サムシング・フォー #3-3
「それ以来、ハリス王は死を自然なものとして受け入れるようになり、不老不死の国は不老不死ではなくなってしまったとさ。めでたしめでたし」
ミアが話し終える。その結末にマリックはむすりとしかめ面を浮かべた。
「どこがめでたいんだ。悲しい話ではないか」
「そうでしょうか? 私にはとてもよい話に思えますが……」
「アルは死んだんだぞ! だいたい、ハリスはその後どうなったんだ。アルにはまた会えたのか?」
「それはどうでしょう。ハリス王はそれから五十年ほどで逝去されたと聞きます。その間にアルのような少女と会えたかは定かではありません」
ミアが淡々と告げるさまもマリックには面白くない。ミアは慈悲深く優しさに満ちているが、時折こうしたどうしようもないことを割り切ってしまえるだけの強さも持ち合わせていた。それが、マリックの手元から簡単にいつでも去って行けることを暗示しているような気がするのだ。
マリックはムッと顔をしかめたまま黙り込む。
本当はわかっている。いや、以前なら到底理解できなかったであろう。だが、今はハリスの気持ちがほんの少しだけ理解できるようになってしまった。だから、返す言葉がない。
「……愛とは、悲しいものだな」
マリックがやるせなく呟くと、ミアは意外そうな顔でマリックを覗き込む。
「マリック王子は随分と変わられましたね」
素直な尊敬や感慨を含んだ口調から、決して悪い変化ではなさそうだとわかる。
「そんなに俺は酷いやつだったか?」
「ええ。それはもう」
ミアは今度こそ冗談だと分かる声音でクスリと笑い、誘拐されて拉致監禁まで受けていると現在進行形でミアを宮殿に閉じ込めているマリックの罪を指摘した。そんな彼女の態度にマリックもつい指摘する。
「ミア、お前も随分変わったぞ」
ここへ連れて来たばかりのころ、ミアはもっと警戒心に満ちていた。思慮深さと頭の回転を武器にマリックと渡り歩いていた。ミアにとってはおそらく下手に逆らったら処刑されてしまうという恐怖もあっただろう。そんな中で、どうすればマリックとの婚約を回避できるか、またはマリックの機嫌を損ねずにうまく自身の思惑に誘導するかという駆け引きを商売人よろしくやってのけていた。
そんなミアが今は遠慮なしに冗談半分に事実を述べる。その姿は、マリックに心を開いていると言ってもよいはずだ。
皮肉でも嫌味でも。そのことがたまらなくマリックの心に喜びをもたらす。
「俺を信用してくれているのがわかる」
自信満々に宣言すれば、ミアは呆れと困惑を少し混ぜたはにかみを浮かべた。
「ええ、そうかもしれません。決して短くはない時間を過ごし、マリック王子のことが理解できるようになったので。あなたを見ていると、それこそ、アルやハリス王のような純真さを感じることがあります」
素直に胸の内を打ち明けたミアは少しだけ表情を曇らせた。
「あなたは広い世界を見て、新しいものに出会い、より豊かな人生を過ごしている」
「どうした、急に。物語の続きか?」
ミアからのほめ言葉に恥じらいを覚えたマリックはそれをかき消すように鼻で笑った。
だが、彼女は真剣な瞳でマリックを見据える。
「そんなあなたに最後のお願いをするのは少し心苦しいのですが」
どうやら、多少の信用を買ったとて契約は契約。最後まで実行せねばならないらしい。
「私が最後に望むのは、砂粒に埋もれた青色ジルコニア。命の砂時計に使われていた青いダイヤモンドです」
言い終えたミアはやはり苦々しい顔のまま頭を下げた。
砂の中に埋もれた小さな粒形のダイヤ。その話が誇張表現などではないのだとしたら。
「いつも以上に無理難題だな」
マリックはこれまでとは比べ物にならないほどの不可能を突きつけられたと息を吐く。それは思っていたよりも深く、重くなってしまった。
ミアもわかっているのか険しい表情を崩さない。
「……もしも、手に入れることができなければ」
「この婚約はなし、だろう?」
「……はい」
震える声の意味が喜びではなく悲しみであればよいのに。マリックのそんな願いを確かめるすべはない。みつ指をついてこうべを垂れたミアの顔はマリックから見えなかった。
「どうぞよろしくお願いいたします」
「わかった。探し出せばよいだけだ」
大口をたたいてマリックは立ち上がる。
そうして自分を鼓舞しなければ、いよいよ心が折れそうだった。ここまで来て、ミアにこれほど尽くして、ミアからの信頼も得たというのに。
広大な砂漠、その砂塵の中から小指にも満たない小さな青い宝石を見つけるなんて果たして誰が出来ようか。それこそ永遠の命を得ても成し得ることができるかどうか自信はない。諦めて帰り道を歩く自分の姿しか想像ができない。
だがこれも愛するものの人生を手に入れるため。
ハリスが一度はアルの砂時計を作り、彼女の命を閉じ込めてしまったように。
マリックもまたミアの人生を自らの王宮という檻に閉じ込めようとしている。
その違和感を覚えながらも、マリックはこれも愛のためだと自らに言い聞かせた。
「では、俺は明日にでも出立する」
部屋を去るマリックの背に「どうかご無事で」とすすり泣くようなミアの声が聞こえた気がした。




