60 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編11】
ハンスとゼノビアが使った毛布を丸めるのも担ぐのもユリがやらされた。ハンスの毛布が臭かったが、本人に言えば罵詈雑言が返ってくることが目に見えていたので、黙って魔法で脱臭作業をしておいた。
その後、ハンスが、ここからだとスロープの方が近いと言って移動を始めたので、その後に従うと、どこから来たのだろうか、白鷺を一回り大きくしたような鳥が一羽、暗闇の中をばっさばっさと羽音をたてて飛んできて、ユリの頭の上に留まった。ちなみに、白いから白鷺と呼んでいるが、シラサギという名の鳥はいない。日本の白鷺は、大鷺とか中鷺とか小鷺とかの総称だ。そして今、ユリの頭の上にいるのは、大鷺によく似ていた。
全員の視線がユリの頭上に向いている。
(お、重い。それに爪が頭皮に食い込んでて痛い)
ユリにとっては頭の上なので、どんな鳥なのか、何をしているのか全く分かっていないのだが、それを見て目の色を変えた男がいた。
「そのまま動くな!」
ハンスがそう叫ぶと同時に、ユリの頭の耳の辺りに向けて大剣を振り抜いてきた。
びゅんっ!
どさっ!
「ぎあ、あ~~~っ!」
ちなみに、音を立てて大剣を振ったと同時に地面に転がったのも、叫び声を上げたのもハンスだ。
ユリは、大剣が自分に向かってくるのを見て、反射的に膝を曲げて縮こまると、頭上ギリギリを大剣が通り過ぎて行ったので、その時からずっと、ハンスの左足の脹脛の神経に軽い電撃を与え続けていて、倒れたハンスは思いっきり足を攣らせて、のたうち回っていた。
「痛い! 痛い! おい、なんとかしろ!」
(知らんがな)
大剣を放り出して足の痛みで仰け反ったまま転げまわるハンスを放っておいて、ユリが足元を見ると、さっきの鳥が可愛そうなことに首を切られて二つになって落ちていた。一緒にユリの髪の毛も何十本か散らばっている。鳥の首を切ったときの血がユリに掛からなかったのは幸いだった。
「なんですか? この鳥は」
「神鳥カラドリオスのようだな。
まったく、殺してしまったら何の意味もないというのに」
答えたのはラドックだ。
(ええっと、ちょっと待って。神鳥カラドリオスって、元いた世界じゃキリストの化身とか言われてた鳥じゃないの?
まあ、この世界にキリスト教はないみたいだし、神鳥といっても魔物なんだけど、それをいきなり切り殺すって、何考えてんのこいつ。
ありえないんだけど)
未だに腹が立っているが、ユリには言うことがあった。
「ところでラドックさん。あんなに暴れてるとポーションを飲ませられないので、ラドックさんの治癒魔法でハンスさんを治してあげられませんか?」
「神鳥を殺した天罰だ。治療することは許されん」
(え~~、本当は治せないんじゃないの?)
ともかく、ラドックのその発言があったので、全員が手を出さずにハンスを見守っている。ユリは、ハンスがだんだん息も絶え絶えになっていって、力尽きたころを見計らって電撃を解いた。
ぐったりしたハンスに体力回復ポーション(じつは栄養剤)を飲ませると、さっそく悪態をつかれた。
「くそっ! おまえが動かなけりゃ捕まえられたんだ!」
「いえ、動かなければ私の首が切られていましたよ」
「首じゃない! 狙ったのはおまえの頭の皮だ!」
ユリは再びハンスの足を攣らせることにした。
「んぎゃーーー!!」
その後、電撃を解いてもハンスが気絶したまま元に戻らず、ユリが棒で突いても反応がないことを確認すると、その扱いを聞いてみた。
「どうします? このお荷物」
かなり失礼な言い方だったが、誰も文句を言わなかった。
すると、ゼノビアがハンスの脇に立って詠唱を始めた。
「……愚かなるものを黄泉の国より引き戻せ、アイスウォーター!」
がしゃがしゃがしゃがしゃ!
「うがーーー!!」
ハンスの頭から、氷の混じった水がぶちまけられ、ハンスが悲鳴を上げて飛び起きた。
(ゼノビアさんってば『愚かなるもの』とか言っちゃってますよ。
それに『黄泉の国より』って、まだ死んでませんよ)
「何しやがる! びしょ濡れじゃねぇか!」
「あら、下半身が濡れていたのを隠して差し上げましたのに、その言い方はいただけませんね」
「……」
ゼノビアに反論されたハンスはというと、びしょ濡れになったまま、また何か言えば足が攣るとでも思ったのか、恨みがましい目をして黙っていた。
「ハンス。かなりの時間のロスをした。立てるなら、さっさと行くぞ」
めずらしく副リーダーのトゥーラが旗を振って行動開始した。
スロープでは、そこかしこで雑魚が顔見せしてきたが、ハンスとトゥーラが次々と調子よく葬っていった。とくにハンスは面目躍如のため必死だった。
「ねぇ、リザベルさん。この辺りって、魔物の棲み処になってる坑道があるのに、雑魚しかいないのって、何か理由があるんですかね?」
「あぁ、それは、前に言ったように、上の方の階層は中央の階段付近が餌場になって、強い魔物がそっちに集まってるからですね。ただ、その強い魔物の巣穴もあるので、雑魚以外が出現することもあるから気は抜けませんけど」
「おぉ、そういうことですか」
「ところでユリさん。
私も気になってたことがあるんですけど、訊いてもいいですか?」
「えっ? 何でしょう」
「ユリさんって、実はお金持ちだったりします?」
「ええっと、なんでそう思ったの?」
「だって、昨日からずっと、かなり高価なスクロールやポーションを沢山使ってるじゃないですか。いままで後方支援で雇われた人で、あんなに贅沢に使った人は初めてです」
「え~、でも、必要だから使っただけで、無駄遣いはしてないですよ。
それに、私は今回のために借金してるんで、がんばって稼がないといけないんです」
「えっ!借金! ちなみにいくらくらい?」
「……ウルド金貨二十枚です」
借金しているというのは嘘ではない。今回ユリは、わざわざ金貸しを訪れてウルド金貨二十枚の借金をしていた。ユリのアイテムボックスにはその百倍以上の金貨が入っていて、金には全く困っていないのだが、ブレイヴ・ソードの調査係が事実確認したときのためにと、あえて借金していたのだった。
そして、リザベルとの会話に、ベックが聞き耳を立てていることが分かっていたので、今まで隠していた借金の事実を、これ幸いと話したのだった。ラドックはユリを金蔓と考えているようだが、借金持ちとなれば、簡単に手放すだろう。
* * *
スロープを四周して八階層下がると、フロアの中程の階段付近でそれは静かに燃えていた。
「やっと出やがったか」
ハンスが言ったのはフレイムリザードのことだ。そこには、焔を纏った二足歩行のトカゲが全部で六頭いる。今見えているので一番大きい奴は、体高が三メートル程度で全長八メートルほどある。まるで恐竜のアロサウルスが燃えているようだ。ユリは自分たちの照明の光量を絞って戦闘態勢にはいる。
(普通、こういうことはリーダーが指示するもんなんだけどなぁ)
「いやーーー!」
ハンスが叫びながらひとりで突撃する。
(ちょっと、どう戦うか話し合ってからにしなさいよ!)
ユリは慌てて、強化スクロールを出してキーワードを唱える。
「エンチャント!」
先走ったハンスには届かなかったようだが、近くにいた五人は、一瞬体が微妙に光って、効果があったように見えた。
ハンスに少し遅れてトゥーラが無言で後に続いたが、強化のおかげか、ハンスを追い越した。
一方で、ゼノビアが、なにか分からない詠唱を直立不動で始めている。
リザベルも詠唱を始めたのは、ハンスの防護のためだろう。
ラドックは弓士でもあるはずだが、弓も矢も持っている様子が無い。と思ったら、コートの中からスリングショットのような武器を取り出して、小さな弾を打ち出し始めた。確かに、ダンジョンの中では嵩張る弓矢は実用的ではない。スリングショットの方が遥かに多くの弾を持ち運べるし、弾は現地で拾った小石でも代用できる。欠点は、この世界ではゴムが貴重なうえに劣化しやすいことと、丸い弾なので相手を傷つけにくいことだ。しかしよく見ると、ラドックが使っている弾は先が尖らせてあって、反対側に指の長さくらいの細い尻尾のようなものが付いていて、尖った部分を先頭にして飛ぶようになっていた。あれなら、弓矢と同じ威力が得られるだろう。
ラドックの撃った弾が、次々と魔物たちの目や頭を傷つけ、そこをトゥーラの槍と、続いてハンスと大剣が襲う。ハンスが焔の尾で叩かれそうになったときは、リザベルの魔法の盾が守っていた。
ユリはと言えば、フレイムリザードが動き回らないようにと、彼らの足を防護障壁で固めていた。これで放っておけばハンスとトゥーラだけでも退治できるだろう。
彼らが一頭の頭を切り落とした所で、ゼノビアの詠唱が完結しようとしていた。
「……地獄の業火で焼き上げよ、ヴィセラルバーン」
(えっ? 何それ? 火属性相手に火魔法?)
そのとき、残った五頭のフレイムリザードは動きを止め、痙攣したように体を震わせたと思ったら、一斉に天井を向いて、青白い焔を口から吐き出し始めた。よく見たら、倒れている一頭も、頭を失った首から青白い焔を出していた。
「あの、リザベルさん。フレイムリザードって火を吹きましたっけ?」
「いえ、焔を纏ってますが、火は吹きません。今のはゼノビアさんの魔法ですね」
「ほぇ~~」
その後フレイムリザードは、「ぶおぉーー」という爆音を鳴らして、青白い焔と共に自らの内臓も噴水のように噴き上げ始めた。ユリがそれを見て、フレイムリザードの足を繋ぎとめていた防護障壁を解除すると、フレイムリザードは次々に倒れて、体を覆っていた焔が消え、暗褐色の肌が露わになっていった。
ハンスは戦い足りてなかったようだが、そんなことは知ったことではない。
「さっさと解体しろ!」
(誰に命令してるのか、はっきり言ってよ)
ベックとリザベルがナイフを手に解体を始めたので、いつもこの二人がやっているのかもしれない。ベックはナイフ使いだけあって手際がいい。リザベルはぎこちないが、まあまあ様になっている。
ユリは手伝おうかどうしようか迷って、リザベルが火傷をすると可哀そうなので、フレイムリザードの冷却ぐらいは無詠唱で行ったものの、後々『使えない奴』と言わせるために、あとは見るだけにしておいた。
一通り解体が終わると、六体分の皮の血を拭き取って畳んで紐で縛る。
この量だとかなりの重さになるので、さすがにユリに全部持てとは言わず、二体分で勘弁してくれた。ハンスとゼノビアは例によって荷物無し。
(お、重い……)
剝き出しで紐でくくっただけの荷物は、アイテムボックスに入れるとばれてしまうので、そのまま担ごうかと思ったが無理だった。それで「血が垂れて来るから」と理由を付けて袋を被せて、風船とすり替えてアイテムボックスに入れて運ぶことにした。
後には、フレイムリザードの骨と内臓と、そして肉が大量に残されている。
和製異世界ファンタジーでは『爬虫類の肉は美味』とされているので、もしかしたらとユリがリゼベルに訊いてみる。
「ところでリザベルさん、この肉は食べられないんですか?」
「死ぬほどの毒はないですけど、物凄く不味いし、食べると下痢するそうです。ユリさん、試してみます?」
「いえ、遠慮しておきます」
ユリが元いた世界でも、毒があるとか、アンモニア臭が強くて不味いとか、食べると下痢するとかいった植物や獣肉や魚介類はいろいろとあったが、それでも工夫しておいしく(?)食べられていた。だから絶対に食べられないことは無いのだろうが、今はやめておこう。
全員の準備が終わると、すぐに帰還だ。
現場を離れて、解体場所に光が届かなくなると、ユリはフレイムリザードの皮を剥いた後の死体を、いつか料理法を研究するときのために、アイテムボックスに収納した。そんな日は永遠に来ないかもしれないが、まあいいだろう。なんなら魔物を呼び寄せるときの餌にしてもいいし。
帰り道は、スロープだけを使った。来るときに雑魚が多くて楽だったのと、階段が崩落するのをハンスが怖がったからだ。
途中でもう一泊し、ダンジョンに入って三日目で帰還することが出来た。
* * *
ブレイヴ・ソードのメンバーとして潜入調査を始めてダンジョン探索に同行して帰還した翌日、ユリは、そのリーダーからの呼び出しを受けた。彼らが拠点としている屋敷『剣の館』の応接室に入ると、ユリを除く所属メンバーの六人が、テーブルを囲んで座っていた。
リーダーのハンスが奥のお誕生日席、向かって左側にトゥーラ、ゼノピア、ラドック、右側にリザベルとベックがいる。ユリはダンジョン探索を終わってやっと全員の顔と名前を覚えたばかりだった。
(おぉっ! この裁判所みたいな雰囲気は、もしかして……)
ハンスが、ニヤつきながら、それでいて不機嫌そうな顔をしているのは、片方が本心で、片方が演技なのだろう。対して、他のメンバーは一様に不満そうな顔をしている。本心を隠せないハンスに呆れているのか、これからやろうとしていることに納得していないのか。ユリとしては期待していたことなので、ハンスの白々しい態度に文句を言うつもりはない。
そのハンスが、所属メンバーたちの前で言い渡した。
「ユリ、おまえは馘だ」
(待ってましたーーーー!! テンプレ!!)
「何か言ったか? 馘だって言われて、何嬉しそうにしてんだよクズが!」
「いえいえ、とんでもありません。
喜んで……、じゃなくて、謹んで辞めさせていただきます。
ところで私、借金があってお金に困ってるんですけど、退職金は?」
「出るわけねーだろ! さっさと出てけ!!」
みしっ
一瞬、建物が軋んだ音がしたが、誰も気にした者はいない。
ユリは、ハンスのテンプレ行為に満足していた。ダンジョンでもここでも、やるべきことはやった。姫殿下からの極秘指示もこなしたので、喜びを隠して屋敷を去ったのだった。




