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サムシング・フォー ~花嫁に贈る四つの宝物~  作者: 安井優
第3章 砂漠の夢

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サムシング・フォー #3-5

 十日も過ぎると従者たちの何名かが先に帰国した。より長期戦になることを見越して、食料や整備をさらに追加する必要が出てきたためだ。


 国へと帰っていく者たちの背中はどこか晴ればれとしており、マリックはその背に羨望を抱いた。


 二週間が過ぎると、さらにもう半分が帰国した。彼らにも仕事があり、さすがにこれ以上王宮を開けていてはまずいと思われる役職や官職の者たちから離脱した。入れ替わるように追加の食料や備品が届いたが、それらを持ってきた従者たちもまた一時帰国によってさらに家族が恋しくなったようで帰国を希望した。


 以前までのマリックであれば自らのために働けと彼らを拘束しただろう。しかし、今のマリックにそのような横暴さはなく、愛する者を想う気持ちはよくわかると彼らを帰した。


 西の果てを目指した一行も、西の果てには海があるだけで有力な情報は得られなかったと戻ってきた。彼らの中にも離脱を望むものがおり、結局三週間目に突入したころにはマリックとその側近の何名かが残っただけだった。


 何十人もの従者が休める大きなテントはもはやほとんど空っぽで貴重な影を存分に余らせている。色鮮やかだった絨毯は砂にまみれて彩色を曇らせていた。手つかずの食料、飲み物、衣服。どれもこれも出番を待ちわびていて、しかし、中々その機会が訪れることはない。


 マリックは諦めることなく、毎日砂を掘り起こしてはミアの望むものを探し続けた。


 さて、何日が経っただろうか。マリックの側近である従者が、夕暮れの赤を背に受けて一心不乱にジルコニアを探すマリックに声をかけた。


「マリック王子、今日はもうお休みになられたほうがよいかと。日が暮れてきておりますので」


 集中していたマリックはすっかり日が傾いていることにも気づかず、ようやく顔を上げた。目が眩むほどの真っ赤な夕日に我を取り戻す。


「……ああ、悪い」


 人と話す機会が減ったせいで、声がうまくでず掠れた。


 この世の苦渋など何も知らないと言わんばかりに甘く気品あふれていたマリックの顔も今は険しく厳かで、爛々と輝いていた青緑色の目に光はない。


「マリック王子」


 そんな顔を見てか、それとも別の思いがあってか。歩き出したマリックを隣にいた従者が控えめに、しかし意を決した様子で引き止めた。


「なんだ?」


「……もう帰りましょう」


 その言葉はまるで死刑宣告かのように響いた。即座にマリックは否定する。「ですが」と従者も引き下がらない。


「もう三週間も経ちます。進展はひとつもありません。砂粒を探すよりも大切なことが王子にはたくさんおありです」


「いや、だが……」


「なぜ、それほどあの女性に執着なされるのですか。今までのマリック王子は女性にもそれほどの執着があったようにはお見受けできませんでした。たしかにミア殿は美しい。気立ても良いでしょう。商売の才覚にも恵まれ、見識も広いと聞きます」


「そうだ。だからミアを妻にと思っているのだ」


「ですが、身分があまりにも違います。彼女はサラハの民ですらないではありませんか」


 従者に言われ、マリックはハッと目を見開いた。その様子に、従者はマリックを正気に戻せたと思ったか


「王子に相応しい女性はもっと他にもいますよ!」


 とさらにマリックの背を押すように声をかける。


 しかし、マリックが考えていたこととはまったくの見当違いであった。


「……身分の違いなど考えたこともなかった」


 従者に言われて思い出したのだ。マリックはサラハの第一王子で、ミアはただの旅商人であるということを。それは初めて出会った時以来、ずっと忘れていたことだった。


「マリック王子はサラハの大切な次期国王です。国を統べるものが身元の分からぬ旅商人など隣に置いていては国民たちにも示しがつきません。それに、彼女が国家転覆を狙っている可能性だって否定できません」


 従者はまくしたてるように持論を述べ、マリックに「だからもう諦めましょう」と帰りを促す。


 マリックの足は完全に止まった。


「……」


「帰る決心がつきましたか」


「……いや、帰らぬ理由を見つけただけだ」


 マリックの心は今、完全に定まった。


 なぜ自分がミアとは身分の釣り合わぬ人間であると忘れていたのだろうか。それは、ミアがマリックを王子ではなく、マリックというひとりの人間として見てくれたからだ。ミアは最初こそ王子という立場のマリックに緊張や恐怖を覚えていたが、それこそほんのわずかな間だった。一緒にいるうち、ミアはマリックのことを特別な人扱いせずにきちんとマリックへ向き合ってくれていたのだ。


――そんな人は今までミア以外いなかった。


 マリックは幼少期よりたったひとりの国王の愛息として蝶よ花よと育てられてきた。みな、マリックの言うことには従順だった。それは相手がマリックだからではない。マリックが第一王子であり、唯一の次期国王だったからである。恩を売っておけば自分もいずれ国の中心人物になれるかもしれない。莫大な資産を手にすることができるかもしれない。地位や名誉や権力が手に入るかも。マリックと接する人たちすべてが、そんな野心と欲望を腹の内に抱えていたのである。女だってそうだ。マリックの甘いマスクと声音にほだされ、王女になれるかもと幻想を抱いてこそマリックに偽りの愛を向けるのである。


 しかし、ミアは違った。はじめから違う。マリックを王子だとすら思ってもいなかったし、王子だとわかってからもこびへつらうことはしなかった。金でもなんでも手に入るというのに、彼女が望むものはいつだって金でも権力でも手に入れることが難しいものばかり。それらをせっかく手に入れたとしても、彼女はそれを金に換えるわけでもなく、ただ誰かの役に立てるか、自らの思い出として大切に愛でるだけだ。


 黙り込んでいるマリックに従者はいよいよ焦燥を表に出した。


「ただの砂粒ですよ? 青色ジルコニアなどと言っていますが、たかが小さな青い砂です。それを旅商人に言われたからと言って三週間も探すなど! 王子、気をたしかに持ってください!」


 マリックを何とかして連れ帰ろうとする心が透けて見える。この従者も幼きころよりマリックの側で仕え、いずれは王の側近として名をとどろかせることを夢に見ていたのかもしれない。


 自嘲が漏れる。フッと笑うと、従者は怪訝な顔を隠しもしなかった。


「ただの砂粒だからこそ探すのだ」


 言葉にすれば、やはりそれは馬鹿げていておかしい。マリックの口から笑いが漏れる。皮肉めいた冷笑ではなく、気持ちのよい快活な笑声だった。


 突如笑いだしたマリックを気が狂ったと思ったのだろう。従者はオロオロと周囲を見回し、助けを呼ぼうかと算段していた。


 ひとしきり笑ったマリックはそんな従者の背に声をかける。


「おい、お前。お前は先に帰っていいぞ」


「は?」


「帰りたいのだろう。俺を置いて帰ればよい。そんなことでいちいちお前を側近から外したりなどせぬ。だから、安心して帰れ」


「し、しかし……」


「なんだ、不満か? では、こうしよう。俺の代わりに王宮で待っているミアに伝えてくれ。俺はまだただの青い砂を探している、一生かかってでも探すから必ず待っていろとな」


 おつかいだとマリックが笑みを添えると、従者は戸惑いと困惑、安堵と驚きを混ぜて奇妙な顔をしてみせた。


 だが、マリックが本気だとわかると渋々足をテントに向け一礼する。


 マリックは小さくなっていく従者の背を追うこともなく、夕焼け色に染まりつつある砂漠を見渡した。


 一陣の風が吹く。


 柔らかなそれは砂を巻き上げ、夕日の向こうに隠された国を映し出したような気がした。

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