73 環境改善活動【爆発する不満】
ここから新章です!
あるとき、ユリは家庭菜園を始めていた。
客観的に見て、それを『家庭菜園』と言って良いものかどうか、甚だ疑問の余地が残るものではあったが、ユリ本人は家庭菜園のつもりでいた。この地に定住する気が欠片もないユリが、なぜそんなことを始めてしまったのか。本を正せば、この世界に対してユリが何かと不満を持っていたことが原因だろう。
今回はそんな、極々一般的な日常の、ユリにとては極めて普通のお話だ。
* * *
ある日の夜、ユリはマリエラとミラの部屋で女子会を開いていた。ラッシュ・フォースは四人で何でも話し合う間柄のようだが、ユリは男の前では言い辛いこともあるだろうからと、マリエラがこの場を用意してくれたのだった。
ユリは、折角の機会なので、酒にも紅茶にも合う貴重なアーモンドチョコを一箱(開封済)を提供して、話に花を咲かせたのだった……のだが……。
女子会といえば、恋バナ、仕事の愚痴や悩み、上司の悪口が定番の話題。普通なら盛り上がる恋バナも、三人には縁が無い。結果的に、鬱になる方向に話が進んで行き、ユリは普段から抱えていた不満が膨れ上がった。その結果、ユリの様子が徐々におかしくなっていった。言いたいことが言えないでいるような、うじうじ、もじもじした様子。あまりに鬱陶しい様子を見せていたので、マリエラとミラに見咎められてしまった。
「それで?
あんた、何を何時までもうだうだうだうだ考えてるのよ。あたしたちの話に、気に入らないことでもあった? それとも、何か悩みがあるって言うんなら、あたしが聞いたげるから正直に言ってみなさい」
「何事にも能天気なユリさんが悩むなんて、珍しいですねぇ。
でもねぇ、マリエラ。
ユリさんに『正直に言え』っていうのは難しいんじゃないかしらぁ」
なかなかの言われようではあったが、その部分はスルーしてユリは答えた。
「いや、まあ、その~、悩み自体は結構前から、こっちに来た時からず~っと続いてるんですが、どう言ったらいいのか難しくって」
異世界転移もどきに起因する悩みなので、二人に言い辛いのも当然だ。
ちなみにユリの言葉の『こっちに来た時』というのは、異世界に来た時という意味だったが、二人には東の街に来た時という意味で、ユリにとっては都合よく理解されていた。
「誰かに遠慮して言えないの?
ここにはあたしたちしかいないから、なんなら王様の悪口言ったって大丈夫よ」
「ああ、そういうのじゃないんで、ご心配なく」
言われるまでも無く、気兼ねなく女子会をするために、ユリはこの部屋に防音のための結界を張ってある。だから誰かに盗聴される心配はない。ここにはネズミも目に見える大きさの虫もいないことを確認済なので、生物を模した盗聴器の心配もない。いや、この世界にそんなものがいるはずもないのだが、ユリは元いた世界で見た海外作品でそういうのがあったので、意識して対策するようになっていた。
なら完璧かというと、じつはそうでもなかったりするのだが、それはまた別の話。
ユリが元いた世界では、主として人間関係に起因したいざこざが多かった。
今にして思えば、その多くがイオトカ君の影響だったのだろう。ユリのまわりには、悪党や変態やロクデナシが多すぎて、生きていくのが困難な状況が続き、実際に死に掛けたのだけれど、その問題を除けば、あっちの世界では衣食住に困ることはなかったし、悪い環境ではなかった。
いや、その問題というのが大きすぎて、その結果として今ここにいるわけだから、総括すると悪い環境なのか?
まあいい。問題はこっちの世界だ。
ユリはこの世界に来てから、よくこんな世界で人々が生きていられるものだと言いたくなるぐらいに、不満があった。街の外には危険な魔物が数多く跋扈しているし、ここは■■■■かと言いたくなるくらい、街の中には日本にいたときより危険な悪党がいるし、なによりこの世界の衣食住の文化のほぼ全てが気に入らない。和製異世界ファンタジーの、近代に中世の皮を被せたナーロッパはどこに行ったのか。洋画だって、大物俳優がロレックスを腕に嵌めたまま古代の神様役を演じてたりするので、どこでも同じか。とにかく、現実はそんな世界ではなかった。そして今や、その不満がいつ爆発してもおかしくない状態にあると、ユリは自覚していた。そう、ネットカフェで読んだ、あの昔の漫画のようになってしまうかもしれないと。
「ねぇ、ミラさん。マリエラさん。
お二人に、ひとつ大切なお願いがあるんですがよろしいですか?」
「何よ、急に畏まっちゃって。
一応話だけは聞いたげるから、言ってごらんなさい」
「もしも私が、いきなり『ガイアー!』って叫びそうになったら、全力で止めてください」
「?? 何それ??
それを叫んだらからどうだって言うの」
「この宇宙から惑星がひとつ消滅することになるかもしれません」
「「???」」
しばらく二人が固まり、ユリの言葉を理解しようと必死に頭をひねくり回したあげく、考えるのを諦めたマリエラが口を開いた。
「相変わらずわけの分かんないこと言ってるわね。だいたい、あんたが叫び出した後に口を塞ぐくらいならできるかもしれないけど、予兆も無くいきなり叫び出すのをどうやって防げっていうのよ。それに、ユリはいつも無詠唱で魔法を撃ってから、魔法名を宣言するじゃない。そんなの防ぎようがないわよ」
「ガイアーというのは、大地の精霊への呼びかけですかぁ?」
「気心の知れた知り合いが全て殺されて、この世界に絶望したときの叫びなんで、予兆はあると思います」
「ねぇ、そのとき、あたしたちって、既に死んでない?
それとも、あたしたちはその中に入ってないってこと?
死ぬにしろ、ハブられるにしろ、あたしたちにとっては最低な状況よね」
「大地の精霊が、大地を破壊するようなことをするかしらぁ?」
マリエラは、この星を消滅させるという言葉の方はスルーしたようだが、そのことに疑問を持たなかったのかどうなのか。ミラは、精霊を使って行うのは無理だと考えたようだが、精霊と縁の無いユリ自身は可能なのではないかと思っている。
今、三人がいる部屋の窓を開け、夜空を見上げると、今日はひとつになった月が見えているのだが、その月の表面の、時計でいえば七時のあたりに、ポツンと小さな黒いホクロが見えている。いわゆるナンノボクロだ。そして月が七つに分かれたときに見れば、その全ての月の同じところに同じようなホクロがあることが分かる。しかし、この世界の人間なら、つい最近までそんなものが無かったことを知っている。その事実は、その月のホクロが現れたせいで、王城の星読み担当(占星術師)が発狂しかかり、緊急閣議が開かれたことでもわかる。
そのときの会話はこうだ。
「あれは天変地異の予兆に違いありません。
今すぐに食料の備蓄を開始しなければ……」
「いや、汚点として現れたということは、魔王誕生の印ではないのか?」
「この国の体制の綻びの兆しかもしれませんね」
「テロリストを教えてくださったのかもしれません。あの場所にホクロのある者を全て取り調べすべきではないではないでしょうか」
「いやまて、月を顔に見立てたときにどこを向いているのか分からないではないか。それに、髭に隠れていたらどうする。
結局、全員を調べねばならなくなるぞ」
「そんな、国民全員を疑うようなことは……」
「何を言っている。貴族はもちろん、王族とて例外ではないぞ」
「おまえ、国王陛下を取り調べしようと言うのか!」
「そうは言ってないだろ。
儂は、ホクロ繋がりで調べるのが愚かだと言っとるのだ!」
「「「「「……」」」」」
と、そんな具合に騒動になっていた。
そして何を隠そう、月にこのホクロを付けたのが、じつはユリであった。
彼女が最近よく使うようになった荷電粒子砲。ユリが、その射程距離を確認しようと思ったものの、水平方向だと地面が邪魔になって、せいぜい二十キロ先までしか標的にできない。この世界の惑星も地球と同様に球体なのだから、それは仕方のないことだった。だからユリは、ものは試しと、月がひとつになっているときに、その月に向かって荷電粒子砲を打ち込んでみた。その結果が、あのホクロであった。本当はど真ん中を狙ったのだが、少々ずれてしまった。この世界の月の見掛けの大きさ(視直径)は、ユリが元いた世界とほぼ同じで約0.5度。五円玉を手に持って、目から六十センチくらい離したときの穴の大きさだ。運動音痴のユリが狙ったにしては、当たっただけでも奇跡だろう。
その結果、荷電粒子砲は七つの月の全てを撃ち抜いていて、全てのムーンフェイスに根性焼きの跡を残していったのだった。七つの月を撃ち抜いた荷電粒子は、今頃は外惑星か小惑星帯あたりにぶち当たっているかもしれない。いくら強力でも、さすがにそのあたりで止まるだろう。
それにしても、本当に迷惑な奴だ。下手をしたら、七つの月が丸ごと消滅して、この星の周りに土星のようなリングが出来ていたのかもしれなかったのだ。そんなことになったら、将来文明が発達してロケットが飛ばせるようになったとしても、デブリが多すぎて人工衛星ひとつ上げられないことになっていただろう。
そういった訳で、ユリならば恐らく、『一瞬で』というのは無理かもしれないが、この星を消滅させることは可能だろう。まだ試していないイデ〇ンソードも、やればできるのではないかと思っている。ただ、それらをやってしまったとき、この惑星が消え去った後にもユリひとりがしぶとく生き残って、ひとりで宇宙空間を漂ってしまう危険性がかなりある。ユリは、死ねばダルシンのところに戻されることになってはいるが、死ねなかったらどうなるかは聞いていないのだ。下手をしたら五億年ボタンを押したような事態にもなりかねない。
今のところ幸いにして、ユリはラッシュ・フォースやレッド・グレイヴの人の好さに絆されて、この世界の人間に絶望してそのような危険行動に奔ることはなさそうではある。だが、この世界に不満があるからこそ、自身が『ガイアー!』と叫ぶのを危惧しているのだ。
そもそも、ユリはこの世界にどんな不満を抱えているのだろうか。




