48 閑話【前日譚:選挙で本音を語る人々1】
世の中が選挙活動で五月蠅くなってきたので、時勢にあわせて旧版でブレイヴ・ソード編の後に付けていた前日譚をこっちに持ってきました。 (^^;
それは、ユリがダルシンに出会う以前、元いた世界でまだ短大生だったときのことだった。当然だが、彼女は生まれながらにして呪われた力を押し付けられていたことをまだ知らない。
その日は、試験の真最中だというのに、大学の試験期間と衆議院議員の選挙期間が重なってしまったため、候補者を乗せた街宣車が大学の校舎前をのろのろと移動し、大声で候補者名をがなりたて続けていた。筆記問題のときでも迷惑だが、それが外国語のリスニング試験の最中となれば教室はどす黒い怨念で満たされる。
(((((うるせーー!!)))))
大勢の学生たちの心の叫びが唱和した瞬間であった。
「誰でも一度は学生時代に経験することよね」
意識して口を閉じていないと、考えたことをそのまま独り言で漏らしてしまうユリの癖は当時からあった。
今でこそ、十八歳から投票ができるようになったので、自分たちの選挙活動が高校生や大学生の恨みを買わないよう考慮する候補者も徐々に増えてきてはいるが、未だに旧態依然と大音量で名前を連呼することに腐心する候補者も少なくない。ましてやこの時代は、大学生の大半が選挙権を持っていない。だから、学校の近くでも遠慮することなく、平気で騒音を撒き散らす選挙活動が物凄く多かった。
「学生時代に一度ですって?
ユリったら何甘いこと言ってんの。とっくに二十回超えてるわよ!
毎度毎度毎度毎度毎度毎度毎度毎度、よくもまあストーカーになった元カレの嫌がらせみたいに繰り返せるものね!」
怒り狂っているのは、ユリの同級生のミユだ。『毎度』の数が怒りの度合いを示している。元カレの嫌がらせは実体験なのだろう。
「え~っ、二十回超えてるっていうのは、さすがに大袈裟じゃない?」
「何言ってるの。私たちは、必須科目をひとつでも落としたら、その時点で留年が確定するのよ?
二年で卒業しなきゃいけない私たち短期大学生にとって、一年の留年は死刑宣告も同然なの。
いい? 大学の試験っていうのは、年中行われてるけど、何時だって真剣勝負なんだからね。
ユリも同じ大学なんだから分かるでしょ?
まさかユリ、街宣車が迷惑なのが受験シーズンだけとか思ってないわよね?
入試で人生の全てが決まる中国や韓国ならそうかもしれないけど、日本は違うからね。
私の高校の先輩にカスミさんって人がいるんだけど、就職が決まった後の夏の試験を街宣車のせいで失敗したの。その後ずっとその候補のことを恨んでて、次にその候補が出馬したときに選挙事務所に潜り込んで落選工作して青春を棒に振ったんだからね」
「うん、まぁ、その、そういうこともあるかもしれないけど、中国に選挙活動の街宣車はいないし、何か違うような……」
「大体ねえ、選挙事務所に街宣車が五月蠅いって苦情の電話したって全然効果ないってどういうこと?
あいつらの学習能力はミジンコ以下なの?
国の法律だって、なんでああいう迷惑行為を取り締まらないのよ!」
「選挙事務所に苦情入れても、選挙期間中は候補者には届かないだろうし、そういう候補者を選挙で落選させちゃったら、苦情の内容は次の候補者には伝わらないからじゃないかな?」
ユリが説明するが、ミユは聞いていない。
「私はあいつらのせいで、こんなCラン大学を二度も滑ったのよ。
ハッ、こちとら、そのおかげで選挙権があるのよ。
覚えてらっしゃい!」
「ミユ、今は他の人がいないからいいけど、学内でCラン発言はやめた方がいいんじゃない?
それにさっき、受験期間中ならいいみたいなこと言ってなかった?
あと、その頃にここであった選挙は衆議院じゃなくて市議選ね」
「うるせー! 細かいことなんてどうでもいいのよ。
この大学、私やユリみたいな受験組にとっては難関校だけど、そうじゃない連中はバカしかいないじゃないの!」
「だからそういうことを学内で言うのはやめて……」
(ミユって、清楚系お嬢様だったはずのに、私といると、自分を曝け出しちゃうっていうか、いつもこうなんだよね)
「じゃ、私は次の試験があるから。またね」
会話の内容がやばくなってきたので、友人のもとから慌てて立ち去るユリだった。
* * *
結局、ユリがその日に受けた試験の全てで、街宣車による妨害を受けてしまった。ミユが怒り狂っていたのも当然だろう。
ユリがその日の試験を終えて、未だに耳に残っている候補者の名前に知る限りの全ての呪詛を唱えながら駅前を歩いていると、街頭演説している候補者たちがいた。
「自分に選挙権があったら、試験中に迷惑を掛けてこなかったこの人たちの中から投票する相手を選ぶかもしれないのに」
そんな独り言を言いながら歩いていたら、その候補者たちに捕まってしまった。街頭演説は大学の脇に居座る街宣車ほど迷惑じゃないし、ここにいるのが未だに耳に残っている憎たらしい候補者じゃないからまあいいやと、求められるままに次々と握手をしてしまう。地味なオジサンの候補者と若い女性の候補者とお爺さんの候補者の三人と。更に応援に来ていた現職議員と、選挙スタッフと、よく分からない人たちとまで。
「いきなり手を握ってくるのって、セクハラじゃないの?」
コンプライアンスに厳しくなった昨今は少なくなったが、昔は相手の同意もなく候補者が手を握ってくることが珍しくなかった。しかも、候補者に爺さん、もとい、高齢男性の比率が高かった時代なのだ。それが若い女性の手を握ってくるのが問題にならなかったのが不思議でならない。
さすがに爺さ……高齢男性の候補者が若い女性ばかりを相手にしていたら問題になったろうが、通行人の老若男女、分け隔てなく手を握っていたから許されたのかもしれない。握られた者の中には、偶に思いっきり握り返して反撃する男性もいたらしいが、非力なユリにそんなことはできない。
「前言撤回。やっぱり迷惑だわ」
考えてみたら、ユリにはまだ選挙権が無かったし、あったとしても住んでいる場所が違うので、街宣車の候補者もここで街頭演説している候補者も投票の対象ではなかった。「覚えてらっしゃい!」と言っていたミユにしても、憎むべき候補者は投票の対象ではないはずだ。
駅前の街頭演説が迷惑なのはそれだけではない。候補者の人気にもよるが、少なからず人が集まって通行の邪魔になる。ユリにとっても煩わしいのだから、ベビーカーを押す親や、車椅子の利用者や視覚障碍者にとって、普段使っている歩道の人込みは迷惑以外の何物でもない。
迷惑なのが候補者だけなら、まだよかったのだが、候補者と握手した後で、候補者でもない応援の議員まで握手してくる。そして、とくに迷惑なのが、取材に来ているテレビ局のスタッフだ。今でこそSNSで悪行がバレるのを恐れて大人しくなってきてはいるが、当時は横暴な輩の筆頭だった。この日もユリは、テレビ局のスタッフに肩を押され、別のスタッフの突き飛ばされ、その結果、脇にいた女子アナにぶつかって睨まれたりして、散々な目にあってしまった。中継車が違法駐車しているせいで駅前の道路での渋滞も起きている。選挙期間中に一番迷惑なのはこいつらなんじゃないだろうかとすら考えてしまう。
「そう言えば、向いの家の御主人は、選挙の取材カメラに映ったせいで仕事をサボってたのが会社にバレたとか言ってたっけ。あれは自業自得だけど、連中って一般人の人生壊しても平気な奴等なのよね。
取材で映すなら候補者の映像だけにすればいいのに」
そう独り言を漏らして振り返ってみると、女性候補が街頭演説を終えて、聴衆に向かって手を振って、街宣車の中に入っていくのが見えた……、ところまでは良かった。選挙活動中はずっと立って喋っているのだ、ときどき休憩を挟むのは当然だ。それが静かに休むだけなら問題ない。しかし、休憩に使った街宣車のスピーカーからは、中での会話が聞こえてきた。
『先生、お疲れ様です。はい、冷たいお水をどうぞ』
『ゴフッ、ゴフッ、ゴフッ、プッハー!
ちょっと、これ温いじゃないの!
ちゃんと冷やしとけって言ったでしょ! 使えない子ね』
『申し訳ありません。
氷と一緒にしてたんですが、まだ冷えてなくって』
『まったくやってらんねぇっての。
こっちは来たくもない、こんなド田舎の駅にわざわざ来てるってのに、小学校だの大学だのの近くだからって、ガキばかり集まりやがって。
選挙権持ってない奴は邪魔だから来んなっつうの。
とくに小坊!
目の前に集って来られたら、相手がクソガキだって分かってても握手しなきゃいけないってのに、あいつら手加減てもの知らないんだから。手が小さいから、こっちの指一本だけ握ってくるもんだから、骨折するかと思ったわよ。
スケベ爺も嫌らしい目であたしの胸見ながら握手してくるし、気持ち悪いったらありゃしないのよ。ここら辺に住んでる奴って、変態かおかしなのしかいないのかよ』
『先生、投票日までの辛抱です。我慢ですよ、我慢』
『まっ、そうね。当選しちゃえば公約なんか知ったこっちゃない。
こっちのもんなんだから』
『先生、公約は守った方がよろしいかと……』
『あんたは黙ってなさい!
選挙活動ってのは民衆を騙してなんぼなのよ。
大体、守れるような公約なら現役候補者も同じこと言ってるわよ』
街宣車から聞こえてきた女性候補者の声に、聴衆がざわつきだした。
「おい! 今の発言はどういうことだ! 出てきて説明しろ!」
「ちょっと、あなた!
ここには変態かおかしなのしかいないって、どういう意味よ!」
「おまえの公約は全部嘘なのかよ!」
「そっちから握手してきたのに、巫山戯たこと言うな、クソババア!」
「「「「出てこーい!!」」」」
『ちょっと。外が騒がしいわよ。何があったのか見てきて』
『はい!』
『まったく。使えない子ねえ。
選挙本部も、手伝いにはもっと有能なのを寄こしてよ。
…………。
ねぇ、何時まで掛かってるの!?』
『先生、大変です! マイクのスイッチ切り忘れてます!』
『はぁっ、あんた何を言って(プツッ)……』
聴衆がざわつく中、暫くしたら顔を赤くした女性候補者が街宣車の上に姿を現した。上に登る手伝いをしていた女性スタッフの頬には、大きく赤いモミジが見えている。マイクのスイッチを切った後に、ビンタを喰らわされたに違いない。
『あ、あ、あ。
えー、先ほどは手違いでネット動画の音声がスピーカーから流されてしまいました。決して、私がオバカ市のみなさんを馬鹿にしたわけでは……』
「動画ってなんだよ、おまえの声だったろうが!
巫山戯てんのかこの野郎!」
「ちょっと、オバカ市ってなによ。あたしたちを馬鹿にしてんの!?」
『先生、違います。ここはオバカ市じゃありません』
『えっ違う?
すみません、間違えました。マヌケ市のみなさんには深く……』
「マヌケ市でもねぇっての!」
「あんた、ここがどこかも分かってないのかよ!?」
……ぎゃー、ぎゃー、ぎゃー……




