43 勇者討伐【束の間の休息2】
翌朝、食事を終えたラッシュ・フォースとユリの五人は、とっくに空になった食器を前にしたまま、死んだ魚のような目でひたすらボ~~ッとしていた。
「もう駄目、ウルフ。一晩寝たけど、あたし全然疲れが取れてない。
ていうか、悪い夢ばっかり見ちゃって、ほとんど寝れてないの。
悪いんだけど、あたし今日一日、部屋で寝てるわ」
「私も今日はお休みをいただきますぅ。
精霊たちが、これ以上働かせるならぁ、ボイコットするって言ってるんですぅ」
マリエラとミラが弱音を吐くのには理由があった。
ユリたち一行は、ダンジョンに潜ってまもなくスライムストームに巻き込まれ、絶体絶命の瀬戸際にまで追い詰められた。その後、大規模なスケルトン軍団に襲われて、それをミラの精霊魔法で浄化し、更に闘技場で魔物討伐ショーを行い、最大級の恐竜のスケルトンの相手までして、そして漸くターゲットだったシャイニング・スターズとその仲間の盗賊団を壊滅させることが出来た。元々は三日ぐらい掛かるだろうと考えていた計画が、たった半日に凝縮され、しかも予定外の危機的状況まで追加されていたのだ。力尽きて悪夢に魘されるのも無理はない。
ちなみに、ミラの言う精霊のボイコット云々は、真実かどうか誰にも分からなかった。ミラは以前、自分に出来るのは精霊に語り掛けることだけで、精霊の声を聞くことは出来ないとか言っていたはずだが、そのことには誰も触れることは無かった。会話は出来なくても、一方的に話し掛けられることはあるのかもしれない。皆からは精霊の名を出して嘘を言わないだろうと判断された。仲間への思いやりなのだろう。
「いくらなんでも飛ばし過ぎです! スピード違反です!
某ダンジョン作品なら、本一冊分か二冊分の出来事だっていうのに、これじゃ冒険譚のページが稼げませんよ!
日本の深夜番組じゃない、アメリカの24(TWENTY FOUR)じゃ八話分にしかならないじゃないですか!
だいたい、ダンジョンでの出会いが魔物と盗賊しかいないって、巫山戯てるんですか! 人から転生した魔物との戦闘と和解とか、魔物と女盗賊との恋バナとか、迷宮に捕らわれた少女とか、何か面白いエピソードはないんですか!
ここのダンジョンは、作家を敵に回してるとしか思えません!!」
ユリの著しく斜め上にずれた不満はともかく、いつ死んでもおかしくない場面に繰り返し直面して、体力的にも精神的にもボロボロになった一行は、ミラの回復魔法を受けてなお、翌日になっても屍のようになっていたのだ。マリエラとミラの発言は、それ故の休息宣言である。
そして誰一人として、ユリの世迷い言に突っ込む気力を持ち合わせている者はいなかった。
「すまん、ウルフ、俺も休む」
久しぶりにジェイクが喋ったと思えばこれだ。
「おまえらなぁ、昨日、ハンターギルドへの報告、俺一人にやらせといて自分たちだけ疲れたみたいなこと言ってんじゃねぇよ。
ユリのことを誤魔化して嘘八百の報告するのに、俺がどれだけ苦労したと思ってんだよ」
今回もまた、ハンターギルドには、リーダーのウルフが一人で行って調査報告をしてきた。今回はとくに、ユリがいろいろとやり過ぎていたので、ギルドから遠ざける必要があると判断してのことだった。
「ギルド長に嘘の報告が出来るのって、それってひとつのスキルよね。あたしには真似できないわ。
それに、報告っていったって、詳しい話はしてないんでしょう?」
「ああ、向こうもやることが多くて、詳細は後日ってことになってる。
だがなぁ、あのギガンテス・トロール擬きのギルド長、あいつにはひと目会うだけで疲れんだよなぁ」
「昔からの腐れ縁のお友達じゃぁなかったんですかぁ?」
リーダーとギルド長の関係を察しているミラが、それを指摘する。
「そうよ、友人のコネで適当な説明で済ませたんじゃないの?」
マリエラの指摘は真実を突いていたが、それを認めるようなウルフではない。
「けっ! あんなバケモンと腐れ縁なんて冗談じゃねぇ。
まあいい。ブレイヴ・ソードが王都に戻るまでは休暇にしよう。
ただし、ユリ!」
「えっ、私!?」
「ああ、おまえだ、ユリ。
おまえはくれぐれも目立つことをするなよ。
次の仕事に差し障りが出かねんのだからな」
「そんなこと言ってもですね~。
面倒ごとは、いつも向こうからやってくるんですよ~」
「だったら出かけないで、今日一日、部屋に籠って休んでろ。
その方が俺も気疲れせんで済む」
「ぶぅーぶぅー!!」
「じゃ、ウルフ、あたしは部屋でもうひと眠りするわ。おやすみ」
「私も一休みしますぅ。おやすみなさぁい」
「俺はここで酒を飲んでる。ウルフ、おまえも付き合うか?」
「あぁ、付き合おう」
「え~~っ、疲れたときは甘いものでしょう?
みんなで甘いもの食べに行きましょうよ~」
「すまんな、食うだけなら出かけていいから、一人で行ってくれ」
「ふんっ」
そう言うと、ユリは一人で宿を出て行った。
「おい、ウルフ。行かせてよかったのか?」
「あいつは働かせすぎたから、少しは気晴らしさせんとな。
忠告はしたし、王都の盗賊がかなり減ったから、さすがに大丈夫だろ」
* * *
ユリは、王都に来ていきなりダンジョンに潜っていたので、初めての王都を楽しみにしていたにも関わらず、ダンジョンの他には泊まった宿ぐらいしか知らなかった。だから今日は、多少、いや、かなりずっしりと疲れが残ってはいるが、休暇を貰って王都散策できることに心が躍っていた。
「るっる、るる、る~。
いや~、これが異世界の王都ですか~。
いっせかい、いっせかい、るっる、るる、る~」
ユリは昔から、元気があるときは、考えていることを声に出して、独り言を言ってしまう癖がある。この世界に来てから、その傾向が強くなっているが、それはおそらく自分の秘密を話せない孤独によるものだろう。
ユリに独り言の癖があるといっても、秘密の考え事を口に出すほど間抜けではないが、かつては、いきなり相手のいない会話を始める姿を、友人たちに気味悪がられることがしばしばあった。
今は知り合いもいないから、問題はない……、はずだった。
「ねぇ、ママー。
あのおねえちゃん、さっきからずーっと、おそらにはなしかけてるよー」
「ああいうのは見ちゃダメ! さ、行きますよ!」
見ず知らずの親子に気味悪がられているが、まあ問題はない。
「やっぱり、アニメの異世界とは違うんですね~」
それが、ユリがこの世界の建物を色々と見た結果の感想だった。
アニメの異世界と言っても、「時代考証? 何それ食べられるの?」とか「異世界なんだから考証なんてムダムダムダムダ!」と最初から切り捨てている作品がある一方で、「実在した中世っぽくしてみました」とか「SF考証の乗りで徹底的に設定資料を作りました」というものなど、ピンからキリまである。だから単純には比べようがないのだが、ユリが気になった、この異世界の建物の特徴は、ガラス窓がほとんどないことだった。
異世界に来て最初に訪れた街は特にそうだった。基本的に窓は板戸か鎧戸だ。明かり取りには鎧戸が有利だが、板戸より高価で、雨が吹き付けるところには使えない。板戸は風雨に強いが、朝日が昇ったあとでも、窓の板戸を開くまで部屋が暗いままだ。ユリが子供の頃育った祖父母の家も、夜は雨戸を閉めていたので、朝は雨戸の隙間や節穴から僅かに差し込む光が無ければ真っ暗だった。
ユリが異世界にきて初めて泊まった宿の部屋が、まさにそれだった。ユリは、この世界ではオーパーツである目覚まし時計が無かったら、絶対に朝食時間に起きることが出来なかっただろう。
ガラス窓なら、板戸と鎧戸のいいとこ取りができるが、鎧戸より遙かに高価で割れやすいのが欠点だった。王都では比較的収入の多い住人が住んでいるからか、全体的に少しばかり建物が上等で、商業地区ではガラス窓も多少は見かけることがある。貴族の高級住宅街ならガラス窓のある家屋敷は更に増える。ただし、それらのガラス窓に使われているのは板ガラスではなく、クラウン窓と呼ばれる牛乳瓶の底を敷き詰めたような窓だった。古い窓だと、その牛乳瓶の底がいくつか抜け落ちて、漆喰で塞いでたりもする。格子状の金属枠にガラスを流し込んで固めた窓もあるにはあるが、数は少なかった。格子窓があったら、それは大抵の場合、ガラスの入っていない格子だけの窓だ。金のある家では、ガラスを使っていない代わりに、結構凝った模様の格子が使われていることもある。そして、この街でも偶に、磨りガラスのような格子窓を見かけることがあるが、それは油を塗った羊皮紙だったり、動物の角を平らにしたものだったりで、近寄ると臭かったりする。
大きな板ガラスを使った窓は、ユリはこの世界に来てから、まだ一度も見ていない。おそらく無いのだろう。
和製ファンタジーによくある、無色透明でガラスの存在に気付けないような板ガラスが普通に使われるようになったのは、極めて最近のことだ。
透明な鉛ガラスを使った板ガラスは十七世紀頃から存在するが、それ以前は良いものでも僅かに緑掛った色のガラスしかない。そもそも、板ガラスは二十世紀になっても、歪みがあって、ガラス越しの景色が歪んで見えるものだった。中世ヨーロッパに、ガラス製品はあったが、無色透明な板ガラスは存在しない。板ガラスに近い物で存在したのは、色付きの不透明なガラス片を使ったステンドグラスのようなものだけだった。
それでも貴族街に近づくと、大きいものだと直径1m位の、牛乳瓶の底を巨大にしたような円形のガラスを嵌めたクラウン窓を見かけるようになる。
円盤ガラスが比較的容易に作成可能と言っても、それを使ったガラス窓があるのは、広い庭のある貴族の屋敷に限られ、それは外の通りから遠く離れたところにある。おそらく、通りに面していると、馬車が跳ね飛ばした石や、平民の子が投げた石で、簡単に割られてしまうからだろう。
商業地区の外れまで来ると、そこには屋台が並んで市場になっている。遠目にも、野菜、果物、干し肉、雑貨などの商品を売る店と、刃物研ぎのような技術で商売する店があることが見てとれる。
ユリは、どんなものが売れているのか、興味深く見て歩いているのだが……
「ショーウィンドウが無いのにウィンドウショッピングとはこれいかに?」
そういうどうでもいいことを、声に出して言ってしまうユリであった。
(あっ、黒胡椒見っけ!
異世界といえば、何と言っても黒胡椒よね!
お値段はなんと……、あれっ?
『物々交換で百倍の重さの小麦と交換します』って書かれてんだけど。
異世界価格としてはかなり安くない?)
「おまえも異世界チート殺しかーー!!」
(あっ、お騒がせしてすみません……)
俯いて、そそくさとその場を離れるユリであった。
「私はべつに黒胡椒を異世界通販で買えるわけじゃないけど、ああいうの見ちゃうと、何かもやもやしちゃうのよね~。
折角ダルシンに強請って大量に持ち込んだのに、大儲けってわけにはいかないわね。
いや、おかしくはないのよ。中世文明に無色透明な板ガラスはありえないけれど、黒胡椒は気候や流通によっては十分にあり得るから」
「よぉ、嬢ちゃん、黒胡椒がなんかぁしたんか?」
相変わらず独り言を続けていたら、知らないおじさんに話しかけられてしまった。
「い、いや、何でもありません!」
「そうけ? 少し窶れとるようだで、しっかり飯食えよ」
「ご忠告、ありがとうございます」
そう言って、慌ててその場を離れるのであったが、しばらく歩いてから、ふと気がついた。
(あれ? 今、自動翻訳が訛ってなかった??
その人の日常の言葉を訳してるんなら、訛るのって変だよね?
もしかして、あの人の本来の言葉じゃなくて、わざと訛ってたってこと?
それって、情報部員か何か?)
ユリが振り返ってみると、もうあの男はいなかった。
(今度から、訛ってる人には気を付けよ!)




