64 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編15】
ブレイヴ・ソードの一行がダンジョンからの撤退を始め、全員が上の階層に行ってしまうと、地獄焔羊が抜け出して真っ暗になったままの坑道から、こっそり顔を覗かせた者たちがいた。
「ねぇウルフ、あいつら諦めて撤退したみたいよ」
「あぁ、ユリに作戦を持ち掛けられたときは俺も半信半疑だったが、上手くいったようだな」
マリエラとウルフだ。
「ああっ、もったいない。せっかく私の貴重なコレクションを放出したっていうのに、なんてことをしてくれるんですか!
私は地獄焔羊がブレイヴ・ソードと真正面からぶつかる所を見たかったのに、あれじゃ血沸き肉躍る冒険譚にならないじゃないですか!
しかも死体ひとつ残していかないなんて。
地獄焔羊は、魔物とはいえ一応は羊ですよ、羊。毒抜きしたら美味しく食べられたかもしれなかったのに、なんで全部灰にしちゃうんですか!」
ユリが見当はずれなことを言いだしたが、それは無理な要求だった。地獄焔羊に対し、剣や槍は文字通り刃が立たない。実際、ハンスが持っていたカラドボルグとかいう聖剣の刀身は、聖剣が偽物だったのかハンスの腕が悪かったのか不明だが、地獄焔羊の体表の焔によって一瞬で溶かされてしまっていた。この魔物と正面切って戦うなら、土魔法か氷魔法、もしくは闇魔法が必要なのだが、今のブレイヴ・ソードにその魔法を使える者はいない。もしかしたらゼノビアなら使えたかもしれないが、たった一人で三頭を相手に長時間の戦闘をし続けることなど出来るはずがない。だから、さっきゼノビアが使った魔法は、見事な判断と賞賛すべきものだった。
そんな興奮したユリをマリエラが窘めた。
「はいはい、ユリ。あんたは目的を見失わないでね。
計画通り、うまくいったんだから、それでいいじゃないの。
それに、連中がああいう戦い方になったのは、そもそも、剣や槍で戦えない魔物を出したあんたが悪いんでしょうが」
「だってだって、私が北の砂漠草原で捕獲したデザートドラゴンを出そうとしたら、みなさんが駄目だっていうから……」
食後のデザート(dessert)ではなくて砂漠(desert)の方。英語としては先頭にイントネーションがあって『ダザー』に近い発音なのだが、なぜか日本ではイントネーションのない『デザート』が使われるので、ユリの自動翻訳でもそうなっている。
「そんなもの出したら、あいつら一瞬で全滅するから駄目に決まってるでしょうが! それ以前に、この前の巨大スケルトンより大きいのを、ここじゃ頭しか出せないでしょ!」
(アイテムボックスから頭だけ出した状態で戦わせることも出来るけど、見た目がドラゴンの頭だけとかだと、やっぱり説明に困るのかな~)
実は、ユリたちは、ブレイヴ・ソードが前回撤退してからずっとダンジョンに留まって、フレイムリザード狩りをし続けて、十四階層から二十四階層にいたフレイムリザードとその他の大型の魔物を全て退治して、もしくは生きたまま、ユリのアイテムボックスに収納していた。
彼女らが今いるのは、元々はフレイムリザードの巣穴となっていた坑道のひとつで、ブレイヴ・ソードが近づいてきたときには、ユリのアイテムボックスから三頭の地獄焔羊を引っ張り出して、坑道の外に追い立てていたのだった。
「今回も、ゼノビアさんは不思議な魔法を使いましたねぇ」
ミラがそう言うと、全員が同意した。
「なんか、ユリが使ってた落とし穴に似てたけど、実際はどうなの?」
「えっ? 全然違いますよ?」
マリエラの問いをユリが否定する。
「ゼノビアさんの穴は、中が物凄く眩しくって、最後に青白い焔を吹上げてたじゃないですか。あれは穴の中で、地獄焔羊をその焔の十倍以上の高温で焼き上げたもので、いわば超高温の焼き窯です。さすがに本物のスーパ-ノヴァだと百億度もあって、この世界が丸ごと吹き飛んじゃうんで、せいぜい一万度くらい、ベガやシリウスの表面温度くらいだとは思いますけど。それも恒星の色と表面温度の話であって、熱放射の色なら青白色は摂氏千七百度前後、炎色反応の色ならもっと下の可能性もありますけどね。
私の落とし穴は、ただ中に入れるだけですから、あれとは全然違いますよ。
そりゃあ私だって、中を焼き窯のようにした落とし穴とかは作れますけど、間違って人間が落っこちたらまずいじゃないですか。焼き窯にするのは、落ちた人間が悪人だって分かってからでも遅くないですからね」
「相変わらずあんたが何言ってるか分からないけど、言いたいことはなんとなく分かったわ。あと、捕まえた盗賊を焼き殺すのはやめときなさい」
* * *
ブレイヴ・ソードの六人は、自分たちの屋敷『剣の館』に戻ると、すぐに応接室に集まって話を始めた。
「まったく、赤字覚悟で準備万端に整えたのに、なぜ失敗する」
今回の遠征では、大量のスクロールとポーションを正規に、あるいは闇の業者から、大金をばら撒いて搔き集めて望んでいて、しかもその大半を消費してしまったので、ラドックが不平を漏らすのも当然だった。たとえ成功してハンターギルドから約束の報酬が得られたとしても、出費の方が多くて赤字になることは分かっていたのだが、『勇者パーティー』の看板を守ることを最優先にしなければならなかった。それが失敗に終わったのだから、会計係を言い使っている身としては、とんでもないことだった。
「ハンスが大剣を失ったのも痛いな」
副リーダーのトゥーラがそう指摘する。ハンスが使っていた大剣は、かつて新人から奪った聖剣カラドボルグだ。ハンスは、元々はブルックナー伯爵の宝物庫にあった大剣を貸与されていたのだが、それは聖剣を手に入れた後で返却していた。この聖剣も、新人から奪った事実はハンスの他にはラドックしか知らず、表向きは伯爵から貸与されたことになっている。だから、それを失ったとなれば、下手をすれば賠償しなければならない。伯爵が不在の今、すぐに賠償云々の話になることはないが、代替品として前の剣を入手することも出来なかった。あの手の大剣はすべて注文生産になるので、武器屋に行ったところで、すぐに買って来ることも出来ない。
「……」
己の不注意で大剣を失った当の本人は、無言で不貞腐れた顔をしている。左手には刀身を失った剣を、名残惜しそうに握っている。刀身部分が溶けて固まったため、鞘に戻すことも出来ず、柄の部分には宝石が鏤められた豪華な装飾が施されていて捨てて来ることも出来きず、ダンジョンからずっと握りしめて帰って来たのだった。そもそも借用品扱いだから、売り飛ばしていない証拠としても持ち帰る必要があったのだが、ハンスが剣の柄を今尚握りしめているのは、己の不甲斐なさと、恥を掻いたことへの怒りのぶつけ先を求めての仕草だった。
「この前フレイムリザードを狩ったときに比べると、全員の調子が悪かったように思います」
そう言ったのはリザベルだ。それはラドックの「なぜ失敗する」に答えたものだった。
「調子が悪い?」
「はい。ゼノビアさんの魔法も、最後にかなり無理して地獄焔羊を倒したときだけは凄かったですけど、そこまでに使ってた魔法は普通って言うか、今ひとつって感じで。ハンスさんやトゥーラさんの攻撃も、フレイムリザードを倒した日に比べると、精彩さを欠いていたような気がします」
それは、普段のハンスが聞いたら怒り狂って馘を言い渡すような発言だったが、今日のハンスは気も漫ろで、リザベルの失礼な物言いを聞き流していた。事態を達観していたわけではない。すでに他のものに怒りの矛先を向けていたのだ。
「そうねえ、リズがそういうのも分かるわ。確かにあのときだけ、やたら調子よかったものね。今回との違いと言えば、あのユリって娘がいたことぐらい? あの娘の魔法の照明からは特別な力は感じなかったけど、あの娘自身はちょと変わった感じがしてたから、もしかしたらエンチャントの代わりになる力でもあるのかもしれないわね」
「まさかまた雇えと言う気か? それなら無理だ。ハンターギルドに斡旋されたのを、こちらが因縁をつけて解雇したことになってるんだ。今更ギルドに、やっぱり雇いたいなどと頭を下げることはできん」
「それ以前に金は足りるのかよ?」
ベックが痛いところをついてきた。ラドックがパーティー予算の一部を持ち歩いていたが、それは既に底を尽きかけていたのだった。
「消耗品を買い足すには、少々足りないか。
ベック、この部屋の金庫を開けるから、窓と戸締りを頼む。
トゥーラ、鍵を出してくれ」
ベックが窓の板戸を閉め、部屋の扉の外に人がいないのを確認し終わるのを待って、ラドックが壁の片隅に掛けられている額縁を跳ね上げ、窓の板戸のように持ち上げた。さらに、その裏にあった壁板をはずして、金庫を開け……開けられなかった。
「……なんだ、これは……
なんなんだこれは!!」
ラドックが大声を上げると、部屋にいた全員が集まってきて金庫があるはずの壁を見た。
「「「「……」」」」
「なにこれ?」
四人が固まっている中、調査係のベックだけは、その異常に反応した。全員が驚いた理由ははっきりしている。そこには金庫に代わって、玄武岩らしき黒い岩でできた、金庫そっくりの形をしたものが収まっていたのだ。
ベックが近寄って、彫刻した岩のようになった金庫の中央をナイフの柄の金属部分で叩く。
キン、キン!
硬い金属音を聞いて、苦々しい顔をしてベックが言う。
「おいおい。こりゃ、奥まで完全に岩だぞ。奥にあるはずの空洞が無いから石化したわけじゃないね。漆喰ならともかく、どうやってここに収めたんだか。埃の付き具合からみて、かなり前からこの状態なんだけど……」
「かなり前? いったい、いつからなんだ」
ラドックの問いに、表面の埃を指でなすり取ったベックが答える。
「少なくとも30日は前だと思うけど、王都に戻ってからは開けてないのかい?」
「あぁ、そうだ。エルトア領に行く前に開けたっきりだ。だが、一体どうやって。だいたい、なんだって態々こんなことを……」
「なぁ、床下のはどうなんだ?」
ベックが訊いたのは、この部屋には、床下にも隠し金庫があるからだ。そもそも、この屋敷を伯爵から与えられたとき、既に主の部屋の壁に隠し金庫があった。しかし、国の手入れがあった時に真っ先に見つけられるところに不正の証拠を置けないからと、応接室という人の出入りの激しい場所に新たに設置したのが、この部屋の壁と床下の隠し金庫であった。さらに言うなら、本当にヤバいものは、どの金庫にも入れず、ハンスとラドックが常に所持している。
「手伝ってくれ」
ラドックに指揮され、ハンスとゼノビア以外が協力して椅子とテーブルをどかし、絨毯を捲り上げ、更に大理石の床板を外すと、そこには黒光りした金庫の姿があった。
あったのだが……
「「「「「「……」」」」」」
全員が声を失っていた。
そこにあったのは、壁にあったのと同じく、床下金庫の場所にスッポリと嵌った、金庫の形をした玄武岩らしき黒光りした硬い岩だった。




