50 勇者討伐【ブレイヴ・ソード編1】
ブレイヴ・ソードのメンバーとして潜入調査を始めてダンジョン探索に同行して帰還した翌日、ユリは、そのリーダーからの呼び出しを受けた。彼らが拠点としている屋敷『剣の館』の応接室に入ると、ユリを除く所属メンバーの六人が、テーブルを囲んで座っていた。
リーダーのハンスが奥のお誕生日席、向かって左側にトゥーラ、ゼノピア、ラドック、右側にリザベルとベックがいる。ユリはダンジョン探索を終わってやっと全員の顔と名前を覚えたばかりだった。
(おぉっ! この裁判所みたいな雰囲気は、もしかして……)
ハンスが、ニヤつきながら、それでいて不機嫌そうな顔をしているのは、片方が本心で、片方が演技なのだろう。対して、他のメンバーは一様に不満そうな顔をしている。本心を隠せないハンスに呆れているのか、これからやろうとしていることに納得していないのか。ユリとしては期待していたことなので、ハンスの白々しい態度に文句を言うつもりはない。
そのハンスが、所属メンバーたちの前で言い渡した。
「ユリ、おまえは馘だ」
(待ってましたーーーー!! テンプレ!!)
「何か言ったか? 馘だって言われて、何嬉しそうにしてんだよクズが!」
「いえいえ、とんでもありません。
喜んで……、じゃなくて、謹んで辞めさせていただきます。
ところで私、借金があってお金に困ってるんですけど、退職金は?」
「出るわけねーだろ! さっさと出てけ!!」
* * *
話は少し遡る。
ブレイヴ・ソードの一行が王都に戻ってきたのは、スタンピード騒ぎから三日後の昼過ぎのことだった。彼らが王都の街に入って見れば、普段はきれいに整備されているはずの中央通りが、祭りの直後のように散らかっていて、行き交う人々の多くが二日酔いの様相を見せている。見渡してみれば、道端にテーブルを出して酒盛りをしている輩までいた。
「なんなんだ? この騒ぎは」
「ちょっと俺が調べて来る。みんなは先に屋敷に戻っててくれ」
リーダーのハンスが上げた疑問の声に答えたのは、腰にナイフを下げた若い男だった。彼の名前はベック。このパーティーで調査係をしている。
一行はベックを見送ると、彼らが拠点にしている屋敷『剣の館』に向かった。上級平民の住宅街にある、ブルックナー伯爵の持ち家のひとつで、使用人も家敷の維持も伯爵に任せてある。この屋敷は、グランバルト伯爵から『大金持ちの犬小屋』と名付けられ、一部の貴族と王族にそう認識されていることを、彼らは知らない。もちろん『犬』というのはブレイヴ・ソードのメンバーのことだ。
彼らが家敷の玄関前に着くと、留守番役の使用人が出迎えた。同時に、連絡役の使用人が、一行の帰還の報告と、一行の世話をするための使用人仲間を呼ぶために伯爵の本邸に向かった。
一行は、各自の部屋で荷物を下し、その後応接室に集まったが、夕食にはまだ時間がある。本心では酒を飲みたい気分ではあるが、伯爵の屋敷なので自重して、用意された飲み物を不味そうに飲んでいた。実際に不味いのだ。この国には、コーヒーも紅茶もあるにはあるが、かなり高価で、それでいてあまり美味しくない。今飲んでいるのは質の悪いハーブティーだ。
ちなみに、地球の西洋文化においては、コーヒーの方が紅茶より百年ほど歴史が古い。コーヒーがイスラム教徒の飲み物として忌避されてなければ、もっと差が開いていただろうと言われている。なぜか和製ファンタジーでは紅茶が当たり前で、コーヒーが後から入ってきたように語っているものが多いが、実際は完全に逆なのだ。もちろん、貴族の茶会でもコーヒーは普通に飲まれていて、『お茶会でコーヒーを出すのは論外』などということもなかった。更に言えば、中国から日本に茶の文化が伝えられたのが約千二百年前で、西洋に伝わったのが約四百年前。つまり、西洋の茶の文化は物凄く浅く、日本人がそれを有難がる必要など全くない。
ただ、コーヒーも紅茶も普及していない、このお話の国には、全く関係のない話ではある。
ハンスが不機嫌そうにしていると、若い男が部屋に入ってきた。
「ベックか、どうだった。調べはついたか」
「大体のところはね。
三日前にコロシアムの第一ダンジョンでスタンピードが発生して、その際にダンジョンが崩壊したらしいよ。街の連中が浮かれてたのは、コロシアムで観戦したときの興奮が抜け切れてないんだとさ。
もう三日目だってのに、呆れた連中だよ」
「ちょっと待て、あそこは魔物が溢れ出ることを前提として作られた場所だから、スタンピードが起きたことはまあいい。だが、あのダンジョンが崩壊したなんて初めて聞いたぞ。どういうことなんだ?」
「なんでも、全長二十メートル級のドラゴンのスケルトンがダンジョンから現れて、そのときに崩壊したんだとか言ってたな。あと、そのスタンピード騒ぎの前に、ダンジョンの中でスライムストームが発生したという噂があるね。事実かどうかは、まだ確認できてないけど」
「おいおい、ダンジョンでのスライムストームなんて聞いたことがねえぞ」
「ふつうは森とか草原とか沼とか、とにかく広い空が必要だからな」
そう言った男の名はトゥーラ。ブレイブ・ソードの副リーダーにして最年長。槍術士の彼は、地上戦では約五メートルの槍を扱い、ブレイブ・ソードの最強戦士のはずなのだが、ダンジョン内では二メートル以下の短槍を使うので、あまり実力を発揮できていない。
「あと、記録を見たら、おかしなところがもうひとつあったんだ」
「なんだ、勿体ぶらずにさっさと言え」
「大災害として記録されていて、出現した魔物の数も相当なものなんだが、それでいてハンターの死者は二人しかでていないんだ。普通、もっと多いよね。他に、なぜか入り込んでいた盗賊が二十二人死んでるけど、こいつらは戦闘要員じゃない。見ていた奴の話によれば、死んだ二人のハンターとこいつらは、他所のパーティーを襲おうとしたところを、背後から魔物に食われたらしい。騒ぎに紛れて暗殺でもしようとしてたのかもね。
そう考えると、ハンターの死者は実質ゼロだ」
「ハンターの死者が実質ゼロだと? 大災害なのにか」
ベックは手元のメモを見ながら答える。
「ええっと、記録されている魔物が、ゴブリン、黒虎狼、タートルベア、石頭猪、巨大蠍、突撃蚯蚓、地獄焔羊、歩き茸。それに各種スケルトンが追加されるから、歴史始まって以来の大災害なのは間違いないよ。
スケルトンには、さっき言った全長二十メートル級のドラゴンのスケルトンの他に、ワイバーンやコカトリスのスケルトンも記録されてたな。ハンターギルドの上層部では、空のないダンジョンに、なんでそんなのがいたのかって、議論になってるらしい」
「私たちが名を売るチャンスを逸したということかしら?」
女王様然として、ハンスの脇にいた妙齢の女が言う。彼女の名はゼノビア。かなり腕のいい魔術師なのは確かなのだが、見た目の雰囲気から魔女と呼ばれることもある。
「名前ならもう十分に売れてるじゃない。
ゼノビアさんならスタンピードも怖くないかもしれないけど、私は余計なことに巻き込まれなくてラッキーだったと思うわね」
そう言ったのは、末席に控える若い娘だった。彼女の名はリザベル。後方支援の魔術師だ。ブレイブ・ソードの固定メンバーとしては、一番経験が浅かった。
「リザベル、言葉を慎め。そういう発言がパーティーの格を下げるのだぞ」
そう言ったのは、眼鏡を掛けた冷たい雰囲気の男。彼の名はラドック。戦闘においては後方支援の弓士。回復術士でもあるのだが、そちらの腕は、仲間からもあまり信頼されていない。会計係をやっていて、ブレイブ・ソードにおける存在価値は、会計係であることによる部分が大きい。
叱られたリザベルは、縮こまって口を噤んだ。
やがて、本邸から応援の使用人が来て、夕食の準備を始めると、そのうちの一人がハンスに手紙を持ってきた。
「ハンターギルドから旦那様宛で届いていました」
それだけ言うと、夕食の準備の手伝いに行ってしまう。手紙の中身を見聞きしてはいけないと教えられているからだ。
ハンスは、使用人が去ったのを確認すると、封を破って手紙を読む。
「ふ~ん、帰還したらすぐにハンターギルドに顔を出せだとさ。
まあいい、夕飯が出来るまでにはまだ時間がある。
おう! 全員で行くぞ」
「ついでに、次の欠員補充の依頼もしてきましょう」
そう言って不敵な嗤いをしたのはラドックだった。
* * *
ハンターギルドに行って受付窓口で名乗りを上げると、そのまま応接室に迎え入れられが、部屋は空っぽで呼び出した当人がいない。そのまま待っていると、しばらくしてギルド長のデイドロールがのっしのっしと部屋に入ってきて、大荷物を床に落としたようなドスンッという音を立てて席に着いた。
「ああ、呼び出してすまん、待たせたな」
ここのギルド長はギガンテス・トロールの如き巨体で、テーブルを挟んで座ると相手を射竦める怖さがあるが、室内で立った状態では、天井や梁に頭をぶつけないように縮こまって歩くので、その威厳が半減する。意識してやっているわけではないが、すぐに席に着くのは正解だろう。
「帰還して早々ですまないが、君ら宛ての緊急指名依頼が来ている」
「どういうことだ」
何をさせたいのか、なぜブレイブ・ソードを指名しているのか、これまでにもブレイブ・ソードを恨んで罠を張ってくる者がいたので、はっきりさせなければならない。
「二日前にコロシアムの第一ダンジョンでスタンピード騒ぎがあったのは聞いているか?」
「ああ、かなりの大災害だったらしいじゃねえか」
「そうなんだ。あれのおかげでハンターギルドの革鎧のストックがゼロになった。街の中でも不足した状態だ。だからすぐにでも素材を補充したいんだが、王都のハンターの多くが、あの騒ぎで疲弊していて使い物にならん。
そこでだ、君らには王都の第二ダンジョンで、フレイムリザードの皮を三頭分、採取してきてほしい」
「俺たちとしてはかまわないんだが、そういうことはブルックナー伯爵を通してもらえねえかな。事後報告だと文句をいわれるんでね」
「こっちもそうしたいのは山々なんだが、ブルックナー伯爵は今、病気療養中で家族の面会もできないんだ。なに、重い病気というわけじゃない。感染力が高いから面会謝絶になってはいるが、ただの食中毒だ。十日もすれば元通りになる。だがこっちは十日も待ってられないんでな。事後報告の謝罪は俺がする。この仕事、受けてくれないか?」
その言葉に答えたのはラドックだった。
「不足している素材ということなら、高値で買い取ってもらえるのですね?」
「ああ、先週までの価格の三倍出そう」
「なら問題ないでしょう。
ああ、それから、私たちからもお願いがあって来たんですよ。
二人分の欠員補充依頼を、先ほど受付に出してきたんですが、最優先で処理してもらえますか?」
「わかった、明日の朝に依頼に合った人材を行かせることを約束する」
ギルド長がそう言うと、ハンスは笑顔で答えた。
「仕事は了解した。俺たちで請け負おう。約束は守ってくれよ」




