サムシング・フォー #3-4
マリックが西の砂漠へと旅立ってから早一週間が過ぎた。
今まで以上に長期間の遠征になるだろうと予想して準備を整えた。まだそれらの荷物や食料は大量に残った状態だ。だというのに、マリックの脳裏にはすでに帰国の文字が何度も通り過ぎている。何度目か数えるのもやめてしまった。
「……クソッ」
マリックは握りしめていた砂を思い切り砂漠に叩きつける。柔らかな砂はマリックの拳に合わせて形を変え、むしろその拳を抱きとめるように優しく寄り添った。当てもなく黄砂を手に握っては捨て、拾い集めてはまた戻す。そんなことを繰り返し、気が狂いそうになる。
かつて国があったとされる地点は国が滅亡したかはたまた何か別の事情ですでに砂地と化していて、手がかりは一向に見つからない。マリックとは別の部隊がさらに遠く西の果てを目指して旅立っていったが、そちらからもめぼしい報告はあがってきていなかった。
マリックの話を信じてロマンを感じていた従者たちも、三日ほど経つとミアに騙されたのではないかと言い始めた。三日目は否定していたマリックも、今はそうかもしれないと疑心暗鬼になる。ミアが嘘をつかない女性であることなど分かっているはずなのに、それでも今までと違って今回はまったくなんの証拠もないのだ。これまでの二回、どちらも金や権力に物を言わせなんとかなってきただけに、それを封印されて己の無力さが際立つこともストレスになった。
広大な自然を前にすると、人は自分がなんとちっぽけな存在かわかると言う。
マリックは今まさに自身の矮小さを嘆くしかなかった。
「マリック王子、一度休憩なさられては?」
従者が声をかける。マリックの焦燥と悲しみ、やるせなさが相当外に漏れ出ていたらしく、従者の顔は気遣いそのもので強張っていた。
「……悪い」
マリックは目に見えて落胆し、従者に促されるまま遠くに見えるテントへ戻る。サラハ特産の色鮮やかな絨毯は黄一色の砂漠に虚しいほど目立つ。派手だからこそ周囲から浮きたち、孤独を思い出させる。
テントの影で先に休んでいたらしい従者たちが語らいあっている声が聞こえた。
「本当にあると思うか?」
「さあなあ。でも、今までの話は全部本当だったんだろう?」
「だから、三度目の正直ってやつだよ。期待させて落とす。そうすると、ただ落とすよりも相手に大きいダメージを与えられるらしい」
「うわ、何だよそれ。お前、性格悪いな」
「いや、俺じゃなくて。俺の姉ちゃんが言ってたんだって」
「女って怖え~」
どうやら従者たちは年若い青年の集まりだったようで、マリックに気づかぬほど話に花を咲かせていた。彼らもまた大切な家族の元を離れ、マリックのわがままに付き合わされているのだ。愚痴や文句のひとつくらい言いたくもなるだろう。
マリックは彼らの話を聞かなかったことにして
「俺にも影を貸してくれ、少しでいい」
と気さくに声をかけた。
彼らはヒッと息を呑んだが、マリックがそれ以上何も言わずに空いた場所へ腰かけるにとどまったためか、先ほどの話は聞こえていなかったのだろうとマリックに愛想笑いを向ける。
「王子、調子はどうですか?」
「俺、そろそろ見つかると思います! だって、ずっと探してるんですから」
「そうですよ! あ、もしかしたら西に行ったやつらが戻ってくるかも」
「そうだな、それもあり得る」
口々に励ますような言葉をかけられ、さすがのマリックも苦笑した。
言葉にすればするほどそれらが戯言だと突きつけられているような気がして口内に苦味が広がる。激励を送られるほど叶わぬ夢を見ているような心地になりいたたまれなくなる。
マリックは胸にわだかまった苦渋を飲み込んで静かにうなずくだけにとどめた。
――本当に、この砂漠にジルコニアなどあるのだろうか。仮にあったとして、それはいつになったら見つけられるのだろう。ミアはそれまで待ってくれるだろうか。
期限は切られていなかったはずだが、さすがのミアも十年や二十年も待つとは考えていないはずである。マリックだってこの砂漠に骨をうずめる気はない。
情けないと分かっていてもマリックは彼らのように空元気を取り繕えず、結局ダラダラとテントの影で暑さを数十分ほどしのぐにとどめた。
夕刻が近づいていると分かって最後の悪あがきだと立ち上がり、マリックは果てもない砂地を見渡す。
嫌になるほどどこを見ても砂、砂、砂。青なんて空以外どこにも見えない。
愛だなんだと綺麗ごとを並べても、やはり打ちのめされてしまいそうになる。
「……いや、まだだ」
これまでミアから聞かされた物語を思い出し、自分はまだ彼らの足元にも及ばないとマリックは己を恥じる。気持ちの面でも行動でも、語り継がれる物語の主人公にはなれていない。ミアを諦めて帰国するに充分な理由も見つかっていない。
マリックは必死に自らの気持ちを奮い立たせ、目の前の砂を掴みとった。握った手を開いて一粒一粒、青い輝きがないか目を凝らす。日の光に晒し、ないとわかれば再び戻す。
日が沈むまで繰り返し、日が沈んでくると従者たちに連れ戻され、マリックは疲れから気絶するように眠りについた。
明日こそは必ず見つかると信じるほかない。
頭上に瞬く星々に祈る間もなく、マリックはまどろみに意識を手放した。




