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69 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編20】

「なんか出てきた、なんか出てきましたよ!

 なんなんですかぁ! あれは~!」


 ユリは、出現した龍のような鬼人に興奮してそう叫びながら、その鬼人を円柱状の裏返しの防御結界で取り囲む。それには結界で閉じ込める目的もあるが、あの鬼人の濃青色の金属光沢の鱗が魔法とかその他いろいろを弾き返しそうな気がしたから、攻撃したときの跳弾で他に被害が出ないようにするためでもあった。


 結界を張って鬼人のその後の様子を見守っていたユリの疑問にマリエラが答える。

「何って、ハンターギルドの図鑑で見た龍人(ドラゴニュート)によく似てるけど、あたしも実際に見るのは初めてだしね。断言はできないわ。

 ウルフはどう思う?」

「俺も初めて見るやつだな。それより、俺の知識が確かなら、龍人(ドラゴニュート)は召喚術に応じないはずだ。

 それがなぜ、ここにいるんだ?

 逆に言えば、龍人(ドラゴニュート)ではない可能性が高いってことだ」

「ん~、違ってもいいです。とりあえず、あれがみなさんの知っている龍人(ドラゴニュート)だったと仮定して、何か弱点とかあったら教えてください!」

龍人(ドラゴニュート)に弱点は……無かったんじゃない?」

「俺は、森で龍人(ドラゴニュート)と出会ったら、逃げるか諦めるかの二択だと聞いてるな」

「あ~~っ、もうっ!

 みなさん何かもっと役に立つ知識は無いんですか!!」

 その問いに対し、ジェイクは腕を組んで上を向いて考え込み、ミラは自身の記憶を探るように首を(かし)げて考えているだけだった。


 その頃ハンスは、龍人(ドラゴニュート)らしき鬼人が背後に現れると、首だけ振り返って、その鬼人に語り掛けていた。

「ふっ! 思ってたよりいい面構えだな。

 さぁ、さっさとあの連中を排除しろ!」

 ハンスが衛兵たちを指差し、背後の鬼人にそう命令すると、衛兵の前で(ひざまづ)いていたトゥーラが立ち上がり、ハンスに向き直って呼びかけた。

「ハンス! もう(あらが)っても無駄だ。 おとなしく……」


 ばしっ! ぼぼぼんっ!

 どさっ! どさどさどさっ! ぼてっ、ごろごろごろ……


 多くの人間が、その音を立てた事象の一部始終を見ていたが、彼らの脳は目で見た事柄を理解することを拒否して音だけを聞いていた。そして映像の方は、音とは別に、まるでスローモションのように、ゆっくりはっきり見えていた。まず、トゥーラの言葉が終わる前に、龍人(ドラゴニュート)らしき鬼人が目の前の蚊でも払うかのように右腕を振るい、彼の前に立っていたハンスの頭をゴルフのティーショットのように(はじ)き飛ばした。その、砲弾となったハンスの頭がトゥーラとその後ろにいた二人の衛兵の腹部を突き破り、頭を失ったハンスの胴体が床に倒れ、次に、トゥーラと衛兵たちが倒れる。そしてその後、勢いを失い潰れて血まみれとなったハンスの頭が床に落ちて転がっていた。

「「「「…………」」」」


「い、いやぁぁあああーーーー!!」

 血飛沫(しぶき)こそ浴びなかったが、惨劇を目の前で見てしまったリザベルの叫び声が、固まっていた人々の意識を呼び覚ました。すると衛兵たちは即座に、ブレイヴ・ソードのメンバーと倒れた仲間を放置して、一斉に室外に走り出た。衛兵たちの名誉のために説明するが、彼らは怖かったから逃げたのではない。想定外の異常事態には、意地を張らずに退避して、態勢を立て直すことを、普段の訓練で義務付けられていたからだ。


「き、貴様! 召喚主に何をしている!」

 正気を取り戻したラドックが龍人(ドラゴニュート)らしき鬼人の背後から叫ぶと、それは振り向きもせずに、尾を鞭のように横に(ふる)った。


 ひゅっ! ぼて、ごろごろごろ……

 どさっ!


 ラドックは、その尾のひと振りで首を落とされていた。落ちた頭は、頭を失った自分の体が、首からリズムを打って血をぶしゅー、ぶしゅーと噴き出しながら倒れるのを見て、何が起きたのか理解できないという表情で、(しばら)く口をぱくぱく動かしていたが、やがて目と口を開けたまま動きを止めた。

 そもそも、ラドックは魔殻を不当に占有していただけで、その正規の所有者ではないし、まして召喚主というわけではない。たとえ魔法で召喚した場合であったとしても、召喚主が弱いと命令に従わないことがあるのだ。召喚された龍人(ドラゴニュート)らしき鬼人にとって、ハンスやラドックは纏わりつく蠅でしかないということを、彼らは理解していなかった。


 その一方で、壇上のカーテンの奥にもひとり、ショックを受けている者がいた。

「えっ? なんで?」

 それが姿を見せたときに、ユリは即座に龍のような鬼人の体を裏返しの円柱状の防御結界で取り囲んでいた。ハンスとラドックがいたのはその外側だ。ところがあれは、そんなもの無かったかのように結界を越えて腕と尻尾を振るったのだ。

 そこには今も間違いなく防御結界がある。その証拠に、ハンスとラドックの首から噴き出した血が、あれを囲む空中の透明な壁の外側に赤い模様を描いているのだから。なのに、こいつは、壁抜けをするレイスや幽霊のように、防御結界の存在を否定して動いていた。


「マ、マリエラさん、わ、私、どうしましょう!?

 私の防御結界が、あれに空気扱いされちゃってます」

「はぁ? どういうこと?」

「あいつはレイスか幽霊なんですか?

 あれ? レイスって防御結界を通り抜けられましたっけ?」

「そんなこと知らないわよ。 だったら、何か攻撃してみて!」

「そ、そうですね。あれが防御結界の中にいる今なら、何やっても周りに影響は出ないはずですよね。なら技能試験場で使ったやつ行きます!」


 みょんっ!


 そんな気の抜けた電磁誘導の音と共に、ユリの手の30㎝ほど先から青白く輝く荷電粒子の塊が光線状に打ち出され、防御結界の中に吸い込まれる。

 ユリの防御結界は、物質でも魔力でも一方通行で通すので、裏返しで張った防御結界は、外から中へ攻撃を打ち込むことが出来る。そして打ち込まれた荷電粒子のビームは防御結界の円柱内で窒素や酸素の分子と衝突して光を放ちながら何度も反射して、結界を高輝度の蛍光灯と()した。相手が普通の魔物(モンスター)なら、跳弾のビームに何万回も打ち抜かれて、とっくに消滅しているはずだ。

 だが、結界内の光の色が全然変わらないことにユリは気付いた。普通なら、金属イオンの炎色反応のように、構成物質に応じて赤や青や緑などの色を発するはずなのだ。なのに今尚、結界は白色に輝いている。

「どうなの? やったの?」

「まだ分かりません」

 そのとき、閃光を放ちつづける円柱状の結界はそのままに、龍人(ドラゴニュート)のような者が結界の外に歩み出てきた。

「なんで平気なんですか~~!

 それに、なんで結界を摺り抜けられるんですかぁ!」


「ユリ、他の攻撃は無いの?」

「え~~!? ん~、ん~、ダメモトで冷やしてみます!」

 ユリが小説(ラノベ)で読んだ異世界ファンタジーでは、トカゲや竜族は冷気に弱いとされていることが多い。あれが龍人(ドラゴニュート)かどうかも定かではないが、その可能性に期待して鬼人の周囲を急速冷却することにした。

 零度、零下十度、零下二十度、零下三十度、零下四十度、そこまで冷やしても鬼人が動じる様子が全く無い。

 零下六十度、零下八十度、零下百度。地球の南極で記録された最低気温より冷やしたが、鬼人はそのことに気づいてさえいない様子だった。

「駄目です! 零下百度でも知らん顔してます!」

 相手がなぜ平気でいるのか理由は不明だが、たとえ相手が普通の人間だったとしも、断熱材で覆われていたら、周囲を絶対零度まで冷やしたところで効果はない。ユリはこれ以上の冷却は無駄だと判断した。


「毒ガスは? あいつだって生き物でしょ?」

「やってみます!」

 とは言ったものの、神経ガスの化学式など、学生時代に興味本位で見たことはあるが、今は奇麗さっぱり忘れている。とりあえず生成魔法で、一酸化炭素と硫化水素と塩素ガスを作って、順番にそいつを覆ってみるが、どの有毒ガスも効果無く、相手は相変わらず悠然と佇んでいる。

「全然駄目です!

 呼吸してないんですか、あれは! 宇宙生物なんですか!

 大体あいつ、全然こっち見ないです。敵認定されても困りますが、こっちから攻撃されてるって意識がないんですよ」

 相手は空中の何かを見つめるようにじっとしていて、時々体の向きを変えて数歩動くだけで、暴れ回っていないのは幸いだった。今更だが、近づかない限りは問題なさそうに思えてくる。


(あんなに静かにしてるのに、そもそもあいつは、なんでハンスさんとラドックさんを排除したの?)


 そう、あれはハンスとラドックを結果的に殺したが、ユリからすると、蠅や埃を払っただけのように見えた。

 そう、あれはまるで……。

「邪気を払っただけなのかもしれませんねぇ」

 これまで状況をひたすら観察し続けて、(ようや)く考えのまとまったミラが、ユリの心を読んだかのように語った。

「死んだ二人から漂っていた邪気が、今は無くなってますからねぇ」

「そりゃ、死んだからじゃないのか?」

 ウルフの質問にミラが答える。

「普通なら死んでも邪気は残りますよぅ。

 だから死者を浄化するんじゃないですかぁ」

「ちょっと待ってください。ミラさん、さっきスケルトンを退治するときに、この部屋全部浄化しましたよね? なんで邪気が残ってるんですか」

「以前、ゴブリンの邪気は払えないってユリさんにも教えましたよねぇ。

 ちょっとした気の迷いを引き起こすような、軽く取りついただけの邪気は浄化できるんですけどぉ、ゴブリンのように肉体と一体化した邪気は払えないんですよぅ。さっき死んだ二人は、知性を備えたゴブリンみたいな人達だったんですねぇ」

「ミラ、あんた聖職者なのに、ときどき物凄い毒を吐くわね」

「ならさっきのは、邪気を手で払おうとしたときに、偶々そこに人の頭があったって言うのか?」

「う~ん、そうじゃなくてぇ、邪気に引っ張られて頭が取れちゃったんですねぇ」

「ちょっとミラ、ユリみたいに訳の分かんないこと言うのはやめて!」

「マリエラさん、私みたいにってどういうことですか!」

「やめないか! ふたりとも!

 ミラ、もう少し分かりやすく説明してくれ」

「そうですねぇ。口で言うのも難しいから、ねぇユリさん、ちょっと小石かなにか、あれに向かって、軽く当てる程度の強さで投げてみてください」

「えっ? 小石ですか?」

 ユリは足元を見るが、小石はない。見回すと、ステージのヘリに床が崩れたときの破片があったので、それを拾い、散々攻撃しておいて今更だが、あれに向かって相手を怒らせない程度に軽く放り投げてみた。

 当たると何が起きるというのか? そう思ってやってみると……。


 ひゅ~~ん。 ころころころ。


「「「えっ!?」」」

 驚いたことに、ユリの投げた破片はそのまま龍人(ドラゴニュート)のような鬼の体を素通りして、その向こう側に落下していた。


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