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63 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編14】

 這々(ほうほう)(てい)で自分たちの屋敷『(つるぎ)(やかた)』に戻ったブレイヴ・ソードの一行は、意識の戻らないハンスをベッドに放り込むと、残り五人で応接室に集まって話し合いを始めた。

「僅か二階層で敗退とは、情けないにも程があるぞ」

 副リーダーのトゥーラを差し置いて発言したのはラドックだった。

「俺のサポートが頼りなくてすまない」

 なぜかトゥーラが謝罪すると、ベックが不満を吐き出した。

「だいたい、最近のハンスが我儘過ぎるんだよ。特に、前回ダンジョンに潜ったあたりから、好き勝手が酷くなってたからな。あのとき、階段の罠にはまって全滅しかけたのも、あいつのせいだろ」

 リザベルも、心に溜まっていた不満を吐き出す。

「私も、リーダーがユリさんを馘にしたのがおかしいと思います。

 ユリさんは、とてもよくやってくれてました」

 そこにゼノビアが(とど)めを刺す。

「所詮、お飾りのお坊ちゃまってことね。マヌ()のドッジ君らしいわ」


 ハンスの本名はドッジ・イエ・マヌ。マヌ男爵家の三男なので、間に『イエ』が挟まっている。この国ではイタリア風の『ダ』とか、フランス風の『ド』とか、ドイツ風の『フォン』とかではなく、『イエ』が使われているからだ。また、この国に貴族を地名で呼ぶ風習はなく、マヌは家族名だ。なお、『イエ』は付属する意味があるので、爵位を持つ当主の場合は『イエ』を省くこともある。

 日本の戦国大名を毛利家とか前田家と呼ぶのと同じで、土地に縛られない有力者は家族名で呼ばれる。江戸時代に御三家を水戸様とか尾張様と呼ぶ例はあったが、それは同じ徳川家であったのと、御三家は領地替えの可能性が皆無だったからだ。さらに、中世の西洋貴族の多くが地主であったのに対し、この国の貴族は江戸時代の日本と同様に、領主といえども地主ではなかった。ときに領地替えすることもあるので、貴族を地名で呼ぶ理由が無かった。じゃあ、そういう呼び方を全くしないかといえば、そうでもない。東京都知事とか、アメリカ大統領というのと同じで、具体的な個人が誰だろうと関係ない場合には地名呼びする場合はある。

 そして、ハンスという名は、ブルックナー伯爵がドッジをハンターパーティーのリーダーとして仕立てる際に、伯爵が相談相手にしていた占い師が「ドッジ・イエ・マヌという名前の縁起が(すこぶ)る悪い。スコビル値がドラゴンズ・ブレス級」と言ったため、ハンスに改名させていたもので、ブレイヴ・ソードのメンバーは、リザベルを除いてそれを知っていた。


 話がずれそうだったので、ラドックが軌道修正する。

「今、問題にしているのは奴の名前じゃない。

 問題は、王族からの指名依頼を失敗すれば、このパーティーの威信が著しく下がるということだ。前回のフレイムリザードも、他のパーティーから買ってきたんだろうと言われかねん」

「ハンスには内緒だけど、それはもうハンターギルドで噂になってるよ。

 嫌われ過ぎなんだよねー、うちのリーダーは」

 そう言ったのはベックだ。

「だったら尚更、この依頼はやり遂げなければならん」


 話し合いの結果、二日後に再度ダンジョンに潜ることに決まった。


    *    *    *


 それは、ハンスが気絶して、ブレイヴ・ソードが撤退を始めたときのこと。ユリは再び目を覚ましていた。


「ふふふっ、ユリさんにも苦手なものがあったんですねぇ」

 ミラが微笑みながら声を掛けると、ユリが歯をカチカチ震わせながら答えた。

「あれは、生理的に無理なんです。子供のころ、夕方の田舎道を家に帰ろうと走ってたときに、道の角を曲がったところで五センチくらいの()()()()の大群が蚊柱みたいに飛び回ってる中に突っ込んじゃって、しかもそれが何匹か口に中に入っちゃって……、あ゛~~~~、思い出したくもない。

 それ以来、どうしようもなく無理なんです」

「そんなこと、(あお)()めながら態々(わざわざ)思い出さなくていいわよ」

 マリエラが気遣って声を掛ける。こんなとき、生理的なG嫌いを理解できないウルフとジェイクは役に立たない。

「心配をおかけしました」

「俺も、ユリがあれをそんなに苦手だとは知らなくてな、あー、済まなかった」

 ユリが皆に詫びると、なぜかウルフがユリに謝ってきた。

「ええっと、何で謝るんですか?」

「あいつらに鼠以外の魔物を(けしか)けようと、あそこに誘引剤を撒いたのは俺だ」

「……、まさかその誘引剤の臭い、リーダーの体に残ってないですよね?」

「どうだろうな、あれから手を洗ってないし、そこのユリが仕掛けた落とし穴に、こっちに寄って来たのが何十匹か落ちていたが……」

 ユリが再び気を失って黄泉の国を彷徨いそうになったので、マリエラが肩を揺すって現世に引き戻した。

「す、すみません、もう大丈夫です。

 そういうことなら、あの落とし穴は、素材回収しないで永久封印します」

「まったく、しっかりしなさいよ。

 そんなことより、あいつら撤退しちゃったわよ。どうするの?」

 マリエラは後半で、リーダーのウルフに話を振る。

「ま、当分は戻ってこないだろうからな。俺たちも撤退するか」

「じゃ、ユリ、私たちの周りにある変な落とし穴、解除してくれる?」

 ユリが魔物との戦闘を避けるために仕掛けたのは、アイテムボックスを使った凶悪な落とし穴だった。これが仕掛けられたままだと移動できない。

「あ、はい、今すぐ」

 そう言った瞬間、落とし穴が消滅した。

「ところで、私が気を失ってる間に、誰か落ちたりしませんでした?」

「少なくとも人は落ちてなかったわね」

「そうですか、あれが入ってるから永久封印しますが、人が落ちてないなら、中身の確認はなしでいいですね。

 あっ、ところでちょっと、やっておきたいことがあるんですけど」

「何をしたいの?」

「ええっとですね、あっちは弱体化したとはいえ、ゼノビアさんがいるし、次は強力な応援を連れて来る可能性もあります。そうすると、依頼達成しちゃうかもしれません」

「まぁ、その可能性はあるわね」

「ですからですね、こうしようと思うんですよ。……」

 その後、ラッシュ・フォースの四人は、ユリがごにょごにょと語ったその提案に乗ることにした。


    *    *    *


 撤退から二日後、ブレイヴ・ソードは再度ダンジョンを訪れていた。今回は、人員こそ増やせなかったものの、ラドックが色々と対策を施している。

 一番の対策はフォーメイションの変更だ。病み上がりだから大事を取って欲しいという理由(いいわけ)で、ハンスを前衛から後ろに下げ、今はベックとトゥーラが前衛をしている。これで罠にかかったり、後衛の準備が整う前に前衛が飛び出すような無様なミスが無くなるはずだ。無くなってもらわないと困る。

 照明もスクロールを使ったものに変更した。およそ三時間ごとに照明スクロールを一枚使ってしまうが、背に腹はかえられない。エンチャントやプロテクションのスクロールも多数用意して、強そうな敵に対しては遠慮なく使うことにしていた。

 それでも相変わらず、戦闘中に後衛のハンスが勝手に飛び出そうとしたり、その結果怪我をしてパーティーの足を引きまくっていたが、ラドックの対策が功を奏して、比較的順調に先に進むことが出来た。

 そうして、途中で一泊して、パーティーは十五階層目に到達していた。


「前回フレイムリザードと遭遇したのが十六階層目だったから、そろそろ現れてもおかしくないんだけどねー」

 ベックがそう言うが、辺りにはその気配が全くない。照明の届く範囲にはいないし、焔に覆われたその姿は、照明が届かない暗闇では目立つので見落とすことはありえないのだが、とにかくいない。それどころか、ひとつ前の階層から大型の魔物(モンスター)が姿を消していた。


 フレイムリザードの巣穴が、どこにいくつあるかも不明なので、一行はスロープをゆっくりと下って行く。スロープの傾斜角が五度くらいなのに対し、ダンジョン全体が十五度くらい傾いているので、下層に向かうのに傾斜角十度くらいの坂を上ったりもするのだが、階層としては下っている。

 フレイムリザードは目立つので、フロア全域を探索せずに済んでいることは幸いだった。


 十七、十八、十九、そして二十階層目。

「「なぜいない!」」

 ハンスとラドックが口を揃えたように声を上げた。

 目的のフレイムリザードは全く姿を見せず、討伐可能とはいえそれなりの魔物(モンスター)は次々と現れるので、全員の疲れは溜まるし、スクロールやポーションの残りも心細くなってきていた。帰りの行程を考えると、そろそろ戻らなければならない。

「(なぁ、どうする? 戻るのか?)」

 ベックが小声でラドックに問いかけると、ラドックも子声で答えた。

「(いや、まだだ。帰り一日絶食することになっても、水が足りればいい)」

「(しゃーねーなー)」

 ベックとて、この依頼を失敗するわけにいかないことはよくわかっていた。ただし、命を賭けるつもりはない。失敗したときに、どうやってパーティーから逃げ出そうかと考え始めていた。


 そんなとき、前方にあるスロープの脇から伸びた坑道のひとつで、その入り口が明るく光るのが見えた。

「あれか!?」

「待て! 中を確認してからだ! 違うなら坑道を潰す!」

 ベックが先行してフロアを横断し、明るくなっている坑道の中を探ろうとすると、赤く焔を纏った三頭の魔物(モンスター)が飛び出してきた。

「プロテクション!」

 先手を取られたことを悟ったラドックが、スクロールを使った防護障壁で仲間を囲うと同時に、魔物(モンスター)たちが障壁を取り囲んで、その姿を見せつけてきた。

 それを見たハンスが叫ぶ。

「おい! 違うじゃないか!」

 そう、たしかに違う。焔を(まと)っているが、フレイムリザードではない。

 その姿を間近に見上げたトゥーラが正解を言う。

地獄焔羊(ヘルフレイムシープ)だ!」

 それは全高四メートルほどの、焔を纏った羊。全高二メートルのフレイムリザードと比べると、体重が二十倍近くある巨大な魔物(モンスター)だった。

 そして、その一頭が防護障壁に頭突きを噛ましてきた。


 がずん! びしっ!


 巨大な岩がぶつかるような音がして、地響きと共に防護障壁に(ひび)が入る。この障壁は、ユリが張るものと違って丈夫な壁でしかなく、強い力が加われば破壊されてしまう。

「プロテクション!」

 ラドックが慌ててスクロールをもう一枚広げて叫んだが、不発だった。


 がずん! がしゃん!


 もう一頭が頭突きしてきて、張ってあった防護障壁が砕け散った。

 そのとき、ハンスが前衛でもないのに勝手に飛び出していく。

「やめろ! 前に出るな!」

 ラドックが叫ぶがもう遅い。ハンスは、地獄焔羊(ヘルフレイムシープ)の横をすり抜けるようにして、大剣を横薙ぎに振るっていた。


 ばふっ


 気の抜けた音をたてて、大剣の地獄焔羊(ヘルフレイムシープ)に触れた部分が一瞬で溶けて消失した。勢い余ったハンスは床に転がり、そして傾いた床をそのまま滑り落ちて行きそうになるのを、トゥーラがハンスの襟を掴んで引き留めた。彼は運が良かった。もし正面から大剣を叩きつけていたら、地獄焔羊(ヘルフレイムシープ)の焔の中に転げ込んで、今頃は灰になっていただろう。


「プロテクション!」

 ラドックがさらにもう一枚のスクロールを広げて叫ぶと、今度は新たな防護障壁を張ることが出来た。

 ハンスは()だけになった大剣を握り締めたまま呆然(ぼうぜん)としているが、たとえ大剣が無事だったとしても、どのみち防護障壁の中からは攻撃できないので仲間たちから放置されている。

 そのとき、ゼノビアの詠唱が完成した。

「……魔物(モンスター)を捕らえて灰燼(かいじん)()せ、ピットオブスーパーノヴァ!」

 その叫びと同時に、地獄焔羊(ヘルフレイムシープ)たちの後ろ足の下に、過激な眩しさの光を放つ穴が開き、フロア全体が閃光弾に照らされたような明るさになった。このダンジョンは床や壁や天井が白い大理石のような素材で出来ているので、その光の眩しさが際立っている。

 その光の中で、魔物(モンスター)の悲鳴が上がる。


 「「「ぶぇーー」」」


 がりがりがりがりがりがりがりがり!


 下半身が穴に落ち込んだ地獄焔羊(ヘルフレイムシープ)たちは、羊の鳴き声を2オクターブ低音にしたような断末魔の叫び声を上げて、穴に落ちまいと前足の蹄で大理石の床を激しい勢いで掻いて、黄色い焔を撒き散らしながら文字通り足掻(あが)いていたが、やがて力尽き、次々と穴に落ちて行った。

 地獄焔羊(ヘルフレイムシープ)が落ちた後の穴からは、青白い焔が拭き上がったかと思うと、音もなく穴が消え、後には静寂と暗闇が残った。そのとき、スクロールによる照明は点いたままだったが、あまりに過激な明るさの後なので、まだ視覚は暗闇を見たまま戻ってきていない。


 どさっ!


 自らの魔法の結果を見届けたゼノビアが力尽きて倒れると、まだ視力が回復していないリザベルが音を頼りに駆け寄ってゼノビアを抱き寄せた。

「ゼノビアさん! 大丈夫ですか! しっかりしてください!」

 そう声を掛け、わずかに意識があることを確認すると、手の使えないゼノビアを手伝って精神回復ポーション(ただの栄養剤)を飲ませ、その回復を待った。


 これで、ハンスに加えてゼノビアまでもが使い物にならなくなったことを知ったラドックは、目を瞑って頭を天井に向けて静かに呟いた。

「くそっ、今回も失敗だ。直ちに撤退する」


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