さないだろうと。しばらくの時間稼ぎにもなりますしね。その間に王宮内に味方を作ったり、脱走するための計画を練ったりしようと考えて」


 ミアはさらりと恐ろしいことを述べる。やはり聡明な女性だ。マリックは自身には考えもつかなかった裏側を聞いてゾッとするよりも、よく待っていてくれたものだと安堵さえ覚えた。同時、疑問も湧き上がる。


「どうして、そうしなかった?」


「……初めて物語をお話した時、あなたが泣いているのを見て思ってしまったんです。ああ、この人はみなが言うほど悪い人ではないのかもしれない、と」


 ミアはその時のことを思い出したのか「ふふ」と小さく笑った。


 マリックは自身の顔にぶわりと熱が集まったのを感じて咄嗟に寝返りを打つ。背中越しにミアの愛らしい声が届く。


「本当は子供のように素直で優しく、純粋な部分がおありなのかもしれないと思うと、私のために蒼鋼を探しに出かけたあなたを嫌いにはなれませんでした」


 商人として蒼鋼が本当に手に入るかもしれないという期待もあったと付け加えられる。ならば、蒼鋼を受け取ってから姿をくらましてもいいかもしれないと。


 そんなことを考えていたのかと驚き、マリックは無意識のうちにミアのほうへ振り返る。


「だが、お前はそうしなかっただろう」


「ええ。まさか国ひとつを買い取ってくるなんて想像もしていませんでしたから」


 ミアは笑みを深める。柔らかに弧を描く瞳には慈愛の色が宿った。


「ですが、そのことであの国の方々は真の意味で救われたのだと理解したんです。あなたの裏表のない豪胆さは面白くて……、ヒーローのように思えました」


 それからマリックに対する見方は変わった。自分のためにそこまでするような人はこの先きっと現れない。この人の行く末を見てみたいと思うようになったとミアは続ける。


 風邪をひいて看病をしたのは自分のせいでという罪悪感もあってのことだったが、しかしミアは確実にマリックに惹かれ始めていたのだ。


「決定的だったのは、マリック王子がセシルさんを連れてきてくださった日です」


「あれが?」


「はい。私はそこであなたの変化を強く感じ、そんなあなたを試すような行為をした自分を恥じました。あなたのことを本当に尊敬したんです」


 ミアは息を吐き、ティーカップに手を伸ばす。今までのことを振り返るようなまなざしはあたたかさを孕んだままだ。


 ミアは喉を潤すとセシルと別れてからのことをポツポツと話した。


 マリックに好意を抱いてからの日々は、いつ飽きて捨てられてしまうだろうと恐怖に怯える連続だったこと。せめてみっつの約束が果たされるまでは一緒にいたいと願っていたこと。みっつ目の難題ぶりに自分との婚約を破棄する可能性もあるのではと不安だったこと。マリックのいない王宮で孤独だったこと。身分違いの婚約についてよく思っていない人たちの話を聞いてしまったこと。それでも、マリックにすがって重荷になるようなことはしたくなかったこと。


「結局、我慢できなくなってしまって、あなたを追うように足を運んでしまったんですが」


 ミアは恥ずかしそうにうつむいた。


 あの日、虹のかかる砂漠で見つけた宝物は埋まっていたのではなく自らマリックのもとへやってきてくれたのだ。


 そんなにミアが自身を想ってくれているなんてマリックは微塵にも考えたことがなかった。むしろ、ミアと過ごして色々なことを知れば知るほどミアを自由にしてやりたい思いと抱えた慕情の間に挟まれた。


 だから。


 彼女の本当の思いを知ったマリックはソファから身を起こし、ミアを抱きしめていた。


 強く、強く。もう二度と、彼女と離れないと誓うように。


「ミア」


 マリックが愛する彼女の名を呼ぶと、ミアは期待と不安のこもった目をマリックに向ける。切なく揺れる二藍の眼から今にも涙がこぼれそうだった。


「ミア、愛してる」


 言い終えるや否や、マリックは溢れる感情のままに彼女の薔薇色の唇へ口づけた。

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