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07 初めての異世界【毒伯父退治1】

 ユリは、心の中に見当違いの不満が残るものの、何でも屋の冒険者ギルドが存在しないと分かったので、とりあえずハンターギルドに行くことにした。そして、ラッシュ・フォースの四人と共に街に入ると、今度は物陰にいた子供が、いきなりユリに向かって走ってきてぶつかって、そのまま走って逃げようとした。


「ギャー!!」


 そのときけたたましく悲鳴を上げたのは、突き飛ばされたユリではなくて、小汚い恰好をした男の子のほうだった。


「手が、手がぁーー!! うああぁぁぁーー!!」

 右手で左手首を掴んで、激痛にのたうちまわる子供を見て、ラッシュ・フォースのリーダーのウルフが寄ってきた。


「どうした。当たり屋か?」

 リーダーのいう「当たり屋」とは、気の弱そうな旅行客相手に、怪我させられた振りをして金を強請(せび)る連中のことだ。

「いえ、私が腰に下げていた銭袋をひったくろうとして、盗難防止の仕掛けに引っかかったようです」

 この子供が奪いそこなった布製の小銭入れには、実は貨幣は入ってなくて、唐辛子成分をたっぷり塗った小振りの毬栗(いがぐり)が入っている。泥棒がこれを掴むと、多数の針が手に刺さって、激痛が走る仕掛けになっていた。ご丁寧なことに、針の先にはナイフで返しが付けられている。

 この子は、例によってユリを見て悪心が頭を(もた)げ、一番弱そうなユリを狙ってしまったのだろうか。もしそうなら、受付の騒動から3分もたってないというのに、イオトカ君は働き過ぎだ。


「随分物騒な仕掛けを仕込んでるんだな。

 これが貴族のクソガキだったりすると、お前の方が罪に問われるから気をつけろよ」

(なんか、リーダーが呆れ顔で見てるんですけど、なんで?)


「それよりこの子、どうします? 見たところ孤児のようですけど」

「ん? ん~~、ちょっと違うな」

 リーダーのウルフは、子供の顔を覗き込むようにして否定した。


「この辺りの街じゃ、大抵の孤児は教会が面倒を見ている。だから金を盗むようなことは滅多にしないんだ。たまに、修道士と一緒に朝の水汲みや農作業をするのを嫌がって逃げ出す奴はいるが、そういうのはすぐ連れ戻される」

「教会、ってことは市民の寄付金で孤児の面倒を見てるってことですか。

 治安維持に繋がるのに、国や領主はやってくれないんですか?」

「国や領主がやると、孤児は兵士の卵として育てられて、消耗品として戦場に送られるからな」

「あぁ、それなら手を出されない方がましですね。

 でも孤児じゃないなら、この子は何なんでしょう?」

「こいつは恐らく育ての親がいて、盗みをやらされてるんだろうな」

 どうやら、イオトカ君とは関係ない悪人の犠牲者だった。

(疑ってゴメンよ、イオトカ君!)


 ユリは、悶え苦しんでいる男の子の脇に行って訊いてみた。

「ねぇ、君。こんなこと誰かにやらされてるの?」

「…………」

 ユリが事実確認の質問をしたのに対して、子供は痛みを堪えて恨みがましい目を向けるだけだった。

(しまった! これじゃ拷問じゃん)


 ユリが背負った荷袋を下して中から軟膏を取り出すと、それを見たウルフが暴れる子供の腕を掴んで抑え、ユリがその手に軟膏を塗りたくって、こっそり解毒と治癒の魔法を掛ける。ユリにとって無詠唱は当然だったし、ダルシンから授かった純粋な治癒魔法は、部位が光ったりすることはないので、言わなければ魔法だと気づかれることはない。


 怪我が完治したことを見届けて、ユリが再び声を掛ける。

「どう? もう痛まないでしょ?」

 子供は暴れるのをやめて、さっきまで腫れていた手をグーパーしながら不思議そうに見つめている。

「もう一度聞くけど、こんなこと誰かにやらされてるの?

 もしそうなら、助けてあげるよ」

 子供は黙ったまま地面を見つめていたが、しばらくすると顔を上げ、不貞腐れた顔で上目遣いにユリを見て言った。

「泥棒されそうになったってのに、お前、随分とお人好しなんだな」

「乗り掛かった船だもの、放っとけないじゃない。

 それにさっき、悪を討伐しに来たって宣言したばかりだしね」

 ユリがそう言うと、ウルフがユリに話し掛ける。

「うーん、お前さんが街中で悪党退治するっていうなら、ハンター登録してないとまずいんじゃないかな。

 まだなんだろ? ハンター登録」

「え? えぇ、まだだけど」

「よし、分かった!

 ミラ! マリエラ!

 俺とジェイクはユリのハンター登録に付き合う。

 お前たちはここに残って、この子の事情を聞き出してくれ」

「「まかせて!」」

(この四人も結構なお人好しだね)


「ミラさん、マリエラさん。すみませんが、あとをよろしくお願いします」

「それじゃ、行こうか」

 ユリは、ここに残る二人に頭を下げると、ウルフとジェイクに連れられて、この街のハンターギルドに向かった。


    *    *    *


 その後、ウルフとジェイクは、ユリに前を歩かせて、ときどきユリに方向を指示しながら、連れ立ってハンターギルドに向かっていた。

 ジェイクは、ユリが御上(おのぼ)りさんさながら周囲の風景に気を取られているのを確認すると、リーダーのウルフに小声で訊ねる。

「おい、ウルフ。

 前の仕事は済んでるから今は何をしたっていいが、何だってあの娘の世話をする気になったんだ?

 お前の好みの女でもないだろう」


 ジェイクは、ウルフが女嫌いではないものの、女にのめり込むタイプでもないことを知っていたし、ユリの胸部がウルフの好みでないことも知っていたので、急にユリの手伝いを始めたことを不思議に思っていた。


「ちょっと気になることがあってな。

 それに危なっかしくて、放っとけない」

「ああ確かにそうだな、危なっかしい雰囲気がだだ洩れだ」


    *    *    *


 ユリにとって初めてのハンターギルド。

 その周囲には武器屋や乾物屋などのハンター向けの店があり、無法者が集まってくるせいなのか、警備兵の詰所らしき建物、それに大型倉庫などがある。

 ウルフとジェイクがさっさと中に入ろうとしてるのに、ユリは一人でギルドの建物とその看板を見上げていた。

「外見は三階建ての商館っていったところね」

 ユリは、この世界の商館はまだ見てないので、その例えが妥当かどうかは極めて怪しかった。


「おい! 急いでるんだから、早く来い!」

「はい! すみません!」

 リーダーに怒られてしまった。


 慌てて二人に続いて建物の中に入ると、リーダーは奥の受付にユリを連れて行き、受付嬢の前に押し出して言った。

「新人を連れてきた。こいつをギルド登録してやってくれ」

「こちらのお嬢さんですか?

 では、この用紙に必要事項を記入してください。

 それと、登録料はメスリー銀貨五枚です」

「えっと、銀貨は何種類か持ってるんですが、どれがそうなのか分からなくって。ここから取ってもらえますか?」

 そういってユリが四種類の銀貨を五枚ずつ出して見せると、受付嬢はそのうちの一種類を選んで五枚抜きとって、席を外して奥の部屋に持って行った。


(この世界は金貨も銀貨も種類がいろいろあって面倒よね。

 スパイシーウルフの世界じゃないんだから、金本位制みたいな貨幣経済はさっさとやめればいいのに)


「随分と珍しい銀貨まで持ち歩いてるんだな」

 リーダーがユリに小声で話し掛けてきた。

「えぇ、生まれ故郷で使ってたのをひと通り持ってきたもんで。

 こっちじゃ通用しない貨幣もあるかもしれませんね」

「いや、そういう話をしたいんじゃないんだ。

 そっちのブルトス銀貨はメスリー銀貨と大きさは同じだが、四倍の価値がある。さっきのが商人相手だったら、ブルトス銀貨の方を取られてたろうな。

 さっきだって、俺たちが見てなかったら危なかったかもしれん。ギルドの職員だって、金に困ることはあるだろうし、善人ばかりじゃないからな」

「……今後気を付けます」


(そういえば、入街時の受付はイオトカ君の影響を受けてたんだっけ。

 今、目の前にいる受付嬢も危なかったのかな?

 でも、影響を受けてたら平気ですぐバレることするんだよね。

 だったら、この人は大丈夫なのかも)


 ユリは考えがまとまると、改めて用紙の記入事項に目を向けた。

(えっと、名前はいいとして、出身地って日本でいいの?

 あっ、これって)


「すみません、リーダー。

 ここに『身分証、もしくは、身元保証人』って欄がありますけど」

「あぁ、そこは俺が名前を書くから空欄でいい」

「何から何まですみません」


(会って一時間も経ってないのに、それでいいの?

 親切を通り越してお人好しすぎない?

 それとも人間性を見る鑑定スキル持ちとか。

 とにかく、後で何かお礼しないといけないよなぁ)


 必要事項を書いて、リーダーに身元保証人欄に記入してもらい、戻ってきていた受付嬢に渡すと、彼女は用紙を持って奥に下がり、五分もしないで金属製のギルド証を持ってきた。しかもこのギルド証、たった五分で作ったとは思えない、レーザー加工したかのような精工な作りだった。大きさは、キャッシュカードを二割くらい大きくしたぐらいだ。


(硬くて軽く、まるでアルミ合金のようだけど、材質は何だろう。

 (へり)をヤスリで研ぐと凶器になりそうね。

 フリスビーみたいに投げたのを、イオノクラフトの代わりに魔法で補助したら、ブラッディカードになりそうじゃない?

 ああでも、それ使うとダルシンに怒られちゃうか)


「では、これがユリさんのハンターギルド証です。

 ハンター活動をするときは、必ず身に着けていてください」

「はい、承知しました。

 って、へぇ~。ずいぶんとしっかりした作りなんですね~。

 ……ん? ちょっ、ちょっと待って。この『身体的特徴』ってところ!

 髪の色や瞳の色や肌の色や黒子(ほくろ)や身長はいいけど、なんで胸の特徴まで書いてんのよ!!」

「人物を特定するための情報ですから、記述するのが当然です。

 万が一内容に変更があった場合は、ハンターギルド証の更新を忘れないようにお願いしますね」

(うっうっ……、だからって、書きようってものがあるでしょうに。

 だいたい『万が一』ってなによ、『万が一』って。

 ハンターギルドじゃ、この身体的特徴の記述が変わることはないって確信してるってこと!?)


「ハンター活動の細かい説明はこちらで行いますか?」

「今は急いでいるからいい。説明は俺たちでやっておく」

「ではユリさんへの説明はお願いしますね」

 なにやら受付嬢とリーダーの間で話が決まってしまった。

 恩という負債が増え続けていることに、ユリは少し不安になる。


「ところで、私はリーダーに身元保証人になってもらいましたけど、

 身分証が無くて、身元保証人もいない人はどうするんです?」

「その場合は、金貨十枚前後の保証金の預け入れが必要になる」

「それって、田舎から出てきた人はハンターになれないってことじゃ」

「いきなりは無理だね。

 でも、保証してくれる人間の信用を得ればいい。

 今日の君みたいに」

「普通は信用を得る前に餓死しませんか?」

「そうかもしれんな。

 さぁ、ハンター登録も済んだことだ。さっさと戻るぞ」

「はい!」


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