05 初めての異世界【砂漠での戦い】
再び歩き始めたユリは、歩きながら自らの失敗を反省していた。
「そうね、さっきまでは心構えがなってなかったわ。認めるしかないわね、自分自身の、若さ故の過ちってやつを。辺りに砂と草しかなくて、あとは何も無いように見えてても、ここは危険地帯の真っただ中なのよ。
それに服の機能強化は魔法でしろって、ダルシンに言われてたじゃない。
そんな大事なこと、なんで忘れるのよ」
そうは言っても、ユリはダルシンの下で魔法の修行をしたものの、実世界とは感覚が違うし、魔法を使うのが当たり前という生活にまだ慣れていないのだから仕方がない。育ての親が決して裕福とは言えなかったこともあって、不必要に節約するのが当たり前になってしまっているので、魔法を垂れ流すような使い方をする発想が、思い浮かんでいなかった。
そんなユリではあったが、失敗に気づいたあとは即座に対処する。まず、大型獣に噛みつかれてもいいようにと、目には見えない防護障壁を体表に張る。見えないプレートアーマーみたいなもので、ユリはこれをマジックアーマーと呼ぶことにした。さらに暑さ寒さ対策として、マジックアーマーの内側を自動温度調節するようにした。単純な冷却でないところがチート魔法使いの本領発揮だ。砂漠では日中は暑く、夜になると極端に寒くなるので、単純に魔法で冷却したまま居眠りすると夜になって凍え死ぬ危険がある。攻撃魔法における自動追尾もそうだが、自動で魔法を調整できるのは、ダルシンとの特訓の成果であった。
「あぁ~~、涼しい~~~。
私ってば、なんで最初っから使わなかったの~~。
これなら日中の砂漠の暑さなんて、全然怖くないわ。
社員研修のときに着た電動ファン付き作業服だって、ここまで快適じゃなかったわ。あれみたいに太って見えたりしないのも、魔法のいいところよね~~」
気分が良くなると、心に余裕が出て来る。
そして大事なことを思い出して、足を止めた。
「朝食がまだだったじゃない」
出立が早朝だったので、歩き出してから三時間ほど経っている。そろそろ休憩してもいい頃合いだった。暑すぎて食欲減退していたが、身体が適温になったら急に空腹を覚えだしたのだ。
「それじゃ朝はアイスコーヒーとサンドイッチ~♡」
そう言って、アイテムボックスからよく冷えたアイスコーヒーのペットボトルとカツサンドを取り出す。
ユリは、異世界転移者が転移直後に食べ物で苦労するということを、小説やアニメで学んでいたので、転移する前に結構な量の食料をダルシンに集めさせてアイテムボックスに入れてあったのだ。
さあ食べようとなったが、困ったことに座るところが無い。地面に腰を下ろすのも躊躇われるし、魔法で砂地を盛り上げても大差ないので、魔法の練習がてらに、防護障壁で椅子の大きさの直方体を作ってみる。作ったところ、無色透明で何も見えていないが、触れると石より硬いものが確かにある。座った姿は空気椅子だ。
直方体の角を丸めるのを忘れてたので、頭をぶつけると死ぬかもしれない。次回からは気を付けよう。とりあえず、そこに座って食事をした。
食事中に見える景色は、だだっ広い砂漠草原。すでに見飽きている。
ユリは食事を終えると、さっさと立ち上がり、防護障壁で作った角の危険な椅子を消去する。
「折角だし、今のうちに色々と試しとこ!」
さっきまでは、ひたすら歩くことしか考えていなかったが、心に余裕ができたので、色々な魔法を試しておこうと思い始めた。
「街の近くじゃできないこともあるしね♡
まずは、ドラゴンも跨いで通る魔法少女の得意技!
……って、的になる山が無いじゃないの!!
それじゃレールガン……も的が無いし、荷電粒子砲も的が無きゃ意味ないし。
イデ〇ンソードも試したいけど、この星を真っ二つにするわけにはいかないし。
ここじゃ攻撃魔法の練習なんか全然できないじゃないの!」
始める前から終わっていた。
『この悔しさをばねにして生きるんだ、ユリ』
そんな言葉を空耳しながら、ユリは歩き始めていた。
* * *
一時間ほど歩いていたら、何か地面が揺れているような気がしてきた。
「えっ? こんなところで地震? それとも眩暈?」
不審に思って立ち止まっていたら、何やら音が聞こえてきた。
どどどどどどどどどどどどどどどど
「あっ」
何か巨大生物が走っている振動だと気づいて、後ろを振り返ったときには既に遅かった。
がすんっ!
気づいたときには、ユリは巨大生物に空高く跳ね飛ばされていた。
宙を舞いながら思う。
(……あぁ、回る回る世界が回る、目が回る!
異世界トラックに跳ねられたらこんな感じなの?)
どさっ!
地面に投げ出されたユリは、巨大生物が近寄ってくるのが見えた。
ちなみにユリは怪我ひとつない。マジックアーマーに守られた身体は、外部から衝撃を受けたときに、原子レベルで均等に力を伝えられ、肉体が潰れたりすることは無い。跳ね飛ばされると目が回るだけだ。
今のユリは、宙を舞ったせいで頭がふらふらするが、相手が額に大きな瘤のある巨大イノシシらしいことは分かった。魔物かどうか不明だが、大きさからして体重は1トンはありそうだ。
「豚じゃなくて猪だけどね。
豚の体重はせいぜい三百キログラムだから、1豚って言い換えてふざけられないのよね。北海道の輓馬なら1トン前後なんだけど」
相手が近づいてきて、口を開けておもむろにユリに噛みつこうとしたところで、ユリはその巨大生物をアイテムボックスに収納した。
「ちょっと、呆気ないわね。
マジックアーマーの効力を確認できたから、まっいっか」
そう言って再び歩き出すユリ。
並べて世はこともなし。
* * *
その後の道中でも、ユリは頻繁に獣や魔物に襲われた。
最初に見た巨大な鯨には二度遭遇した。どうやら砂に血を撒き散らすと姿を現すと分かり、以降は血を流さないで倒すか、さっさとアイテムボックスに収納するようにしている。
図鑑がないので魔物の名前はもちろん、魔物かどうかすら分からないが、街で訊けば何か分かるだろう。
その後、新たに現れたのはギリシャ神話にも登場する巨大な蠍だった。全高約八メートル、全長約十五メートル。
砂の中に隠れていて、ユリが近づいたら八匹がまとめて襲ってきた。こんなところで狩りをしても餌なんてなさそうに思うが、餌になりかけたユリが言っても仕方ないかもしれない。
前の教訓もあり、ユリは一匹はファイヤーボールで丸焼きにしようとしたのだが、焔弾が当たっても全然平気だった。熱耐性があるらしい。だったら焼夷弾にしようかとも思ったが、温度の問題かもしれないので超高温のブラスターを使ったら、そいつは半身失って、残りも消し炭になっていた。
戦闘データも採れたので、残りの七匹は、そのままアイテムボックスに放り込んだ。
次に現れたのは、全身が高温の焔に包まれた羊。体高四メートル。
この暑い中、なんでわざわざ焔に包まれていなきゃならんのか。甚だ疑問に思うユリであった。
しかも、牧場じゃあるまいし三十頭の群れでいた。こいつらのせいで、この土地は砂漠になったんじゃないかとさえ思ってしまう。だいたい、こいつらが近づいただけで草が灰になるのに、こいつら普段、何を食ってるんだ?
まったく不思議でしょうがない。
焔の色が青白いので、普通のファイヤーボールをぶつけてみたら、気づきもせず、何の反応もない。試しに石槍で攻撃したら、石槍が一瞬で溶けて蒸発してしまった。
「核融合でもしてるのか? こいつら」
あまりにも危険なので、相手にせず、そのままアイテムボックス行きにする。持っててよかったアイテムボックス。下手な攻撃魔法より、よっぽど役に立つ。
新種の魔物はまだいた。
いや、新種と言ってもユリにとっての新種であって、この世界では名が知れた奴だろう。
それは最初、地面から丸いベンチのように頭だけ出していた。
あからさまに怪しかったので近づかないようにしていたのだが、ユリが近くに現れた他の魔物を討伐していたら、そのひとつが地面から抜け出して、二足歩行で逃げ出した。見た目は二足歩行する巨大なエリンギ。危険性はよく分からない。まだ残っていた奴を、十体ばかりアイテムボックスに収納した。
* * *
「あ゛~、もう、勘弁して」
ユリが転移した先を出立してから早八時間、そろそろ街までの行程の三分の二ぐらいになる。これまでに現れた獣や魔物の発生率がこのまま続けば、今日中に街に着くのは極めて困難と言わざるをえない。もっとも、街の近くの魔物が討伐済みなら、間に合う可能性はある。
傍から見れば、ユリが嬉々として魔物討伐しているように見えるかもしれないが、相手が魔物とは言え、ユリは命を奪う行為を楽しいと思うことは無い。ただ、自分の命を奪いに来る場合は仕方なく排除する。それが今日は、百を超える命を奪ってきた。そのため、肉体的な疲労もさることながら、精神的な疲労が甚だしかった。
「人に見られたらまずいかもしれないからって空を飛ぶのを控えてたけど、結局人の姿は一度も見掛けなかったんだもんなぁ。そうと分かってたら、ここまで飛んできてたのに」
出立時に魔法を使うことを完全に忘れていたことを棚に上げて不平を言うユリだったが、不平を言うのも無理のないことだった。だが、これですべて終わるなんて都合のいいことがあるわけがない。
ユリの前方で、間欠泉のように砂が吹きあがったのだ。
「今度は何! いい加減にして!」
ぐぅおおおおおおおおおお!
低音の唸り声がユリの腹に響き、次の瞬間、砂煙の中に巨大な恐竜のような輪郭が現れた。目測で全高約二十メートル、体長約四十メートル。胴体部分が縦十メートル、横十メートル、長さ二十メートルの直方体として、水なら二千トン。恐竜でも有り得ないサイズなので、魔物であることは間違いない。
しかし、考えるまでもなかった。砂煙が収まると、その恐竜には手足の他に翼竜のような羽があったのだ。西洋のドラゴン。漆黒の龍であった。
「ええっと、微妙にこっち見てないわね」
ドラゴンの頭はこちらを向いているが、その狙いは少しずれている。
どうやらユリを狙って出てきたわけではないらしい。そりゃそうだ、あの巨体にとってのユリは、人間にとっての米ひと粒ぐらいでしかない。
「狙いが私でないなら、何をしに出てきたの?」
そう考えていたら、ドラゴンが口を開いてブレスを吐いた。
ドラゴンが口を開いた瞬間に、ユリが防御結界を張っていなかったら危なかった。ドラゴンのブレスは、ユリを巻き込んで辺り一帯の地面を焼き尽くしたのだ。焚火の跡とは違う。ブレスで焼かれた地面は溶岩と化して、ブクブクと泡立っていた。その溶岩の中で立ち尽くすユリ。
「ええっと、どうしよ」
動いていいのか悪いのか。どうしようか悩んでいたら、新たな魔物が溶岩の海面を突き破って姿を現した。
きえええええぇぇぇぇぇ!
耳を劈くようなけたたましい叫び声を上げて現れたのは、B級映画で見たような巨大なワームだった。口の中に歯が生えた、全長約三十メートルの環形動物。どう見たって魔物だ。超低周波の声しか出そうにないのに、今の音はどこから出してるんだろうかということに、ユリは気を取られてしまう。
それは地上に姿を現すと、そのまま溶岩の上に倒れこんだ。その体表は溶岩の熱で焼きただれ、髪の毛を焼いたような悪臭があたりに立ち込めた。
「この臭いがするってことは、ケイ素生命体ってわけじゃないのね。
あぁ、そう言えば、こういったのが、ドラゴンの卵を襲う話があったわね。でもこの魔物って、三匹ぐらいで集団生活してるんじゃなかったっけ?」
そう考える間もなく、ドラゴンを囲むように、地中を勢いよく何かが移動し始めた。移動するときに、地表が僅かに盛り上がって、その痕跡を残していく。そしてその痕跡は二本ある。
ずしんっ! ずしんっ!
ドラゴンが地響きを立てて、地中を動くものを踏みつぶそうとしているが、そんなことをしても意味はない。やがて、ドラゴンが足元に向けてブレスを吐こうとするのを見て取ったユリが手を叩く。
「はい! そこまで!」
次の瞬間、ドラゴンとその足元の地面がごっそり消えてなくなった。ユリがアイテムボックスに収納したのだ。
「まったく、こんなところで怪獣大戦争なんて傍迷惑なことしないでよ」




