72 閑話【不幸の延長】
ユリは宿の一人部屋に戻って、着替えもせずベッドにひっくり返る。
ユリは、最初の街に入った直後は『毒伯父退治』のような単発のクエストが繰り返されるのかと思っていた。それが思いもかけず、いきなり長期の仕事をすることになってしまった。ユリは、いろいろあったことを思い出し、感慨深気に思いを吐露する。
「あ~、疲れた~。いくら何でも、三件の問題解決を全部私たちにやらせるって、無茶振りが過ぎるわよ。
この世界のハンターギルドって、実はブラック企業だったの?
王都のギルド長、熊雄さんだっけ?
いや違った、デッドトロールじゃないし、ディル〇ロールじゃ放送禁止だし、ギガンテス・トロールじゃ魔物だし。
あっ、デイドロールさんだ。そうだ思い出した。
全体的に白いダルシンさんと、全体的に黒いデイドロールさん。
どっちがブラックかっていうと、白いほうなのが不思議よねぇ。
それにしても、この世界にはいろんな人がいるのね~。ラッシュ・フォースのみんなもお人好し揃いだけど、レッド・グレイヴのみんなもいい人たちだった。なのに、シャイニング・スターズみたいな犯罪者集団もいて、ブレイヴ・ソードみたいに悪党とそうでない人がパーティー組んでいたりもした。
どうせならシャイニング・スターズみたいな方が、まるっと退治しても後腐れなくて簡単なんだけど、そうもいかないのが面倒なのよね~」
ユリの言うことは分からないでもない。ただ、誰もいないのにひとりで喋る姿は、傍から見ると悲しくなるものであった。
そこまで言って、独り言が一段落すると、ユリは起き上がって入浴代わりの身体の洗浄、清浄、回復のルーチンを魔法でこなし、上着を脱いで再び横になる。
「これからどうしよっか。
しばらくはラッシュ・フォースもお休みになると思うけど、これからもラッシュ・フォースのみなさんと一緒に行動するかどうかも、そろそろ決めないと駄目よね~。そもそも、いつまで一緒にいてくれるのか分からないけど」
そんなことを考えてウトウトしていると、世界が一変した。
(あれ? これって……)
* * *
ユリが目を開けると、そこはあたり一面が真っ白な、無重力とは違う上下不明の何もない空間。久しぶりの謎空間だった。
(あぁ、やっぱり)
「元気そうじゃの」
(うげっ……)
今回は、最初から真正面にダルシン(達磨さん⦅神様みたいなもの⦆)がいる。正直言って、寝起きにいきなりこの顔をアップで見るのは心臓に悪いので止めて欲しい。
「おはようございます。(寝てないけど)
そういう身体にしてもらったんで、元気って言えば元気ですけどね、結構散々な目に遭って、精神的に参ってきてますよ。
食べ物はいまいちだし、トイレは臭くて不潔だし、寝床は硬いし、娯楽は少ないし、生活するには最悪ですよ。まったく。
だいたい、いきなり十二時間も魔物だらけの砂漠を歩かせるって、何なんです~? こっちに来る前に食料を確保してたからいいようなものの、よくある異世界転移話みたいに何も無しで行ってたら即死んでましたよ?
それにこっちの世界は人殺しが多過ぎです。私が何回殺されかけたか分かってますか?
それにですね、……」
その後もユリの苦情が長々と続いて、やがてユリが喋り疲れて話が途切れると、ダルシン(達磨さん⦅神様⦆)はユリの言葉を無視して話を続けた。
「じつはの、そなたの体の治療が終わって、もうすぐ目覚めるところなのじゃ……」
そうだ。ユリは元々、居酒屋の店員に薬物を盛られて、病院で意識不明のまま入院していたのだ。イオトカ君の影響で気の迷いを起こしたというなら同情もするが、この店員はユリと出会う前から薬物を用意していた、根っからのロクデナシだ。思い出すのも腹立たしい。
「ってことは私のお勤めは終わり? 強制送還?
そっかぁ~。もうちょっと、いたかったかなぁ。
ラッシュ・フォースのみなさんに、お別れの挨拶もしてないし。いきなり行方不明っていうんじゃ、迷惑かけちゃわないかな?
あれ? ちょっと待って。
死んだときは元の時間に戻ってくるって言ってなかった?」
「いや、まだ帰さんぞ。
それと、この時間に呼んだのは、向こうの世界でおまえさんは死んどらんし、こちらの肉体は目覚める時間まで進めておく必要があったからじゃの」
「なんだかよく分からないけど、目覚めの時間なのね」
「ただのぅ、ちと問題が発生しての」
「まさか病院の停電で死んじゃったとか言わないでしょうね!?」
最近のユリはチートに慣れたせいか、ついつい自身の生死で冗談を言ってしまう。
「いや、ちゃんと生きておる」
「その発言、前にも聞いたけど、全然『ちゃんと』じゃなかったでしょ」
そんなユリの発言を無視して、ダルシンは話を進める。
「おまえさんに薬物を盛った小僧のことは覚えておるかの?」
「忘れるわけないでしょ!
あんの野郎、実刑だろうが執行猶予だろうが、出所してきたらギッタギタにしてやるんだから。……社会的に。
戻ったら魔法が使えないのが残念よね。
あっ、でも、次元魔法は科学の成果だから、戻ってからも使えるのかな?」
するとやっぱりダルシンがユリの話を無視して言葉を続ける。
「やっこさん、まだ取り調べ中なんじゃが、入院中のおまえさんに謝罪したいとか言い出しおってのぅ」
「はぁっ!? そんなの追い返してよ!
だいたい、謝罪するってんなら、まず最初にターゲットになってた美人さんにするのが筋ってもんでしょ。私は巻き込まれただけだけど、あっちには狙って薬盛ったんだから」
「向こうの娘には早々に拒絶されての。
警察も、小僧の謝罪の意思を伝えたものの、許可するつもりはなかったようじゃの」
「だったら私の方も許可させないでよ」
「それがの、おまえさんは巻き込まれただけで、小僧はおまえさんには悪意を抱いてないからいいじゃろうとか言っておってのぅ」
「はぁっ!? 巫山戯るんじゃないわよ!
どうせ弁護士の入れ知恵で言ってるだけで、反省なんて全然してないんだから。ああいうのはね、謝罪しに行ったっていう記録だけ残して、量刑を軽くするのが目的なの!」
ユリは、元いた世界の弁護士が聞いたら激怒するようなことを叫んでいた。
「それがな、奴の取り調べをしていた警察官が、人情派と呼ばれてる男でのう。おまえさんが入院しとるのが警察病院だったもんじゃから、上層部に確認もせずに面会を許してしまったんじゃ」
「本人が許可してないのに何勝手なことしくさってやがんのよ。
自分がいいことしてるって酔い痴れているような連中にはろくな奴がいないのよ。警察官が人情派って呼ばれてるって、それって困ってる善人に味方したときに言うことでしょ。悪人に手加減するのは、ただの汚職警官と一緒じゃない。裁判官が情状酌量の余地を認めるのはいいけど、警察官がやっていいことじゃないの。
それで?
謝罪の面会は無事に済んだんでしょうね?」
「それがの、おまえさんは『イリーザ・オーロン・トン・カコン』を有したままじゃからの……」
「ちょっと待って!
ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って……」
ユリの背筋に強烈な悪寒が走った。
「あの小僧、おまえさんの枕元で謝罪するはずだったのじゃ。
二メートル以内に近づかないと誓約書を書いて、医師と警察官が監視していて手錠もした状態での面会じゃ。それで監視する側も気が緩んでたのかもしれんのう。
それでな。そのとき偶々、清掃員が病室の掃除をしに来おっての。
医師と警察官の気が逸れたんじゃ。
するとあの小僧、何を思ったのか、いきなり清掃員の持っていた床用洗浄液を奪って、おまえさんの口に結構な量を流し込んでしまったのじゃ」
「はあっ!?」
「小僧はすぐに取り押さえられて、おまえさんも緊急処置されたから、命に別状はないのじゃが、まだ当分は起きられなくなったのじゃよ」
「『のじゃよ』じゃないでしょうが。管理不行き届きでしょうが!!」
「それは人間世界の問題で、儂には手が出せんからのぅ」
ユリの怒りは収まらない。
「だいたいテレビや新聞がよく使う『命に別状はない』ってのは死んでないってだけじゃない!
そのあとで『容体が急変して死亡』とか、死ななくても後遺症が残ったりするやつじゃないの」
「まあ心配することは無い。
前より少しばかり、繋がってる管が増えただけじゃ。
あと、腹に入った方は胃の中を洗浄してなんとかなったようなんじゃが、毒液を吸い込んだ際に声帯を痛めたようでな。目覚めた後も数年は『がらがら声』になるようなことを言っとったな。まぁ、しゃべる相手の少ないおまえさんなら問題ないじゃろ」
「失礼ね! 私にだって話し相手くらいいますよ!
それにしても『がらがら声』って、はぁ~~~~。
私、顔で褒められたことなくても、声だけは自信があったのに。
今じゃド〇えもんだって可愛らしい声で子供たちに覚えられちゃってるから『がらがら声』の需要なんてないってのに。
もう、溜息が出ちゃうわよ」
「まあ、あの小僧も、二度と顔を出さんじゃろ」
「本当に? 私がまだ寝てる間に『実証見分』とかで病室に連れてきたりしないでしょうね」
「それは儂にもわからん。
ま、そういうわけでの。おまえさんの異世界生活も延長されることになった」
「なんか、全然嬉しくない。
私、本当に生き返れるの?
って言うか、私がこっち(異世界)で生きるのに満足して、生き返らなくてもいいやってなるのを待ってたりしない?」
「ほっほっほっ、それも面白いかもしれんのぅ」
「……滞在を延長するなら、今の衣食住の改善を要求します!
っていうか、改善してくれなきゃやってらんないわよ」
「おまえさんを別の世界に送ることなら簡単にできるんじゃがな。
今の訪問先の世界を変えるのは、ちと難しいのぅ」
「大体ね、情報が圧倒的に足りないのよ。
今行ってる世界の地図と、文化や仕来りの説明書、魔法と精霊の解説書、それと植物と動物と魔物の図鑑を用意して。
あと、爺さんとの連絡手段。いざって時に呼び出せるように。
あの世界じゃ自分で知る喜びより、知らない不幸の方が大きすぎるのよ」
「ほっほっほっほっ」
「ちょっと、私の話聞いてるの!?」
「向こうの世界の地形も文化も文明も生命も、儂が意図して作ったものではないからのぅ。儂はすべて把握しておるが、儂の知識はおまえさんの頭には入りきらんからな。解説書や地図や図鑑は、向こうの世界で手に入れるしかないのぅ」
「ほんっと、使えないわねー。
今どきのAIなら、膨大な情報を分かりやすく纏めるぐらいのことは出来るってのに、よくそれで自称神様やってられるわね。
せめて、緊急呼び出しくらいは出来るんでしょうね!?」
「ふぉっほっほっほっほっほっほっほっほっ」
「ちょっと、私の話聞きなさいよ! ねえっ!」
そこで再びユリの意識は遠のき、訪問先の世界での睡眠に戻って、朝まで悪夢に魘され続けるのであった。




