67 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編18】
ハンスたちが査問会だと宣言されたとき、ユリたちは王女殿下の座席の斜め後方にある上位の人間のための出入り口に掛けられた黒いレースのカーテンの陰に隠れて、カーテン越しに謁見の場の様子を窺っていた。ユリたちのいる場所には照明が無く、暗くなっているので、カーテンから少し離れてさえいれば、その姿をハンスたちから見られる心配はなかった。
しかし、ユリには別の不安があった。
(さっき、近衛兵の人達が私の前を通り過ぎて行ったけど、イオトカ君の影響でお姫様を襲ったりしないよね?
近衛兵は、ちゃんと人品骨柄が確かな人達から選ばれてるんだよね?)
ハンスたちが驚き、狼狽えて、第三王女殿下の御前であることも忘れて右往左往していると、エレノーラが彼らに声を掛けた。
「おまえたちが気になってるだろう物を見せてやろう」
さらにステージ脇の出入口に向かって声を掛ける。
「例の物を持ってまいれ」
その言葉の後、台車に乗せられて運ばれてきたのは、大小二つの金庫だった。ハンスたちの前で止まった台車が反転されると、それぞれの金庫の背中側には、何かが破裂したような、金属がめくれあがった大きな穴が開いていて、金庫の中身が空になっているのが見えた。
「その二つは剣の館から押収した金庫だ。
これがどういうことか分かるな」
「勝手に屋敷に入ったのか!」
エレノーラが王女殿下であることも忘れて、ハンスが噛みついた。
「何を言っているのです。剣の館はブルックナー伯爵の屋敷ですよ。証拠物件の押収におまえたちの同意は必要ありません」
「王族と雖も、伯爵家の物に勝手に手を出すことは許されないはずだ!」
「おまえたち如きに説明する必要は一切ないのですが、あまりにも可哀そうだから教えてやりましょう。
ブルックナー伯爵は、コロシアムでの騒ぎの際に、国王陛下の目の前で不正行為を働き、その場で捕縛されました。金庫の押収は、その犯罪行為に対して国法に則って執行されたものです。
金庫の中には、なかなか面白い書類がありましたね。
あれは、もともと恐喝に使ってたものでしょうか、貴族たちの不正を示す資料がたくさんありましたね。ブルックナー伯爵の不正の証拠まで押さえていたのは、伯爵の裏切りを警戒してのことでしょうか?
そして、まぁ、なんということでしょう。驚いたことに、あなた方の不正、恐喝、殺人の証拠までもが、多数出てきてしまったではありませんか。
あまりにも数が多くて、押収品を整理し分析していた官吏たちが悲鳴をあげていましたよ」
エレノーラの終盤のセリフが態とらしかったのは、相手にそう見せているからだ。口では偶然と言っているが、最初から狙ってやってるのだから、おまえらに逃げ場はないという意思表示だ。
「あの~、話が飛んでませんか?」
カーテンの裏で、ユリが疑問の声を上げた。
「?? 何を言ってるんだ?」
ユリの言葉の意味を分かる者は誰もおらず、ウルフが声に出して言うと、ユリは謎の会話を続けた。
「普通は、こうなる前に、街の中で私がハンスさんに襲われて返り討ちにするのが追放ものの定番じゃないですか。
ちゃんと手順を踏まないと文句を言ってくる読者が一定数いるんですよ」
「おまえが何を言ってるのか、俺にはさっぱり分からん」
「はははははっ!」
けたたましく笑い声をあげたのはハンスだった。
「ふんっ、証拠だと。笑わせるな。その金庫には万一のために爆裂魔法を仕込んであったんだ。その金庫の大穴を見れば、開けそこなって吹き飛んだのが丸分かりだ。証拠の書類なんぞ、残っているわけがない」
「ふふっ」
ハンスの話を聞いたエレノーラは、馬鹿にしたように軽く鼻で笑い、膝の上に置いていた小物の布を取って、ハンスに見せていた。
「これに見覚えはありませんか?
これもその金庫から押収した品ですが、なかなか繊細なガラス細工ですね。息を吹きかけただけでも壊れてしまいそうです。これは、ロンベルト公爵が国王陛下に献上しようと王都に運んでいたときに、何者かに奪われた品にとてもよく似ていますね。
こんなものが入ってたこと自体が問題ですが、これが傷ひとつなく無事だということの意味は分かりますよね?」
「「「……」」」
中にあった証拠書類は全て無事だと分かったハンスたちは、それ以上の反論をすることが出来なかった。
「ドッジ・イエ・マヌ。今日は貴族としてのおまえの審問から始める予定でしたが、証拠品があまりにも多く揃い過ぎていて、その必要もなくなりました。
今から判決を言い渡します」
エレノーラがそう言うと、従者が羊皮紙に書かれたそれぞれの罪状と処分を読み上げだした。
「まず始めに、ゼノビア、ならびにリザベル。
両名は犯罪行為に直接関わってはいないが、所属パーティーの犯罪行為を見逃していたことの責任を免れることはできない。
よって、両名は三年間の保護観察ならびに、無償労務とする」
「「……」」
二人が言葉を失っていたのは、刑の重さか、あるいは軽さか。
言い渡されたのは、日本にはない非拘禁刑だ。かつて日本では、労務を要求される懲役刑と労務無しの禁固刑があったが、現在は拘禁刑に一本化されている。罪が軽ければ執行猶予がつくが、執行猶予期間中の労務の義務はない。それに対して、海外だと既定の社会奉仕を義務付ける非拘禁刑がある。二人が言い渡されたのは、そういう刑罰だ。
「つぎにトゥーラ。
その方は、ブルックナー伯爵からブレイヴ・ソードの監督と指導を言い渡されながら、それを怠っていた。伯爵には、もともとはブレイヴ・ソードをまともな勇者パーティーに育てる意図があったが、徐々に犯罪行為に手を染めるようになっていた。伯爵に逆らえなかったことは仕方がないが、最初からハンスを厳しく指導していれば、このような事態は避けることが出来たはずである。
よって、その方は、五年間の保護観察ならびに、無償労務とする」
「……」
「つぎに、ハンス、ラドック、ベック。
以上三名は、共謀して恐喝25件、窃盗84件、傷害127件、強盗14件、殺人67件を行った。
よって、この三名は死刑とする」
「マリエラさん、ちょっと、どういうことなんですか」
ユリが小声で判決のことを訊ねた。
「どうって、それだけ悪いことしてたってだけでしょ」
「そうじゃなくってですね、私が知ってるのは、私の買った備品の窃盗っていう軽犯罪だけで、凶悪犯罪を一件も見てないってことですよ」
「別にあんたが知らなくたっていいじゃないの」
「それじゃ冒険譚の読者が疑似体験できないから、相手が極悪人だって分かってくれないんですよ!
かの有名なシャーロック・ホームズだって、その作品中でジェームズ・モリアーティ教授の悪事の描写が足りないからって、あれはホームズの妄想だとか、じつは教授はいい奴なんじゃないかとか、名作なのにさんざん文句言われ続けてるんですからね」
「知らないわよ、そんなこと!」
ブレイヴ・ソードの六人全員が言葉を失っていると、衛兵が近づいて、死刑判決を受けたハンスたちに剣先を向けて取り囲んでいた。
エレノーラが言葉を続ける。
「ドッジ・イエ・マヌ。
マヌ男爵は、おまえに対する監督不行届きにより褫爵が決まった。おまえのことは、今はまだ貴族の一員として扱うが、明日からのおまえは、ただの平民のドッジとなる。だから、今日、貴族として斬首されるか、明日、平民として縛り馘になって晒されるか、おまえに好きな方を選ばせてやろう。
そうそう、今更だが、おまえたちが頼りにしていたプランバ・イエ・ブルックナー伯爵は、すでに長男に襲爵して、先ほど斬首刑が執行されたことを伝えておこう」
「……冗談じゃない」
そう言ってハンスが立ち上がると、ラドックとベックも立ち上がって、衛兵たちと対峙する。
そのときだった。
壇上で両側に立っていた四人の近衛兵のうち三人が、いきなり剣を抜いて無言でエレノーラに切りかかってきた。
「ひっ!」
有り得ない事態に目を瞑って固まるエレノーラ。
近衛兵は信頼できる貴族の子弟から選ばれる。親の派閥、親子の忠誠心、人間性、金に困っていないか、普段の趣味に至るまで、徹底的に調べ上げたうえで選ばれていてる。その近衛兵が暗殺者に豹変したとなれば、しかもそれが三人ともなれば、エレノーラが驚き、死を覚悟するのも当然だった。
かきんっ! がきんっ! ばきっ!
エレノーラは、その音を聞いて尚、自身が無事であると分かると、目を開けて何が起きたのかを知る。
ただひとり裏切らなかった近衛兵と、舞台裏から飛び出してきたウルフとジェイクが、暗殺者と化した近衛兵三人の剣をさばいて対峙していた。
「あぁぁぁ! やっぱり~~!
よりによって、なんでこのタイミングなんですか~~!!」
ユリはそう叫ぶと同時に、暗殺者たちの脊髄に電撃をお見舞いする。
すると、電撃によって硬直した暗殺者を、味方の三人が同時に蹴り飛ばした。
どしゃどしゃどしゃ!
たかが胸の高さとはいえ、暗殺者たちは受け身をとれない状態でステージの下の大理石の床に落下したので、手足を有り得ない方向に曲げ、頭からは血を流している。
「じゃ、これで」
不心得者の排除を確認すると、ユリはステージの周囲に防御結界を張って、次の攻撃に備えた。
その一方、壇上で予想外の事態が発生して、室内の衛兵の視線が逸れたとき、ハンスがいきなり、脇で片膝をついていたゼノビアに襲い掛かって押し倒していた。
がたんっ!
「きゃーー!」
べきっ! ばりっ!
ハンスはゼノビアを押し倒した後、彼女の上に伸し掛かり、ゼノビアの肩や胸が傷つくことも厭わず、義手を固定していた革のベルトを力任せに引きちぎって、両手の義手を捥ぎ取っていた。
「あっ! 大事なこと忘れてましたぁ!! ……(もごもご)」
ユリが大声で叫んだのを、マリエラが手で口を塞いで、小声で叱りつけた。
「あんたは隠れてなきゃいけないんだから、大声出すんじゃないわよ!」
「(もごもご)……プハッ」
ユリが息継ぎをして、小声で続けた。
「ゼノビアさんの義手ですけど、中が空洞になってて、普段はお金とか大事なもの入れてるんだって、リザベルさんから聞きました。
多分、ハンスさんが武装解除されることを懸念して、何か危険なものを預けてたんじゃないでしょうか」
ユリの発言にウルフが反応した。
「危険なもの?」
「ダンジョンに入る前に、ハンスさんとラドックさんが悪だくみしてたのを聞いちゃったんですけど、グランバルト伯爵のエルトア領で手に入れた何かを、ギルドやブルックナー伯爵に報告しないで、帝国に金貨百万枚で売ろうって言ってましたね」
「おいおい、金貨百万枚で他国に売るっていったら、国を滅ぼすような武器しかねぇだろうがよ」
ユリたちは知らないが、ハンスは、前の遠征でエルトア領を訪れたときに入手した二つの魔殻を、王城に来る前にゼノビアに隠すように命じていた。
ゼノビアの義手は、肘から先を模したもので、動かすための機構はないので中は空洞になっている。普段は貴重品入れにしていたのだが、それを知っているハンスがそこに隠すように言ってきたわけだ。ゼノビアの義手の中身を取り出すときには義手を外す必要があるので、女性の介助が得られないところで取り出すことはしないのだが、小さいものは隙間を作って、貯金箱のように中に押し込むことはできたので、気が立っているハンスの要求に仕方なく応じたのだった。
問題は魔殻だ。魔殻とは、スクロールをさらに強力にしたもので、より強力な魔力でより複雑な魔法が封じられていて、その発動にはキーワードすら必要としない。ただ叩き割るだけでよい。通常は魔法を封じられた場所では使えないはずなのだが、この魔殻は毛色の違う代物だった。
ハンスがゼノビアから両手の義手を捥ぎ取ると、その中身を床にぶち撒けて二つの魔殻を拾い上げ、ひとつを自分で持ち、ひとつをラドックに渡した。
「折角の売り物をここで使うのは惜しいが、背に腹は代えられんからな」
その様子を見ていたミラが指摘する。
「ハンスさんが持っているのは、見た目こそ魔殻のようですけどぅ、実際は呪物ですねぇ」
「具体的には?」
「そこまでは分かりませんねぇ。ここからユリさんが破壊していいものかどうかも」
ミラは、闘技場で、ユリが指先から極細の荷電粒子ビームを打ち出して魔物を倒す姿を嫌というほど目にしている。ユリがそれを使って破壊することは不可能ではないだろうが、問題は、破壊したときの影響が分からないということだ。
取り囲む衛兵たちも同じような思いだったのだろう。ハンスたちを攻撃もせず、警戒して様子を見守っていた。
ハンスは衛兵たちを見回すと、魔殻を握りしめ、壇上のエレノーラに向かって腕を振りかぶって……、そのとき、トゥーラがハンスにタックルするように飛び掛かった。
「邪魔をするな!」
ハンスがもがくも、トゥーラが放そうとしない。
すると今度は、ベックがハンスの手から魔殻を奪って、エレノーラに向かって投げつけた。
ぱきんっ!
ハンスたちには見えていなかったが、そこにはユリが張った防御結界があった。魔殻は、見えない壁に当たって割れ、そのまま床に落ちた。落ちたのだが、なぜか魔殻が割れた空中からモクモクと黒い煙が出始めた。ベックは更に、隠し持っていた暗器をエレノーラに向かって投げつけるが、これも見えない壁に弾かれる。
そこで漸くベックは、ついさっきまで無かったはずの、そしてこの部屋にはあるはずのない魔法の壁が張られていることに気がついた。
一方、リザベルはゼノビアを引きずって、ハンスたちから少しでも離れようとしていた。ゼノビアはゼノビアで、引き摺られながらも状況を把握して言った。
「ここに、あの娘が来ているようね」
「あの娘って誰ですか?」
「ユリとかいう娘ですよ。この部屋で防御結界を張れるのはあの娘しかいないわ」
ゼノビアは、魔法によらない防御結界を張ったのがユリであることに気づいたようだった。




