59 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編10】
「いや~、結構落ちましたね~。
死んだら地獄に行きそうな人たちが一緒だから、あのまんまず~っと地獄の底まで落ち続けるんじゃないかって、心配になっちゃいましたよ~」
「そんな巫山戯たこと言ってる場合ですか!
みんな怪我した状態で瓦礫に埋まって下敷きになってるんですよ!」
絶望的な状況を和ませようとユリが冗談をいったら、深刻な顔をしたリザベルに怒られてしまった。
今ここで無事なのはユリが魔法で保護していたユリとリザベルだけで、他のメンバーは瓦礫の隙間から血を流した手足だけを見せていた。崩落に巻き込まれただけでも酷いのに、さらに何階層かの落下が止まった先で、斜めになった床を土砂崩れのように流れ落ちる瓦礫に巻き込まれていたのだ。もっとも、この瓦礫によって、斜面の下で口を開けて待っていたと思われる小者の魔物が押しつぶされて全滅したのは幸いだった。
人間の方はといえば、ユリが一人々々、流れ落ちながら見つけるたびに防護魔法を掛けていなければ、確実にミンチになっていただろう。この大惨事でも、リザベルが自分たちだけ傷ひとつなく無事なことを疑問に思わなかったのは助かった。
「早く助けないと!」
リザベルはそう言って、誰のかも分からない手首を掴んで、力いっぱい引っ張り上げようとしているのだが……。
「リザベルさん、あなたが腕を掴んでいるその人の体、瓦礫で見えてませんけど、あなたの足の下にあって、思いっきり踏み潰してますよ」
「あぁ~~、ごめんなさ~い!」
リザベルが慌てて飛び退いたが、おそらく飛び退いた先のその足元にも人が埋まっている。リザベルが全員を踏み殺す前にと、ユリはどうしようか考える。
(ハンターギルドには、このまま『あいつら全滅しちゃいました~♡』って報告するのが一番簡単なんだけど、後味が悪いしね。そうもいかないよね~)
暫く迷った挙句、ユリはブレイヴ・ソードの救出作業に入ることにした。
ただし、リザベルが見ているので、ユリの魔法を全開するわけにはいかない。なので、スクロールを使うしかないのだが、この状況に合ったものは持ってきていなかった。仕方ないので、今度もまた裏紙用羊皮紙をスクロールに仕立てて、無意味なキーワードを叫んだ。
「アーキテクチュラル・レストレーション!」
要は『建築物の修復』なのだが、そんなスクロールは実在しないし、あったとしてもダンジョン探索に持ってくる奴はいない。勘のいい奴ならユリの使ったスクロールがおかしいことに気付いただろうが、リザベルが気にしていないようなので、良しとしようと考えるユリであった。
ユリは、キーワードを叫んだのと同時に、自分でもよく分かっていない土魔法やらなんやらで、辺り一面に散らばっている瓦礫を崩落する前の状態に戻した後、使った羊皮紙を燃やして灰にする。
(階段の裏側とか、元の状態を知らないのに、ちゃんと元に戻るのかな?
戻り過ぎて、切り出す前の岩とかにはならないよね?
あっ、いけない!)
ユリは、元の状態に戻す際に、ついつい罠を含めて完全に戻してしまっていた。これだと後でまた誰かが罠に巻き込まれてしまう。そのことに気付いたユリは、慌てて、しかし皆にバレないようにと、水を飲んで一休みする振りをして、リザベルの目が床に転がっている怪我人の方を向いた隙を見計らって、罠のスイッチのあった場所と、崩落させる機構を無詠唱の土魔法でガッチガチに固めた。なんであんな単純な罠がいままで発動せずに残っていたのかと、不思議で仕方なかったのだが、その点についてユリはスルーした。
「ぷはぁ~、ひと仕事した後の水はおいしいです」
「ちょっと、ユリさん、そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
リザベルが怒るのも無理はない。瓦礫を除けた後には、手足が有り得ない方向に曲がって、血を流して気絶して転がっている五人がいた。……いや違う。ゼノビアだけはなぜか無傷で、偉そうな恰好で気絶していた。
他に、斜面の下で餌が落ちて来るのを待ち受けていたであろう、小型の魔物の群れの死骸が、ミンチになって大量に散らばっていた。
ユリは、さらにもう一枚、裏紙用羊皮紙をスクロールに仕立てて、無意味なキーワードを日本語で叫ぶ。
「完全回復!」
ユリは『ヒール』という呪文には抵抗があった。『heal』なら治癒だが、同じ発音の『heel』なら悪役とか踵とか、とくに靴のヒールのことになる。何のアニメだったか忘れたが、『ヒール』と唱えた瞬間に患者が機関銃で打たれるようにハイヒールで踏まれまくる映像が頭に焼き付いているので、ユリが『ヒール』と唱えれば、その場面を思い浮かべて、それと同じの状態になるのに違いなかった。実際、砂漠草原で瀕死の魔物相手に実験したときはそうなった。死にかけていた魔物は、ずどどどどどどどっという音の後、秘孔を外した北斗百裂拳を受けたかのように、破裂することなく、ぐっちゃぐちゃのぐっちょんちょんの死体になってしまったのだ。映像化するならモザイク必須。それ以来、ユリは『ヒール』という呪文の言葉を封印している。
そういった理由で、口に出すキーワードは日本語の『完全回復』にしたのだ。キーワードは『ザオ〇ク』にしようかとも思ったのだが、あとでダルシンに怒られそうだからやめておいた。
ユリは偽装キーワードを言うのと同時に、気絶している全員の体を光魔法の緑の淡い光で包んでおいてから、治癒魔法を使って骨折や怪我を治していた。治療が終わると、緑の光を消して、使った羊皮紙を魔法で燃やして灰することも忘れない。もちろん、周囲に散らばっている魔物のミンチは治癒の対象外にして放置している。広範囲の治癒魔法なら魔物も一緒に治癒されてしまうので、放置するのはちょっとまずいのだが、それはおかしいだろうと指摘する者がいないのだから気にしない。偽装するのも、なかなか面倒くさい作業だった。
その後、それぞれの怪我人が呻き声を上げながら意識を戻した順に、体力回復ポーション(じつは栄養剤)を飲ませて、同時に回復魔法を掛けて回った。
「ここはどこなんですかね~?」
全員が回復したのを待って、ユリが疑問を呈すると、ハンスが相変わらず苛々した態度で言った。
「ベック!」
ベックは、斜面を登って階段まで行って、すぐに戻って来た。
「八階層目だね。階段の銘板に書いてあった」
瞬時に答えが返ってきた。
(えっ、そんなものあったの?)
なまじユリのライティングで全周囲が明るいものだから、ついつい見落としていた。なので、魔法で補助して目を凝らしてその銘板を見ると、確かにそれらしいものがある。
(んんっ?
たしかに『/8』と書いてある板があるわ。
でも、左側が欠けてるわね。
崩落前の状態に戻したのは失敗だったかな。
これってもしかして最下層からの連番で、『18』とか『28』とかだったりするんじゃないの?)
ユリはこっそり、遠隔の修復魔法で銘板を修復する。
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ユリは慌てて銘板を修復前の状態に戻し、見なかったことにした。
* * *
この世界には携帯する時計が無いので、ダンジョンの中では時間感覚が完全に狂うのだが、全員が回復したときには、かなりの時間が過ぎていたのは確かだった。
回復したとはいえ、今すぐ次の戦いをするのは辛いものがある。そこで、この後どうするか、ハンスとトゥーラで相談した結果、今日はもう遅いからここで一泊することになった。
ユリが隠し持っている目覚まし時計をこっそり覗き見したところ、すでに夜の八時を過ぎていた。
(おぉっ!
あんたたち時計持ってないのに、なんで遅い時刻だってわかるの!?
動物的な勘? それとも腹時計?)
実際のところ、ハンスたちは疲れたからそう言っただけで、本当の時刻が分かったわけではない。ダンジョンの中では、一日が20時間になる者もいれば28時間になる者もいる。ダンジョンに七日間潜って外に出てきてみれば、丸一日前後することは珍しくないことだった。
ともかく、宿泊が決まったので、階段から離れて、獣道になっていない安全そうな場所をベックが探してきて、そこでビバークすることになった。
ユリがハンスに携帯食料と水と毛布を渡すと、リザベルがゼノビアの分を受け取って持って行き、ご丁寧に食事の世話までしていた。
用が済んだので、自分も食事をして毛布に包まる。寝る前に防護障壁を張っておきたいところだが、スクロールでは長時間続けて張ることが出来ないので、スケルトンが砕けたときの骨の欠片を撒いて、何か近づいてきたときに音がするようにしてある。
さあ、では今日はもうゆっくりできると思って、毛布の中で、こっそりアイテムボックスから菓子を取り出して頬張っていたら、いきなり毛布を引き剥がされた。誰かと思えばラドックだ。
「モフフンヘフファ」(なにするんですか)
「何、牛みたいに反芻してんだ。おまえとリザベルは寝ずの番だ!
どっちが先に寝るかは二人で決めろ」
モグモグゴックン。
「さっきみんなが長い時間寝てた時に、起きて働いてたのは私とリザベルさんですよ、不公平です」
「うるさい! それがおまえらの仕事だ!」
(私、ラドックさんが新人虐め以外のちゃんとした仕事をしてるの見たことが無いのよね~。こいつって典型的な『社員のためにも会社のためにも、いない方がいい上司』よね~)
リザベルと二人でやった鬮引きで、ユリが先に不寝番をすることになった。床が傾いているので、全員が高い側に頭を向けていて、奇麗に揃った雑魚寝姿に、ユリは興味をそそられていた。
(なんか、魚屋のショーケースみたいね)
ユリ自身は、魔法で疲れを取ることも、体内でカフェインとかオレキシンとかコチゾールとか生成して覚醒し続けることもできるので、起きて寝ずの番をすること自体は難しいことではないのだが、ここでは何の刺激もないことが問題だった。これが森の中とかなら、虫やカエルの鳴き声とか、何かしら生き物の音がする。そして、その音が消えるのは、危険生物が接近している知らせとなる。ここは森ではないが、虫もカエルもいないから、辺りには寝息しか聞こえていない。このままだと無音という警戒音に精神をやられてしまうので、ユリは周囲に防護障壁を張り、安心できる状態にしておいて、のんびりと厨二病的な新たな必殺技を考えて時間を潰していたのだが、興が乗って途中で寝るのが惜しくなり、リザベルと交代することも忘れて徹夜してしまった。
* * *
翌朝……、なのかどうかはっきりしなかったが、全員が起き出してきたので、ユリは慌てて防護障壁を解除する。ユリが隠し持っている目覚まし時計を覗き見すると、もう昼近かった。リザベルが起きたときに「すみません!」と頭を下げた相手は、不寝番を交代しなかったユリではなくゼノビアだった。
(まあ、こっちが勝手に徹夜したんだからいいけどね。
みんな、ちょっと寝すぎじゃない?)
朝食(時間的には昼食)を簡単に済ませ、全員がフロアの柱の陰で用を済ませて、荷物を纏めてダンジョン探索を継続する。もちろん、ユリだけはそこですることに抵抗があったので、離れたところの柱の裏で携帯小屋の扉を開いて、持ち歩いてる簡易便所を使ったのはいうまでもない。




