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70 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編21】

 世の中には、簡単なことなのに、理解できなことがある。

 そこにいた誰もが『投げた破片が相手の体を素通りした』という事実を理解できないでいた。

「ミラさん、なんなんですか!?

 あれって龍人(ドラゴニュート)じゃなくて幻覚か幻影なんですか!?

 それともレイスの(たぐい)なんですか!?」

「まず、龍人(ドラゴニュート)ではないでしょうねぇ。そして、レイスは邪気を払ったりしませんから、レイスでもありませんよぅ。

 あれはきっと、この世の邪気には触れることができるのだけれど、物や普通の人の体は素通りするんですねぇ。死んだ二人は、魔法で浄化できないくらい、あの頭に邪気がべた~っとくっついて一体になっちゃってて、それで力づくで邪気が払われたときに、邪気に引っ張られて頭も一緒に払われちゃったんですかねぇ」

 ミラの話は、さっき言ったことと大差なかったが、今度はしっかり理解できた。

(あれ?

 あれれれ??

 もしかして二人の邪気が固着してたのってイオトカ君のせいだったりする?)


「話はわかりましたけど、それじゃどうします?

 レイスじゃないなら、浄化じゃだめなんですよね」

「いいえぇ、ユリさんが手伝ってくれるなら、浄化でいいはずですよぅ」

「え? そりゃもちろん手伝いますけど」

「でしたら、わたくしの(そば)にいてぇ、祈っててくださいねぇ」

 そう言うと、ミラはステージの前に立って、すぐに美しい歌声のような詠唱を始めていた。こんな状況でなければちょっとしたリサイタルになりそうな姿に、ユリが寄り添って見惚れている。すると、じきにミラは精霊のような淡い光を纏い始め、徐々に周囲が優しい光に満ちて行った。その後もミラは詠唱を続け、やがてその温かい光は王城を包み、城下町にまで広がって行き、そこにいる人々の心の邪気を払って優しく癒していく。

 そうしてミラの長く美しい詠唱が終わると、龍人(ドラゴニュート)と思われていた存在は、ミラの方を一瞬だけ見て、そのまま光の粒子になって空中に霧散して姿を消した。


「消えたな」

「消えましたね」

「浄化……とは消え方が違ったわよね」

  ウルフとジェイクが見た状況をそのまま伝え、不思議な消え方にマリエラが納得できないでいた。

「これはあれですか。『逃げられた……いや、見逃してくれたのか』ってやつですよね?」

 ユリが相変わらずおかしなことを口遊んだが、ミラはそれをスルーしてマリエラの疑問に答える。

「あれは元々龍人(ドラゴニュート)ではなくてぇ、天使か精霊に近い存在だったんですねぇ。だから、この辺り一面を浄化したら、もうここにいる理由が無くなってぇ、それでどこかに帰っていってくれるんじゃないかなぁって思って、実際にやってみたら、うまくいきましたねぇ」

「ミラさん『浄化でいいはずです』って結構自信満々に言ってたのに、『帰っていってくれるんじゃないかなぁって思って』って、確信があったわけじゃないんですか?」

「ふふふっ、どうでしょうねぇ」


(それにしても、どういうこと? ミラさんは天使か精霊って言ったけど、日本で言えば、仏教の明王とか仁王とかの類だったってこと?)


 そもそも、ユリが受けた第一印象は『鬼』だった。ただしそれは、悪の権化としての鬼ではなく、仏教の明王や仁王のように鬼の形相で邪悪な者を討つ、慈悲深き仏の使いだった。きっと、明王や仁王が西洋で顕現したら、あんなドラゴンと合成した姿になるのに違いない……と、そんなことを考えていた。


(合成?

 そういえば、ミラさんは『天使か精霊に近い存在』って言ってたわね。

 天使や精霊がドラゴンに化ける理由なんてある?

 それが魔殻に封じられるなんて尚更変よね?

 ってことは、どっかの魔導師が合成したってこと?)


 そんなことをゆっくり考えていたら、マリエラが声を掛けてきた。

「ユリ。

 一人で解決できなかったからって気にすることなんてないのよ。

 ああいうのは、普通は宮廷魔法師団あたりが対処する相手なんだから、いくらあんたが規格外だからって、相性の悪い奴に当たって負けたくらいで気にする必要なんて全然ないんだからね」

 どうやら、マリエラはユリがじっと考え込んでいる理由を誤解して、励まそうとしていたようだ。ユリは、それを「えっ? いや全然気にしてませんよ」なんて言うほど馬鹿ではない。

「ありがとうございます。今日は自分の至らなさを自覚しましたので、もっと精進する所存です」

「なに、いきなり堅苦しい言い方になってんのよ」


 そんな会話をしていたら、部屋の向こう側の惨状が目に入った。そして、ユリは目の前の敵に集中するあまり、トゥーラたちを放ったらかしていたことを思い出した。

「あっ、いけないっ! ミラさん、一緒に来てください!」

 まだ生きていればいいけどと思いつつ、壇上から現場までの通路を生成して駆けつけた。

 倒れている三人の男は、(はらわた)をぶち撒けて血を流し続けていて、すでに息が止まっていて意識もない。これは普通なら『死んでいる』という。そして、この魔法万能の世界でも、死んだ人間を生き返らせることは出来ないと言われている。それはユリでも同じだったが、ユリの死亡判定は、この世界の常識とは少し違っていた。

 生と死はデジタルの1と0ではない。完全なアナログ値とは言わないが、離散的に連続していると考えている。ユリは死んだ人間を生き返らせることは出来ないが、完全な死亡に極めて近いがそうではないなら可能性はある。

 高度な治癒魔法が使えるのだから、ユリにとっては、脳細胞が崩壊しだして霊体が離脱がするまでがデッドラインだ。


「まぁ、皆さん、これでもまだ死んでないんですねぇ」

 ミラの見立てでは、どうやら霊体はまだ留まっているらしい。

「ミラさん、感心してないで、早く治癒と回復をお願いします!」

「ユリさんは人使いが荒いですねぇ」

 ミラはそう言うと、ついさっき大魔法を行使したばかりで魔力も殆ど残ってないというのに、再び美しい詠唱を始めていた。その歌声は精霊の光を呼び集め、その光が男たちの腹部の傷を覆うと、血が流れ出ることをやめ、内臓があるべき場所に戻って行き、徐々に傷口が塞がって、最後には傷ひとつない体となった。

 ミラの治癒魔法は、エティスの加護が加わって腹部の損傷を完全に修復していた。いつもより精霊の光が濃かったような気もするが、もしかしたらさっき霧散した鬼の精霊が、この辺りにたっぷりと残っていたのかもしれない。

「ミラさん、流石です!」

「ユリさん、ちょっと会話するのも辛くなったので、暫く休ませてくださいねぇ」

「あぁぁ、無理させちゃってごめんなさい!

 あっ、ポーションあるんで飲んでくださいね」

 そう言って、ミラに体力回復ポーション(ただの栄養剤)と精神回復ポーション(ただの栄養剤)を渡していると、すぐ脇でリザベルが大声を上げていた。

「あぁーーっ! ゼノビアさんっ!!」


 リザベルの叫び声に、今度は何事かとユリが慌てて駆け寄ると、リザベルに抱き起されたゼノビアが、両手を前に上げてわなわなと震えていた。

「あらぁ、まぁ、驚きましたねぇ」

 ミラは疲れ切っているだろうに、こちらを覗き込んで感心している。

「おい! どうした!」

「ユリ! 何があったの!」

「……」

 駆けつけてきたウルフとマリエラが声を掛け、ジェイクはすでに状況を理解して言葉を失っていた。

「ゼノビアさん、その両手……」

 ユリは、そこまで言ってハンスの胴体が転がっている方に目を向けると、さっき強引に奪われた両腕の義手が、今もそこに転がっていた。改めてゼノビアを見ると、指先まで生気(せいき)にあふれた両腕がそこにある。

「……ってことは、手と腕が生えた?

 ゼノビアさん、その手、動きますか?」

「……はい」

 指先をにぎにぎわきわき動かしながらゼノビアが答えた。そして左右の掌で互いの手や腕を撫でまわして、その存在を確認している。

「あぁそっか、ミラさんがトゥーラさんたちに治癒魔法を掛けたときに近くにいたから……」

 今回は重篤な治療対象が三人もいたため、ミラは広範囲に高度で強力な治癒を精霊に託していて、その範囲内にいたゼノビアの腕も治療されていたのだった。


(でもでもでもでも。トゥーラさんたちのお腹の治療は私もこっそり手伝ってたけど、ゼノビアさんの両腕はミラさんの魔法だけでしょ。それなのに、そこまで治っちゃうんだ)


「ユリさん、感謝します。私の手を取り戻してくれて、ありがとう」

 ゼノビアは、両腕を交差して胸に当て、ユリに頭を下げていた。

「えっ! ち、違います! 治癒魔法を使ったのはミラさんで……」

「もちろん、そちらの方にも感謝しています。でも、ユリさんがいたから、ここまで治療できたんですよね?」

「そ、それは、ゼノビアさんの勘違いです」

 そっぽを向いて答えるユリ。

 とくに秘密にしたかったわけではない。この結果はエティスの加護によるものに違いないのだが、ユリは今もそれを意図的にコントロールできないし、エンチャントのような強化魔法とも違うので、自分の成果だとは言い辛かったのだ。

「いつか機会があったら、必ず御恩返しすることを約束します」

「そ、それは、ありがとうございます」


(『機会があったら』ですか。

 ゼノビアさんが魔殻の持ち込みに加担したと見なされれば、その機会は来ないかもしれないんですよね~。でも、ゼノビアさんの罰則が比較的軽かったのは、多分その才能を王国の魔道研究で利用したかったからなんで、それなら死刑にはしないでしょうけど。

 王女殿下に情状酌量を願い出るとか出来るのかな?)


 そんなことをしていると、トゥーラたちの意識が戻ってきた。

「「「うっ、うう……」」」

「あっ、トゥーラさんたち、気が付きましたよ」

 ユリが知らせると、リザベルがゼノビアから離れて声を掛ける。

「トゥーラさん! 大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、リザベルか。

 なんだ、こんなところにいるなんて、おまえも死んだのかよ」

「私はまだ死んでませんし、トゥーラさんも死んでません。

 しっかりしてください!」


 ぺし、ぺし、ぺし、ぺし。


 リザベルがトゥーラの頬を軽く叩くと、トゥーラははっと気が付いたように、起き上がって自分の腹と背中を撫でまわして確認し、恐る恐る押し込んでみたりしている。

「腹をぶち抜かれたと思ったんだが気のせいか?」

「いいえ、さっきまで大穴が開いて、(ちょう)が千切れてぶら下がってましたよ。ほら、まだそこかしこに三人の内臓の破片が残ってます。もう駄目かと思ってましたけど、ユリさんと、あちらのミラさんって方が治療してくれたんですよ」

「……」

「あと、トゥーラさんのお腹に穴を開けた、ハンスさんの頭はあそこに転がってます」

「ハンスの?」

 そう言って、指し示された方向を見ると、それだけ見ても何なのか分からない、赤い潰れたカボチャが転がっているだけだ。なので、辺りを見回して、ハンスの服を着た死体を見つけて、そこに頭がないことを見て取って、漸くハンスと自分に何が起こったのか理解した。しかし、よく見ると、ハンスの死体の近くにはラドックの服を着た男の頭のない死体がある。

「ラドックは!? それより、あの魔物(モンスター)はどうした!?」

「ラドックさんは、ハンスさんと同じように頭を()がれて死にました。

 そして魔物(モンスター)はユリさんたちが退治してくれました」

「……そうか、ラドックも……。

 あの魔物(モンスター)はいったい何だったんだ?」

「あっ、それはですねー」

「デーモンスレイヤーです」

 ユリが知っていることを話そうとするのを遮って、ゼノビアが答えた。

「ちょっと待っててください」

 ゼノビアが立ち上がろうとすると、リザベルが体を支える。

「ゼノビアさん、無理しないでください」

「ありがとう、リズ。今までずっと、ありがとう。

 もう、ひとりでも大丈夫ですよ」

 そう言って、ハンスの死体の方に歩いて行き、自分の使っていた右手の義手を拾い上げ、手首の部分を外して、中から何かの塊を取り出した。

 それをユリの前に持ってきて差出して言った。

「中身は正体不明ですが、これがハンスが使おうとしていた魔殻です」

「ふぇ?」

「ハンスたちから隠すように命令されて渡された二つの魔殻うちのひとつです。もともと、いざというときのために用意してあったデーモンスレイヤー召喚の魔殻を持っていたので、それと摩り替えておいたんです。ハンスたちが割ったときに、それが現れるようにと」

「え~~~っ! 『用意した』って、売ってるんですか!?

 そんなチートアイテム、どこ行ったら手に入るんですか!」

 この世界で最大のチート持ちの言うことではないように思われるが、冒険譚のネタに貪欲なユリは、目を輝かせて問い質した。

「いえ、ブレイヴ・ソードに入る前に自分で作ったものです。デーモンスレイヤーは邪悪なものしか襲わないので、それを作ることは面倒で時間が掛かるだけで比較的安全ですから。

 なんなら、もう一度作りましょうか?」

「いやいや『比較的安全』って、知らなきゃ分かりませんよ。危うく全面戦争になるところだったじゃないですか。知ってたんなら、私がいろいろやっていたときに()めてくださいよ」

「人間の攻撃が全く効かないというのは知識では分かってましたが、自分で確認するのは怖いし、今しか見る機会がないので、ついつい最後まで観戦してしまいました。ごめんなさいね」


 ゼノビアの話を聞いた後、ユリはゼノビアの両腕の義手と、こぼれ出たこまごましたものを回収して、最初からなかったかのように装うことにした。


(義手に隠して持ち込んだことがバレると、武装解除を担当した人も罰せられちゃうしね)


 ユリたちが話をしていると、状況が好転したことを見て取った数人の衛兵たちが室内に入って来た。大挙して入らなかったのは、床が抜けて、ユリが土魔法で作った狭い通路しかないので、それしか入れなかったからだ。彼らは、絶対に死んだと思っていた二人の仲間の無事を知ると、最初は信じられないものを見たような顔をしていたが、すぐに抱き着いて互いの無事を喜び合った。来るときに見た衛兵は、もっと刺々しい感じがしていたが、ミラの浄化魔法の影響で、衛兵たちの心は晴れ晴れとしていた。

 やがて落ち着きを取り戻すと、ユリたちに向かって言葉を告げた。

「エレノーラ殿下がお待ちです」


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