61 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編12】
「というわけで、無事、予定通り、馘になってきました~!」
ラッシュ・フォースの常宿に戻ってきたユリは、彼らに一通りの経緯を長々と身振り手振りを交えて説明し、この言葉で元気よく締め括った。すると、なぜかリーダーのウルフは頭を抱えていて、マリエラは手でこめかみを抑え、ミラとジェイクはすべてを悟ったような顔をしている。
「んっ? どうかしました?」
「まあ、なんだ。ダンジョンの階段が崩落しておまえらを見失ったときはどうなることかと思ったが、ともかく、無事で何よりだ。
それにしても、結果的に連中に気付かれなかったからよかったものの、やり過ぎだ。おまえが申告していない魔法を使いまくってたことがバレなかったのが不思議なくらいだ」
「それはもちろん、目立つ魔法はスクロールに偽装してましたからね。(エッヘン!)」
「ところで、ここに来る時の尾行は大丈夫だったか?」
「えっ? さっき皆さんで尾行して見てたんじゃないんですか?
ベックさんが屋敷からずっと跡を付けて来てたので、前に使った宿に入るところを見せて、そのまま裏口から出てきて、それからこの宿に来たんですけど。皆さん帰ってくるのが遅かったから、きっと尾行にでてるんだろうなぁって思ってましたけど、違いました?」
「いや、その通りだ。あの男なら、あの後自分たちの屋敷に戻って行ったから、それ以降の尾行はないはずだ。まさか、おまえが先に戻ってると思わなかったから、通り抜けに使った宿の前で余計な時間を食っちまったがな」
「……、まぁ済んだことはもういいとして、この後はどうするんでしたっけ?」
「奴らが、ユリをあっさりと馘にしたってことは、裏の支援に気付かないどころか、表の支援もろくに評価しないで、予定通り、いい気になってるってことだ」
「私が借金抱えてることを盗み聞きさせたのが利いたのかもしれませんね。すでに中古のクラウン(車)が買えるくらい搾取されてますから、これ以上搾取できないからってリリースされたんじゃないですか?」
「おまえがいくら搾取されたか知らんが、王冠が中古で売られることはないと思うぞ。
それはともかく、この後、奴らには、ハンターギルドから、今回と同レベルの追加の指名依頼が出る。増長して楽勝だと思っている今の奴らなら、きっと食いついて、そして失敗するだろう。
ただひとつの不安要素は、あの魔女の存在だな」
「魔女? ゼノビアさんのことですか?
たしかにかなりの実力者さんですよね~」
「ユリ、あんたと比べてどうなの?」
「う~ん、単純に比較できないって言うか、あの人の詠唱がよく分からないんですよね~。言葉なんだけど、言葉じゃないっていうか。ミラさんみたいな、歌のような詠唱とも違うし。それより凄いのは、毎回々々その場で新しい魔法の詠唱を作ってたっぽいことなんですよね~」
「はあ? 新しい詠唱なんて、発動するかどうかも怪しいのに、その場で作って使うなんて、有り得ないでしょうが!」
「確かに、あの方の魔法は、その場の状況に適合し過ぎてましたねぇ。
ユリさんが、その場で作ったと考えたくなるのもわかりますぅ」
「もしその通りだったら、あの女ひとりで依頼達成しちゃうじゃない?」
「それはまずいな。かといって妨害するわけにもいかんし、……」
「あ、そういえば、ゼノビアさんって、ローブに隠れて見えてませんけど、実は両手が無いんですよね」
「「「「はぁ?」」」」
「リザベルさんが食事の世話までしていたから、随分と仲がいいんだなぁって思って訊いてみたら、実はゼノビアさんの両手が無いから世話係してるんですって。
私もそれを聞くまでは、ゼノビアさんって凄く我儘な人だなぁって思ってたんですけど、悪いことしちゃいました」
「そんなこと聞いてないぞ」
「アトラーパさんも知らなかったみたいなんで、きっと極秘だったんですね。普段はローブに隠れてるし、一応義手を付けてて、詠唱中に両手を持ち上げる仕草とかもしてるから、見ただけじゃ分からないんでしょうね。
でもゼノビアさんは、杖も持ってないし、指先を動かして見せることもしないから、手が不自由だってことは気付こうと思えば気付けたはずなんですよね」
「言われてみれば確かにそうね」
「いつも偉そうな態度に見えるのも、両手が無いせいだってリザベルさんが言ってました」
「それは絶対に嘘だ!」
「嘘だろうな」
「嘘ね」
「嘘ですねぇ」
* * *
翌日、ブレイヴ・ソードの六人が『剣の館』で休息をとっていると、ハンターギルドからの呼び出しの手紙を受け取って、ハンターギルドを訪れることになった。ギルドの建物に入ると、待ち構えていた受付嬢によって、すぐに応接室に迎え入れられた。彼らはそこで、最初はおとなしくしていたのだが、ギルド長がいくら待っていても来ない。その所為でハンスが苛々する様子に居たたまれなくたったリザベルが、誰にともなく問いかけた。
「今日の呼び出しは何なんでしょう。話があるなら、昨日フレイムリザードの皮を収めたときにすればよかったのに、収めた品に不備でもあったんでしょうか?」
その問いにはラドックが答える。
「その場で検品を済ませてあるのだ。今更文句を言われる筋合いはないな」
「ったく、何度も何度も呼び付けやがって!
伯爵が復帰したら、あの熊男を真っ先に処分してやる」
ハンスが悪態をついていると、ギルド長が部屋に入ってきて席に着いた。
「ああ、昨日の今日で呼び出してすまん。待たせたな」
ギガンテス・トロールの如き巨体での口先だけの謝罪は、リザベルを震え上がらせることになったが、他のメンバーはもう慣れているのか、平気な顔をしている。
「早速ですまないが、君ら宛ての新たな緊急指名依頼が来ている。
今度の依頼は、フレイムリザードの皮を五頭分だ」
その言葉に、ハンスが激怒する。
「おい、俺たちは使いっ走りじゃねぇんだぞ! 戻ってきたとたんに、次の緊急指名依頼なんて受けられるわけがねぇだろ!」
「まあ落ち着け。この依頼が出されたのは、昨日君たちから納入されたフレイムリザードの皮が、とてもいいものだったからだ。珍しく外皮に傷ひとつない見事な素材だと武具屋が褒めちぎってたんだが、その声を王家の誰かが聞きつけたらしくてな。
それで今度の依頼は王宮から出されている。報酬も高い。昨日の品は十日前、いや、今なら二週間前の三倍の価格で買ったが、今度は五倍で買ってもらえる」
デイドロールがそう言うと、ラドックが口を挟んだ。
「前回の補充人員は、ひとりがダンジョンで行方不明。もうひとりは、リーダーが馘にした。だから、新たに二人補充してもらう必要がある」
「ひとりは行方不明? メンバーの安全確保はおまえらの責任だろうが。
ひとりは馘? 勝手なことしておいて何を言ってるんだ?」
デイドロールが非難すると、ハンスが噛みついた。
「二人も無能を寄こしておいて、何言ってやがる!
全部、そっちの責任じゃねぇか!」
「ほぅ、最高の人材を斡旋してやったのに、無能とは聞き捨てならねぇな、おい」
「……」
デイドロールが、その巨体でハンスに覆いかぶさるようにして、地響きがするような低音で威嚇すると、ハンスはさっきまでの威勢のよさを失い、ギルド長の声に怯んで声を失っていた。
しかたがないので、ラドックが受け答えする。
「うちのリーダーの発言は私から謝罪する。しかし人員が足りないのは事実だ。改めて二人、至急斡旋してもらいたい」
「そうは言っても、募集条件にあうのがいねぇんだよなぁ。
ひとりがダンジョン入ってすぐに行方不明で、もうひとりは無能で馘にしたってことは、結局、前の依頼をこなすのに、その二人がいなくても問題なかったってことだろ?
それとも、本当はその馘にした新人に負んぶに抱っこだったのか?」
「ふざけるな! 補充人員なんかいらん!
ダンジョンには俺たちだけで行く!
ラドック! すぐに準備しろ!」
ギルド長に煽られたハンスが勝手な決定をしてしまったことで、他のメンバーは苦虫を噛み潰したような顔になったが、ハンスは全く気にしていない。結局、ラドックが指名依頼の契約書を精査して、ハンスが署名した。
* * *
ハンターギルドでの遣り取りから一時間ほど後のこと、高級住宅街の人通りのない道から脇に入った路地裏に、二人の人影があった。そこは目前に高級住宅が並んでいるとは思えない、かなり不衛生な場所で、ときどき大きなネズミが二人の足元を走り抜けていた。口の悪い市民は、金持ちへの妬みから「見てくればかりよくて、裏で薄汚れたことをしてる奴が住んでいるからだ」と言っているが、それはあながち間違いではなかった。
「一人も出せないだと。どういうことだ」
少しばかり怒ったように文句を言っているのはラドックで、もう一人はフードで顔を隠した背の低い男だ。ラドックは、ハンターギルドから人が出せないのならと、付き合いのある犯罪者組織に声を掛けて、数人の補助要員を手配しようとしていたのだった。
「無理を言わんでくれ。
おまえさん達のいないときのことだが、コロシアムでの騒ぎは知らんのか?」
「あぁ、それなら情報を集めてある。だがそれと何の関係があると言うんだ?」
「あのとき、国王陛下も観戦しに来ていたんだが、闘技場内に魔物討伐もせずに人を殺そうとしてた馬鹿がやたら沢山いたもんだから、さすがに国王も気付いてな。それでハンターギルドが調査を命じられて、ハンター登録のない盗賊が山のように入り込んでたことと、盗賊を連れ込んだハンターパーティーがいたことが国王にバレたのさ。そのせいで第二ダンジョンもチェックが厳しくなってるんだ。チェックは国王直々の命令でやってるから、ブルックナー伯爵が決めた勇者の称号も通用せん。伯爵が元気なら多少の我儘も利くんだろうが、今は病気療養中だって言うしな。
それに、俺の持ち駒でハンター登録のあった奴は、この前の騒ぎで全員死んだか、でなければ処刑されちまったから、もう残ってないんだ。
悪いが諦めてくれ」
「クソッ!」
* * *
そのまた一時間後、今度はハンターギルドの通りに連なっている小道具屋のひとつにラドックはいた。
「はぁ? 四日前に嬢ちゃんに売ったのと同じスクロールが欲しいだって?」
亭主の言葉遣いが悪く、不機嫌そうな態度なのは、目の前にいる男が『ブレイヴ・ソードのラドックだ』と自己紹介したからだ。勇者パーティーなんて名ばかりで、新人を食い潰し、自分の店の将来のお得意様を次々と消し去る碌でもないパーティーの一員だ。丁寧な接客が出来ようはずもない。
だが、ラドックは亭主の態度を全く気にも留めず、自分の要件を伝え続けた。
「俺が欲しいのは、そのうちの消費した分だけだ。ファイヤーランスとクレイウォールはまだあるからいらん。必要なのは、プロテクション、アーキテクチュラル・レストレーション、完全回復、それにエンチャントだ」
ファイヤーランスとクレイウォールは、在庫のスクロールに書かれていたキーワードだが、使用済みスクロールは灰になって残っていないので、ユリが口にしたキーワードをそのまま伝えた。『完全回復』は、自分では聞いていないので、リザベルから聞き出したものだ。
「ああ、すまんが、うちにはプロテクションがあと3枚、エンチャントがあと2枚あるだけだな。二つ目のアーキなんちゃらは聞いたこともないから、他で訊いてくれ。それと、回復系スクロールは教会の売り物だ。一度だけ教会から仕入れたことがあるが、どうしたって割高になるから、教会に顔を出せんような奴しか買わなくてな。もう長いこと扱っとらん」
「……(ベックの奴は、あの娘はここでスクロールを仕入れたと言ってたのに違うのか? まさか、もともと持ってたとでもいうのか?)……」
「どうする、買うのかい?」
「ああ、プロテクションとエンチャントを全部貰おう」
その後、ラドックは他の店を回ってポーションの補充を行ったが、謎のスクロールはもちろん、回復系のスクロールも手に入れることは出来なかった。




